22.少女は関係を偽装したいらしいのだが


 『ルーティン』という物がある。


 集中したい時、落ち着きたい時に特定の行動を行う事で心を落ち着ける事だ。例えるなら、ラガーマンの五◯丸のアレ。

 期限は古く、漫画等で忍者が忍術を使う際に結ぶ『いん』も元来は心を落ち着けるためのメンタルトレーニングだった、という。


 何が言いたいかと言うと、九条さんもこのルーティンを行う事で雰囲気をガラリと変えたわけだ。


 とりあえず、九条さんの言いたい事は理解した。


「つまりは恋人設定をこの喫茶店内だけでなく、学校でもしてほしい、って事だね?」


 まあ、断ると思うけど。


「正解です。勘が良い人って好感が持てますね」


 そう言って九条さんは大量の手紙のような物をカバンから出した。


 それを見た僕は思わず目を疑った。全ての手紙が真ん中で破られているのだ。


「私、こう見えてもモテるらしいんですよ」


 「こう見えても」じゃない。見ればわかる。


 その姿で「モテない」とか「彼氏欲しい」とか言っていたら、女子だからと美少女だからと、手加減せずに、ブン殴るところだ。

 男女平等。なんと素敵な言葉だろうか。


 ……嫌だなあ。冗談だよ。


「片倉さん、まともに話した事がない人に告白されて心が動きますか?」


 ……。

 俺の意見は。


「ちょっとだけの関係の中でも優しさとか気遣いが感じられたり、ヒョンな事から助けてくれたり、みたいなきっかけがあったら動く人もいるんじゃないかな。そんな事、よっぽどないと思うけどさ」


 僕は……あ、動いた勢だった。


「なるほど。価値観が似ているかもですね。ですが、もう本当に最近、告白ばっかりでイライラしてしまって。LONEも男子は全員ブロックしてますからね」


 九条さんは微笑みながら言った。

 相手からしたら救いようがない。


「……それは凄まじいな」


 俺はあの春香さんだったっけ、彼女はあの事件からあのままずっと放置しているもん。


 九条さんは少し考えるような素振りを見せてから言った。


「私、好きな人がいるんですよ。ここ6年会っていないんですけどね」


 急に何を語り始めたんだ、と思った。

 だけど……。


「6年前?」

「はい、小学3年生の夏祭りが最後で、そこから会ってません」


 ……似ている。

 思わず顎に手を当てて考える。


 だけど、僕ととの出会いはあの日一日だけだった。九条さんの言い方だと、その前から関係があったように聞こえる。

 6年前の夏祭りってのは、偶然なんだろうか。


 僕は深呼吸して、落ち着きを取り戻す。


 九条さんはそんな僕を見て何か嬉しそうにしていたが、僕が目を上げると顔を少し逸らした。


「ああ、ごめん。ようは、僕に告白避けのために偽装彼氏になってくれ、と?」

「正解です」

「だけど、僕にとってどんなメリットがある?」


 正直に言おうか。


 ……ない!


「ありますよ」


 しかし、九条さんは想定外の返事をした。


「片倉さん、貴方は無自覚ですが、イケメンですから」


 この娘まで何を言っているんだい。


「おいおい、冗談はカレカノの関係だけにしてくれ」

「はあ。この鈍感は……」


 おい。


「それなら、雇われませんか。偽装彼氏、月収100万円です」


 真剣な目で語る少女。

 やめなさい。そんなお金を粗末にしないの。


 あ。この娘、そういえば、お嬢様だったか。

 金遣いが荒いのも当然か(?)。


「ふむ……。九条さんは昼って弁当派? それとも購買派?」

「え? 弁当ですけど……」


 九条は戸惑ったように言う。


「じゃあ、月曜日は作らなくていいよ」

「え? 急にどうしました?」


「九条の分の弁当も僕が作ってあげる、って事」


「弥代君」

「どうした?」

「素直じゃないですね。顔、赤くなってますよ」

「咲奈だって赤いじゃん」


 ……。


 カフェのとある席で青年と少女が顔を赤らめている。その光景を他の客、店員たちは温かい目で見守っていた。



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