12.このおばさんは何者か気になるのだが


 今日の夕食は欧風カレーだそうだ。


 欧風カレーというのは、インドに存在するカレーという料理をベースにヨーロッパ人が独自に作り出したカレーの事。


 「それじゃあ、わからないよ」と言う人のためにわかりやすく言うならば、日本人の大多数が『カレーライス』と聞いて思い浮かぶ料理アレである。


 しかし、悲しい事に、発祥の地、イギリスでは現在、欧風カレーよりもインドカレーの方が圧倒的に人気が高いらしい。

 まあ、どうでもいいんだけどね。


 ……

 ………

 …………


 野菜を切っている間に少し覗くと、おばさんはルウを


 ルウは本来箱に書いてある事に従って溶かせば、美味しくできるようにできている。そのルウにさらにナニカを加えるだなんて芸当、正直とてもじゃないが、俺にはできない。


 こんな人に俺は料理を評価されているのか。不思議な気分だ。


「––––––それで、どうしたのよ。浮かない顔して」


 ……。

 俺は包丁を動かす。


「楓の言っていた階段の件かしら?」


 いや、言っちゃったのかい。

 口が軽いな、アイツ。


 それにしても、この人には敵わないな、と俺は溜息を吐いた。

 この話がしたかったから、俺を台所に連れてきたのでは、とふと思ってしまったぐらいだ。


 どうせ、何言ってもバレるんだし、正直に言おう。


「そうですね。どうしても引っかかってしまう」

「どう引っかかるの?」


「……何とは言えないまでも、彼女に対して


「言葉にできない感覚って感じかしらねぇ……。貴方、恋しちゃったのかしら? 恋するのなら、ウチの娘にして欲しかったのだけど」

「……どこからが冗談ですかね?」

「さあ、どこからでしょうね。だけど、息子みたいな人が娘婿に来ても正直今更何も変わらないと思うわよ。それに弥代くん、不器用だけど優しいし」


 俺は溜息を吐いてから、言った。


「生憎、俺の初恋は6年前から続いているので」


 おばさんはルウを混ぜる手を止めた。


「なるほど。ようやく理解したわよ。––––––つまりは貴方、んでしょ」


 ……この人は、俺が彼女に惹かれている、とそう言っているのか?


「さあ、どうでしょうね。この話に限った事ではないと思うのだけれど、弥代くん自身の問題の答えを決めるのは弥代くんなの。私みたいなおばさんには、こうやって行動を促す事しかできないのよ」


 俺は言葉に詰まる。

 リズミカルな包丁の響きと、扉越しに聞こえる3人の笑い声以外の音が消えた。


 静まった、と言うよりかは、引き締まった空気。それをほぐすかのようにおばさんは言った。


「––––––さて、弥代くん。野菜は切り終わったかしら? 後は一人でもできるから、貴方も遊んでらっしゃい」


「あの、肉も野菜も炒めなくていいんですか?」

「あら、私とした事が……」


 俺は具材に火を通してから、みんながいるであろう、居間へ向かった。

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