11.幼馴染みの家に行くのだが


「––––––どうしました、お兄ちゃん?」


 頭の中で煩悩を繰り広げていた俺は玲亜の声で我に帰った。


 気付くと、目の前に俺とそっくりな蒼い瞳があった。無表情ながらも気遣うような瞳。


「ああ、すまないね、俺とした事が、ぼっとしてしまったよ」


 コホン、と俺は咳をした。


 ところで、


「……顔が近いのだが」


 俺がここから少しでも頭を前に動かすと、ゴッツンコだぞ。


「え⁉︎ ……ああ、すみません」


 玲亜は僅かに顔を赤く染めながら、俺の前から退いた。


 どうやら、俺の独白中に着替えも終わったらしく、彼女は黒いパーカーを着ている。


 俺がふとスマホを見ると、楓から連絡が来ていた。


楓:準備できたよ

やしろ:りょ


「よし、玲亜。行くぞ」

「了解です」


 二人で手を繋いで歩く。と言っても目的地は隣の家なんだけどな。


 一応インターホンを鳴らすと、『どうぞ〜』と楓のお母さんの声がして、玄関の扉が開いた。


「どうぞ、入って」

「お邪魔しまーす」


 楓の家に入ると、おばさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、二人とも」


 にこやかに笑う。


「あの、姉妹ふたりはどこに?」

「ああ、居間でゲーム機出してるわよ」


 『ゲーム機』という単語に玲亜が反応した。見ると、瞳に蒼い炎が灯っている。


「それでは、お兄ちゃん。戦争をして参ります」


 戦争って……。ウチにゲーム機がないからって、ハメ外しすぎだろ。


「うん、いってらっしゃい」


 玲亜はトテトテと居間へ走り出した。


 その様子を見たおばさんが懐かしむように言う。


「玲亜ちゃん、明るくなったわよね」


 彼女の言うように玲亜は変わった。


 玲亜は火事で親と祖父母を亡くしたらしい。ウチ、というより父さんが親戚だと言う事で身寄りのなかった彼女を引き取った、と聞いている。

 俺の引っ越した理由もそれに関係するんだが、その話は後でいいか。


 当然ながら、始めは刺々しかった。口を開けば悪態が出てくる面倒くさい娘だったなぁ。


 しかし、あいつ自身、それではダメだ、と気付いていたんだろう。結果的に彼女は変わる事ができたわけだ。


 感情の類は表情にほとんど出ない彼女は偽りの気持ちを語り、演じていた。俺の事を嫌っていた頃からも、家以外ではベッタリだった。


 そんな玲亜の本心に俺と父さん以外で初めて気が付いたのが、このおばさんだった。彼女曰く、挨拶に来たその日から違和感はあったんだとか。


「そうですね。相変わらず感情を表すのは苦手みたいですが、確かに昔より生き生きしている、とは思います」


「弥代くん、玲亜ちゃんの事が大好きなのね」


 ……。


「家にはアイツと俺しかいないんですよ。アイツが不機嫌になったら、俺の気分も悪くなります。アイツが俺に対して素直じゃなかった時から、そのスタンスは一切変わっていません」


「弥代くん、やっぱりいいお兄ちゃんね。だけど、もうちょっと素直になった方がいいんじゃない?」


「それじゃあ、俺も参加––––––」


「––––––少し待ちなさい、我が友よ」


 ガッシリ、と俺の手を掴まれる。

 おばさんのキャラが変わった、という初めての事に俺の頭は軽く混乱した。


「料理の手伝いをしてちょうだい。悔しいけど、包丁捌きじゃ、敵わないんだから」



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