03.漫画の読みすぎなのだが


 俺たちは教室に入った。

 楓が呟く。


「まさかあんな事が……」

「お前が青春がどう、とか言うから起こったんじゃないか?」

「まさか、あんな事ラブコメでしか起こらないって思ってたわよ……。あの娘、メチャクチャ可愛かったじゃない」

「そうだな」

「貴方が人の外見褒めるのって珍しいわね」


 俺は彼女の顔を思い出す。いや、あれからずっと頭に浮かび続けてるけど。

 髪の毛で詳しくは見えなかったけれども、輪郭は整っていた、と思う。


 それに––––––


 ––––––いや、これ以上言うと、危険な事になりそうだから止めておこう。


「はぁ」


 楓が溜息を吐いた。


「どうした?」


 その思わせぶりな態度に軽く苛つきながらも、聞く。


「弥代がまさか本当に青春始めちゃうだなんて。からかうだけのつもりだったのに……」


「青春って……。確かに女子を受け止めたのは初めての経験だけど、そんな恋されるようなモンでもないだろ?」

「鈍感ね、貴方」

「ん?」

「あの顔を見てそう断言できるだなんて……」


 こんなヤツに助けられてしまった、っていうショックで逃げたんじゃないの? 最近は妹の悪戯のせいで髪の毛パサパサだし、マスクだし、(わざと)陰気な目にしてるし。


 俺は冴えない男子高校生だと思っているし、むしろそれでいたい。できる限り、女子に関心を向けられたくないから。


「ねぇ、鈍感男。もし、あの娘が貴方に惚れていたとしたら、……付き合っちゃう?」


 俺は「なわけないだろ」と笑おうとした。

 が、現実、俺の表情は固まっていた。


 俺は冷静に考えてみる。

 もしあの娘と違う女子、例えば、クラスメイトとかだったら、断るだろう。


 どれだけ好印象があろうとも、あの日の約束は違えない。例え、彼女が忘れていようとも俺は今年まで守り続けてきたし、約束の日も場所も覚えている。


 だけど、あの娘、どこかで見た事があるような気がするんだよなぁ、と俺は思う。


 もしかして、あの娘は彼女なのか?

 俺は少し期待する。


 ––––––いや、それは流石に漫画の読み過ぎか。


 まず、相手が告白してきたら、って仮定からオカシイわけだし。


 悲しい話をしないでくれや、楓。


「そっか。弥代のガードも崩してしまうか。彼女、凄く可愛かったし、ひょっとしたら『十大聖人』に抜擢されるかもしれないわね」


 ガードは崩れてないよ。

 勝手に話を進めないでくれや。


 だけど、それ以上に俺の耳はある言葉に反応した。


「十大聖人? なんだそれ」


 聞き慣れん単語だが……。


「みいちゃんが言ってたんだけど、毎年6月にその年のイケメン5人と美女5人を抜粋するんだって。彼らの総称が『十大聖人』で彼らと恋愛関係になる事は学校中の全ての存在の悲願なんだとか、熱く語っていたわよ」


 ま、私はどうでもいいんだけどね、と楓は呟いた。


 ふ〜ん、確かにどうでもいいな。

 それより、みいちゃん、って誰だ?



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