episode 29 夕弦の恋人は?

「おお! 大石はともかく、成瀬さんメッチャ可愛いよ!」

「おい! 俺はともかくってどういう意味だよ!」

「あ、はは。ありがと」


 夏休みが終わってからずっと文化祭の準備に取り掛かる日々が続いていて、今は我がクラスで出店する和風喫茶の顔である男子の甚平と女子が着る浴衣をお披露目している。

 恥ずかしいから断ってたんだけど、どうしてもやって欲しいと頼み込まれて浴衣のモデルをする事になってしまって、男子のモデル役である大石君と並んでる。


「うんうん! やっぱり夕弦をモデル役にして正解だったね」

「だねえ。やっぱ美少女と浴衣は正義ってね」


 何か遠めで悪そうな笑みを浮かべてこっちを見てる美咲達が気になるけど、とにかく戦闘服も決まっていよいよ文化祭の空気が濃くなってきた。

 元々クラスの隅っこでジッとしてただけの私にとって、今年の文化祭は滅茶苦茶楽しみで、しかも家族が遊びに来てくれるのが私のテンションを爆上げする。その楽しみが待ってるんだから、浴衣のモデルなんて余裕だ……本音はちょっと恥ずかしいんだけどね。


「うわっ! 成瀬さんすごく似合ってるね」


 そんな時だ。背後からそんな声を掛けられて振り向いてみれば、最近よく声をかけてくる沢井君がいた。


「おい! 沢井! オープン前の看板娘にちょっかいかけてんじゃねえぞ!」


 沢井君は私とは違うクラスで、クラス内で行ってる準備の場にいるのは確かによくない事だし、なによりあまり気分のいいものじゃない。


「そんな冷たい事言うなよ。一緒に文化祭を盛り上げようって意味でいえば、クラスは違っても仲間じゃん」


 言って亜美の言うところの沢井スマイルと見せるんだけど、その言い分が気に入らないのか沢井スマイルが癇に障ったのか、男子達の抗議は治まらない。本当に男子には人気がないんだな。


「そんな事よりさ、成瀬さん」

「「「そんな事ー!?」」」

「文化祭の当日さ、よかったら一緒に回らないか?」

「え?」


 男子達の抗議なんてどこ吹く風って感じで、文化祭を一緒に回ろうと誘って来た沢井君。心臓に毛が生えてるんじゃないだろうか。

 とは言え、空気を読まずにここまで誘いに来られても私の返事は変わらない。元から家族優先のつもりだったし、他の空き時間は心や美咲達と過ごすつもりだから。そもそもそれ以前に私は沢井君の事がちょっと苦手だしね。


「あのね、沢井君。誘ってくれるのは嬉しいんだけど――」

「――榎本さん達も一緒にさ」


 完全に断る前に先手を打たれた気分だ。というか、うったんだろうな。

 私が断る前に美咲達の名前を出して複数人でならと言いたいんだろう。美咲はともかくとして沢井君ラブな亜美の耳にこの話が入れば、きっと喜ぶどころか狂喜乱舞しそう。その前に波風絶たせずに断らないと……っていってもどうやって?


「私も夕弦もパス。勿論、亜美達を巻き込もうとしても無駄だよ」


 断り文句を考えてたら、何時の間にか私と沢井君の間に割って入ってきた美咲がバッサリと断りをいれた。


「そんな寂しい事言わないでよ。俺は皆で楽しい思いでを作ろうと思ってるだけなんだよ?」

「人気者の沢井なら一緒に回る女子なんて引く手あまたでしょ? 悪いけど、他あたってくれる?」

「…………」


 どうやって断ろうか困ってたから美咲が断ってくれて助かったけど、なんだろ……美咲が変だ。


(――美咲、怒ってる?)


 普段からじゃ考えられない程、今の美咲は沢井君を敵対視してる。悪い噂ばかりだった心にさえ、そんな態度なんて1度だって見せた事ないのに――なんで?


「な、なに? 俺なにか気に障る事したかな。ねえ、成瀬さん助けてよー。俺はただ――」

「――それに夕弦には雅さんっていう、とんでもないイケメンの彼氏がいるしね」

「「は?」」


 み、みみみみみ雅君がわ、わたわた私のカ、カレシ―ッ!? い、何時の間に私は雅君とsteadyな関係に!? って落ち着け私! 分かってる。沢井君を避けようとしてる私を援護する為に雅君の名前をだしたんだ。嘘ではあるけれど、そうなりたいって思ってる私にこの流れに乗らない選択肢なんてない。


「えっと、ごめんね沢井君。そういうわけだから一緒に回るのはちょっと、ね」

「……そ、そう」


 これでしつこく誘われなくなるなら問題ない。ほとぼりが冷めてから皆に事情を話せば分かってくれるはず――


「「「「「「なんだとーーーっ!?!?」」」」」」


 うわっ! ビックリした!


 暗い顔をした教室から出て行く沢井君の背中を見送ってたら、ずっと静まり返ってた教室に男子達の叫び声が響き渡った。


「な、成瀬! か、彼氏がいるのってマジなんか⁉」

「え? う、うん」

「ど、どんな奴なんだ⁉ 普段は西宮とか榎本達といたって事は、この学校の奴じゃないんだろ⁉」

「う、うん。そうだね」

「どこの学校の奴なんだ⁉」


 な、なんで突撃取材みたいな空気になってんの⁉ なんか私が悪い事したみたいじゃん!


「はいはい。夕弦の彼氏については私に訊きなさい」


 え? なんでそこで美咲が出張るの? なに? 私のマネージャーなのかな?


「榎本は成瀬の彼氏知ってんのか?」

「知ってるよ。会った事もあるしね」

「マジかよ! で? どんな奴なんだ⁉ どこの学校なんだよ!」

「まずその人は学生だけど、高校生じゃなくて大学生ね。しかもK大生!」

「ウオッ! あの名門大学かよ! しかもイケメンなんだろ?」

「そうだね。夕弦を狙ってたアンタらにしてみれば、ハッキリ言って沢井がライバルの方が全然マシだったと思うよ」

「そ、そこまでかよ」


 うん。それは私も同意。ていうか雅君相手じゃ沢井君が可哀そうまである。ってこの取材のくだり何時まで続くの?


「高学歴にチートイケメン。とどめに料理もプロ級の女子力の高さ。まさに付け入る隙がないってのは、あの人の事を言うんだよ」


 それも同意だけど、美咲さんや? なしてアンタがドヤ顔で雅君のこと語ってるのかな?


「くっそ! そんなの俺じゃ勝てねえじゃん!」

「いやいや! その言い方だと成瀬に彼氏がいなかったら付き合えたみたいに聞こえるんだが?」


 うーん、なんか話が変な方向に向かいそうだぞ? しかも美咲の説明の仕方だと、私が肩書き重視の面食い女みたいに聞こえるんだけど⁉

 

 これでバッチリってドヤ顔でこっちを得意気に見てくる美咲にジト目で応えて思う。沢井君に対しての態度が美咲らしくない。美咲は誰に対してもハキハキと話す子だけど、人を悪く言うなんて事は殆どなかった。

 なのに、さっきの美咲の態度はそれと真逆って感じで、助けて貰って言うのもなんだけど、違和感が凄かった。


「ねえ、美咲」

「ん~?」

「沢井君となにかあったの?」

「……なんで? 何もないよ? さっきの事いってるんなら、ズレた事してたんだからそれを指摘しただけじゃん」


 指摘……そんな口調じゃなかったと思うんだけどな。


 そこを掘り下げたい気持ちもあったけど、美咲の性格を考えれば多分誤魔化されそうな気がして、とにかく今は文化祭に集中する事にした。


☆★


「え? 今なんて言った? 夕弦」

「だ、だから、ね。文化祭で学校にいる時だけ、私と雅君は恋人関係って事にして欲しいんだ」

「…………」

「色々と引っ込みがつかない事態になっちゃってさ――って駄目だよね! うん、この話はわすれ――」

「わかった。いいよ」

「…………え? い、いいの?」

「ああ。なんか事情があるんだろ? 別にそんな芝居をして困る事なんてないし、なんかお祭りのイベントって感じで面白そうだしな」


 その夜、夕食の席でクラスの中で私は雅君という彼氏がいて、文化祭当日も遊びに来るって事になってしまったから、沢井君との事はぼやけさせつつ、期間限定で恋人のフリとして欲しいと雅君に頼んだ。

 その話した時、太一さんは「ええっ⁉」と驚き、お姉ちゃんは飲んでたビールを器官に詰まらせて咽て、お母さんに至っては手に持っていたフォークを盛大に落としたというのに、バスタを口に運ぼうとしていた恰好のまま固まってた。

 

 だけど、雅君だけは違った。


 そりゃね、言い出した時は少し驚いたみたいに目を見開いてたけど、それも一瞬の事で。私の事情をすぐさま察してくれたのか、はたまた違う原因なのかは分からないけど、兎に角すぐに前向きに検討してくれてニッコリをお願いを快諾してくれたのだ。


「み、雅――本気?」

「当たり前だろ。可愛い義妹のお願いだぞ? 即答で応えるのが兄ってもんだろ」

「……いや、そんなわけないから」


 お姉ちゃんのリアクションが普通で雅君のリアクションがおかしいのが正解だと思うけど、まさか本当に恋人のフリをしてくれるなんて思ってなかった。


 楽しみにしている文化祭が、なんだか普通じゃなくなっていく気がしないでもないけど、それも振り返ってみればいい思い出になってる事を願いたいものだ。

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