episode 30 未完成の店
夕弦の学校で行われる文化祭当日の朝。
何時もの時間に、ダイニングテーブルに集まった家族が俺の作った朝食を食べている。
だけど、その席にはいつも一番美味そうに食べてくれる夕弦の姿がない。
夕弦は昨日から美咲ちゃんって友達の家に泊まっていて、そこから学校に向かってるのだ。
なんでも、ギリギリまで煮詰めきれない事があって、時間が足りないから美咲ちゃんの家で作業を行っているらしい。
ここ最近の夕弦は特に楽しそうで、クラス一丸になって文化祭を成功させようと頑張っているみたいだ。晩飯の席では文化祭の話題がメインで、聞いた話の内容で夕弦がどれだけ真剣に取り組んでいるのがよくわかった。
前の学校では何時も1人で、学校行事にまともに参加してこなかった夕弦がこんなに楽しそうにしてる姿を見て、凄く嬉しい気持ちになれた。
え? お前もサボってたくせに偉そうにって? ほっとけよ。
話が逸れたが、今日から文化祭が開催されると言ったが、今日はプレオープン。つまり関係者だけの内覧会のようなもので、家族であっても今日は参加できず、俺達は明日遊びに行く事になっている。
だが、夕弦は今日も美咲ちゃんチにお泊りらしい……なんで? お兄ちゃん寂しいよ。
しかし参加してこなかった文化祭を見て回れる楽しみはあったが、その際にまさか俺が夕弦の恋人役として参加する事になるなんて夢にも思わなかった。
まあ、学生を楽しんでこなかった俺に、神様が忘れられない文化祭をプレゼントしてやとうと、粋な計らいをしてくれたんだと思う事にする。
「雅。アンタ今日の夜ってなんか予定あんの?」
「今晩? 夜は8時までバイトのシフトが入ってるけど、その後は特にないかな」
「ふーん。ならバイトが終わってからでいいから、ここに来なさい」
そう言って紫音がスマホから住所のデータを送ってきた。
「ここになんかあんの?」
「それは来たら分かるよ」
何故にこの場で言えないんだ?
あの父親の借金問題解決以降、紫音の態度が軟化した。人が変わったみたいな変化はないものの(そうなったらなったで気持ち悪いから勘弁だけど)俺達の家族の一員になってくれたみたいで、今もこうして一緒に飯を食っている。
そんな紫音の言う事なんだから変な事にはならないとは思うんだけど、やっぱりこの席で詳細を明かしてくれないのは気になる。
「とにかく空いてるんなら、つべこべ言わずに来る。いいね」
「お、おう。わかった」
気にはなるけど、こうなった紫音を解きほぐすのは至難の業だし、そもそも疑ってるってわけじゃないから従う事にした。
☆★
そしてその夜、バイト先である【モンドール】を出た俺は、スマホに送られてきた住所を頼りに、紫音が指定した場所に向かっている。因みにお兄ちゃんが恋しくなってやっぱり帰ってきたって展開を期待して、夕弦が帰ってきていないか家に連絡をいれてみたが――帰ってくるどころかまともに連絡すらないらしい……。
「ここ、か。ん? なんだここ」
指定された場所に到着したのはいいが、目の前にはまだ完成されていない何かの店があって、店の名前が表示されているはずの看板でさえ目隠しされている状態だった。
店の外観的には正面の壁の半分がガラス張りになっていて、そこから店の奥に小さな照明の灯りが見える。入口のドアはあるものの、まだ全面にエアークッションが巻かれていてどんなデザインかも分からないものだった。
「ここじゃないのか?」
もしかして場所を間違えたのかと辺りをキョロキョロと見渡していると、未完成の店のドアが開いてヒョッコリとよく見知った顔が出てきた。
「思ったより早かったじゃん。バイトお疲れ」
「紫音さん。えっとここって……」
「説明は中で話すから、とりあえず入って」
「……はい」
やっぱり場所は合ってたみたいで、当然のように未完成の店に入っていく紫音の後について店内に入る。
店の中もまだ未完成の状態で、しかも照明が点いてない状態だったから一体何を扱ってる店で、そして何故紫音がここにいるのかも分からずに案内されるがまま店内の奥まで進んでいく。
「……これって」
唯一照明が灯っている場所まで進むと、そこには真新しい洒落っ気のある椅子と、そして椅子の正面には半身を全て映せる鏡があって、その奥には全然使用感のない頭髪用のシャワー台があり、この周辺だけ見るとまるで――
「なんか、美容院にいるみたいだな」
「みたいじゃなくて、美容院だよ」
「…………え?」
ここは美容院なのか? しかも未完成の美容院? まったく意味が分からなくて首を傾げる俺を、コホンと咳をした紫音が少し恥ずかしそうに見る。
「ここは来月オープンする予定の、私の店だよ」
「…………は?」
ここが美容院で、しかも紫音の店⁉
「言ってなかったけど、私の仕事って美容師なんだよ。ずっと自分の店を持ちたくてお金貯めててさ。んで、店内のデザインをお母さんに依頼して、ようやく形になってきたとこ」
「え? いや、え? 紫音って美容師だったんか? そういや前に仕事訊いた時教えてくれなくて、確か今度教えるって……」
そういえば、教える時は少し借りを返せるとか言ってた気がする。美容師が俺に借りを返すってどういう意味なんだ?
「ホントはちゃんとオープンさせてから招待するつもりだったんだけど、明日文化祭に行くじゃん? だから雅の髪を私が切ってやろうかと思ってね」
「……いやいや! 俺はこのままでいいって!」
「ただ文化祭に行くだけならそれもいいけど、アンタ明日は夕弦の恋人としていくんでしょ? 可愛い妹にだらしない彼氏がいるって恥をかかせたいん?」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。というか、今のままじゃダサいんじゃボケって言われてるみたいだ。みたいじゃなくてダサいのは知ってるけど。というか、紫音がどれだけのスキルを持った美容師なんか知らんけど、俺なんてどれだけかっこいい髪型にしたとしても周りの評価は変わらないと思うぞ。
――それに。
「アンタが自分の顔を心の底から嫌ってるのは知ってるし、その理由もなんとなく分かってる」
「ッ⁉」
「お母さんはその理由知ってんだよね?」
「あぁ、親父が沙耶さんには話したって聞いてる。もしかして沙耶さんから聞いたのか?」
「誰にも聞いてない。だから理由を正確に把握してるわけじゃないけど、何となく分かるんだよ」
一瞬、沙耶さんを疑ったのを恥じた。親父が好きになった人がそんな無神経な事をするはずがないよな。
(……なら、なんで)
「昔さ。アンタと同じように自分の顔が嫌いだって言ってる友達がいてさ。まあ、自分の顔が好きだって言い切る人間なんて殆どいないと思うんだけど、その子は心底母親にそっくりな自分の顔が大嫌いだったんだ」
「…………」
「ありがちの理由なんだけど、その子の見た目がちょっと個性的でね。それが理由でずっと好きになった人に振られ続けてきたからなんだ」
だからなんだと言いかけた。俺は自分の顔が不細工だから嫌いなんじゃない。そんな在り来たりな理由ならどれだけ楽か。
「……で。その子……さ。自殺したんだよ」
「…………は?」
いやいや! それは駄目だろう。いくら自分の顔が整ってなくて彼氏が出来ないからって、なにも死ぬことなんてない。
「高2の時だった。当時好きだった男子が虐めにあっててさ。それを助けようとあの子は体を張ったんだ。そしたらどうなったと思う?」
「……もしかして、虐めの標的がその子になったのか?」
「半分正解。でも、自殺した直接の原因はそれじゃない。あの子が自ら命を捨てたのは――虐められてた男も一緒になってあの子を虐め始めたからなんだ」
「ッ⁉」
それはあんまりだろ。その子は好きな人を助けようとして虐めに割って入ったんだぞ? その恩人をそいつは虐めたってのか⁉
「…………ふざけんなよ」
「ほんと、それ。あの子が自殺して暫く経ってから、私はあの子の両親によくされてたから……私にだけあの子が残した遺書を見せてくれたんだ。その時初めてあの子が自殺した原因を知った」
「それで紫音さんはどうしたんだ?」
「当然あの糞野郎のクラスに殴り込んで、机やら椅子でボロボロにしたやったよ」
「はは、アンタらしいな」
「そんで私は見事に停学を喰らったと。ま、退学にならなかっただけマシだったんだけどさ」
「だな。そんで? その糞野郎はその後どうなったんだ?」
「自殺した原因とか、あの子がしてくれた行動に対して最悪な事をしたのが学校中にバレて、居場所がなくなったんだろうね。すぐに学校辞めてったよ。その後どうしてるのかは知らんね」
「そうか」
紫音の性格を考えたら友達と同じように自殺するまで追い込んだのかと思ったけど、暴君とはいえ流石にそこまでしなかったか。
「おい。今失礼な事考えてたろ」
「……ソンナコトナイヨ」
何で俺って考えてる事がバレるんだ⁉ 俺の周りエスパー多すぎ問題について論議したい……切実に。
「ま、自殺した事を聞かせたくて話したんじゃない。アンタに聞かせたかったのは、あの子の母親が見せてくれた遺書の最後に書かれた内容なんだ」
「最後に書かれてた内容?」
「自殺した原因とか書かれてた遺書の最後にさ、こう書かれてたんだ。≪自分の顔を好きになれなくて、ごめんね≫って」
その謝罪は、生んでくれた母親に向けられたものだろう。この最後の言葉を読んで、母親は何を思ったんだろうか。
「アンタの顔にどんな繋がりがあって、そしてその繋がりがどんな足枷になってるのか分からない。でもね? どんな関係性があったとしても、アンタの顔は他の誰でもないアンタだけのものなんだよ」
詳しい事情を知らないというのに、随分な御託を垂れてくれるもんだ。似たような事を何度も聞かされてきたけど、俺は一ミリも納得なんて出来なかったんだよ。
「随分と前振りが長くなったけど、ここからが本題」
「え? じゃあ今までの全部前振りだったんかよ」
これからが本題と言う紫音が俺の背中を押して、鏡の前に立たせた。
「アンタの顔が好きって人間もいるんだ。なのに自分が自分の顔をコケ落としてたら、そいつらに失礼だと思わない? 雅」
「そんなモノ好きがいればな」
「いるっしょ。太一さんもお母さんも、夕弦なんていつも涎垂らして盗み見してるよ」
いやいや、流石に涎垂らすとかないだろ……ないよな?
「他にも大学の友……知り合いとか」
「今なんで言い直した? ん?」
全く失礼な義姉だ。俺にだって友人くらいはいる……。
瑛太元気にやってんのかな。
元々役者に熱いれてる奴だったけど、あの映画の撮影が終わってからサークルだけじゃなくて、スクールにも通いだしたみたいで完全にスイッチが入ったらしい。
なんでも高学歴の役者はウケがいいらしくて、1年後には人気の女優……今は女性でも役者っていうんだったか。人気役者との熱愛報道でワイドショーを盛り上げるとか言ってたっけ。あいつの本気っていったい……。
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