episode 15 離婚した本当の原因を隠した理由
「そこまで頑張ってきたのに、何で紫音と夕弦、それに沙耶さんの両親にも離婚の本当の理由を隠したの? 親父は知ってるんだろ?」
親父すら知らないのであれば相当な理由があるのだろうし、それこそ沙耶さんを疑わないといけない案件になってしまうところだけど、誰も知らないわけではないのならそれがなんなのか知りたい。
「別に雅なら話してもいいけど、誰にも話さないって約束出来る? 特に紫音と夕弦には」
「なんでそこまで隠すのか気になるところだけど、いいよ約束する」
本当になんでなんだろうか。
嘘をついてる方がいい内容で隠してる方が悪い内容なら分かるんだけど、この場合悪い内容を表に出してるんだから沙耶さんにとって不利益しか生んでいないというのに。
「とはいっても本当に大した理由じゃないの。本当の事をあの二人が知ったら結婚というものに幻滅しちゃうんじゃないかって思ってるだけ」
「…………つまり?」
「自分の父親が借金ばかりするクズ男で、それが理由で離婚したなんて知ったら……そんな思いをするくらいなら私は結婚なんてしないって本気で考えるかもしれないでしょ」
「…………は?」
「全ての可能性から結婚の選択肢を外すのは個人の自由だからいいと思うのよ。実際私はもう結婚なんてコリゴリだって思ってたたもの。でも、結婚の選択肢を外した原因が私達のせいなら申し訳ないじゃない。親にも話さなかったのは2人に話してしまうかもしれないから」
そうか、なるほど。沙耶さんの選択肢の根本にはいつも紫音と夕弦がいて、2人の将来をずっと案じているからこその嘘だったわけか。2人の為なら自分が嫌われる事なんて些細なものだと。
幼児虐待や育児放棄なんてワードがニュースで散々耳にしてきて、何時の間にかその行為が当たり前に存在してそういう場合もあるなんて思ってしまっていたけど、本来母親というのはこうして子供の事だけを考えて自分を犠牲にするな事に迷いなんてない人の事をいうんだ。
月と鼈、天と地……それらの比喩ですらぬるく感じる差が同じ母親という肩書をもつ沙耶さんとあいつに感じずにはいられず、内心舌打ちをうつ。
「だけど……このままずっと誤解されたままでいいの? 沙耶さんは何も悪くないでしょ」
「いいのよ。理由はどうあれ2人の娘を蔑ろにした事には変わりないんだから」
その理屈はおかしいと激しく反論したかった。
だけど、沙耶さんの目から感じる母親としての深い愛情を目の当たりにしては……どうしても言葉が出てこなかった。
そこでふと思い出した。
以前から気にはなっていたが、何となく聞きそびれていた事を。
「えっと、前々から気になってた事があるんだけど、いい機会だから訊いていい?」
「えぇ、雅には元々なにも隠すつもりなんてないから、何でも訊いてちょうだい」
「それじゃ、一つだけ。紫音さんと夕弦の2人なんだけどさ。父親である高橋さんに対してどうしても温度差があるように感じてたんだけど……それはどうして?」
「それは恐らく期間の差でしょうね」
「期間の差?」
「ええ、紫音が生まれて数年はまるで生まれ変わったみたいにいい父親をやってたのよ、あいつ。私もそんなあいつを信用して2人で紫音に愛情を注いできたわ……だけど、夕弦が生まれてから家庭環境が悪い方に大きく変わってしまった。そのせいで夫婦喧嘩もよくしたし、私は借金の返済の為に仕事漬けの生活になって家には殆どいなかった。恐らく私がいない時は上手く紫音を言いくるめて夕弦の世話をさせていたはずよ……」
「つまり親の愛情を受けたのは紫音さんだけで、夕弦は家族の温かみを知らずに育ったって事?」
「……そうね。この事はあいつだけを責められないわ。私もあの時は余裕がまったくなくて、口には出さなかったけど煩わしさを感じていたもの……。本当に最低な母親なのよ……」
ここでそんな事はないって言うのは簡単な事だろう。
だけど、きっと沙耶さんは懺悔するつもりで言っていないはずだ。
――であれば。
「ならいい機会ってやつだな」
「……え?」
「今回の件を利用して、2人の娘に腹を割って話をするいい機会だって事だよ。紫音さんがあいつと沙耶さんの復縁を望んでいるのは、言ってみればあいつに騙されてるって事だよな? なら俺がそっちを片付けるから、沙耶さんは本当の事を話してそのうえで2人に謝ればきっと上手くまとまるって」
「っ!? 何言ってるの!? これはあいつと私の問題なんだから雅が関わる事じゃないわ!」
「つってももう関わってるし、そもそもあいつは絶対にまた沙耶さんじゃなくて俺に接触してくるよ。それに沙耶さんがあいつと話がしたくても連絡先知らないでしょ? もしかして沙耶さんの携帯の中に未だに連絡先があるの?」
「そんなわけないでしょ! 連絡先のブロックどころかキャリアごと番号も変えたわよ!」
信じてた事とはいえ、こうして言葉にしてもらえると嬉しい気持ちになる。こんな人を微かにとはいえ疑った自分を殴りたいよ。主に顔面を。
「なら沙耶さんには無理だね。そもそもの話として、恐らく味方につけた紫音さんの動きが鈍くて、思い通りに話が進まない事に苛立って俺と接触してきたんだろ。きっと沙耶さんの無い事ない事を吹き込んで内部分裂でも企んでるんだろうし――」
「――駄目よ! それだけは絶対に駄目!」
この先の予想と対策を話そうとした時、話を遮った沙耶さんが声を荒げる。「じゃあお願いね」と言われるとは思っていなかったが、ここまで俺のやろうとしてる事を拒否されるとは思わなかった。
「沙耶さん、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるわけないでしょ! こんな情けない事ってないもの!」
沙耶さんは今回の事はどうあっても自分だけで解決したいみたいだ。情けないと漏らす気持ちも分からなくもないが、そんな沙耶さんの気持ちを無視してしまう程に……俺は。
「俺はキレてんだよ」
「え?」
「夕弦に家族の温もりを与えなかったあいつに。紫音さんの純粋に家族を思う気持ちを利用しようとするあいつに。そして、あれだけ心を痛めながらそれでも夫を助けようとした沙耶さんを、また私利私欲の為に利用しようとしているあいつに!」
紫音に本当の事を話して高橋の正体を知らせて導く事、夕弦の孤独だった時間を汲み取って温める事は沙耶さんにしか出来ない。
だから俺は高橋を今後一切関わらないように黙らせる。
向こうの欲するものが沙耶さんではなく、沙耶さんが持っている金であるなら――沙耶さんがあいつの顔を見る必要なんてまったくない。
「私達の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり駄目よ。雅に危険な真似をさせるわけにはいかないし、そうならなくても警察沙汰にでもなったら……私は太一さんに合わせる顔がないわ」
「大丈夫だよ。絶対に危険な真似はしないし、勿論暴力を振るったりしない――約束する。だから今回の件は俺に任せてくれないかな」
「…………でも」
「頼むよ、沙耶さん!」
言って俺はガバッと頭を下げた。
「ちょ、雅!?」
うん。こんな事したら沙耶さんを困らせるだろうし、強引に話をまとめる卑怯な手段だって分かってる。
だけど、どうしてもこれは俺が解決したいんだ。
どれくらい頭を下げたままだっただろうか。その間、沙耶さんからは何も発する事もなく、ただ店内にかかっているBGMの曲だけが聞こえていた。
「頭を上げて、雅」
暫く続いた沈黙を沙耶さんが破る。
正直これだけ頼み込んだんだから、それでも断られてしまったら諦めるしかないと覚悟を決めて、俺は正面に座っている沙耶さんに顔を向けた。
「本当に迷惑じゃない?」
「うん」
「本当に危険な真似をしない?」
「うん」
「もし、何かあったら絶対に知らせてくれる?」
「約束する」
「……わかった。雅がそこまで言ってくれるなら――頼っていい?」
「うん!」
口ではそう言ってくれたけど、きっと沙耶さんは納得してないし、前夫の事に俺を関わらせたくはなかっただろう。
それでも俺の気持ちを汲んでくれたんだから、絶対にこの件は俺が決着をつけてやる。
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