episode 32 一方通行
「有紀? 有紀ってあの有紀ちゃんか!?」
「あぁ、あいつ今こっちに戻ってきてるんだ。つか同じ大学だった……つい最近まで知らなかったんだけどな」
【もぐり】の映画に出演する事になってから数日後、ヒロイン役の紹介待ちだったい俺はいつもと変わらない生活を送っていた。
そんなある日、バイトから帰宅してテラスでビールを飲んでる親父と沙耶さんを見かけた俺は、有紀がこっちに戻ってきている事を親父に話した。
「太一さん、有紀ちゃんって?」
「あーえっと……どう言えばいいのかな」
驚く親父に首を傾げる沙耶さんに対して、言葉を選び過ぎて上手く説明できないようだ。
親父は有紀がどんな被害にあったのか知っている。
話さないと力を借りれないと判断した俺は有紀に確認をとったあと、全て話したからだ。
有紀と関係を持った翌日、色々と話し合う中で有紀に頼れる身内がいる事を知った。
その身内とは母親の両親、つまり有紀の祖父と祖母だ。
その時初めて知った事だが、有紀の母親は親に勘当を受けていたらしい。有紀の本当の父親との結婚を猛反対された母親は駆け落ち同然で家を出た為、祖父の逆鱗に触れて勘当になったというのだ。
その一年後に母親が身ごもったのを機に父親が別の女と家を出ていく事になった。
だからなのかもしれないと今になって思う。
有紀がどんなに助けを求めようが助ける身内なんていないと踏んでいて、当時中学生だった有紀に逃げる事なんて出来ないと考えたから娘の体も金に換えようとしたのではないかと。
もしそうであれば、当時の母親は相当面食らった事だろう。
何故なら有紀には頼る事が出来る人間がいて、しかもその人間が母親の父、つまり勘当した有紀の祖父だったんだから。
祖父は有紀が小学生になって少し経ったある日、突然姿を現したそうだ。
物心ついた時から自分にはお爺ちゃんもお祖母ちゃんもいないと教えられていたから、突然お爺ちゃんだと現れた祖父に警戒する姿勢を見せた有紀だったが、一緒にいた祖母が涙を流して「今ままで寂しい思いをさせてごめんね」と優しく抱きしめられた事で2人を受け入れたと言う。
とはいえ、勘当した娘に会う気が一切なかった祖父母は真新しい携帯電話を有紀に手渡すと、「絶対にお母さんに見つからないようにな」と言い残して2人は帰っていった。
手渡されたのは所謂ガラケーというやつで一般的な二つ折りになっているタイプで、携帯を開けるとメモ用紙が挟まれていた。
メモ用紙にはこの携帯にお爺ちゃん達からかける事はないから、いつでもかけておいでと書かれていた。
それはもし電話がかかってきた時に母親が側にいたら携帯の存在がバレてしまうと危惧したものだと察した有紀は、携帯を家には持ち込まずにずっと外で隠しておいて、必要になった時だけ取り出す事にしたと言う。
祖父たちと連絡を取る事は滅多になくて、精々年に多くて2回くらいだったらしいが、その後母親が新しい男を連れてきて家を抜け出すようになって俺と知り合ってからは、その携帯の使い道は俺と連絡をとる為の物になった。
有紀は深く深呼吸をしてから祖父に電話をかけて、母親たちにされた事を洗いざらい全て話した。
話している中、その時の事を鮮明に思い出してしまったのか声が震えだしたかと思うと、ガタガタと震える手から携帯が何度か滑り落ちるのを見て、俺は少しでも落ち着かせようと有紀の肩を抱いて励ました。
電話を終えてから聞いた話だが、祖父は他県ではあるが警察署の所長らしく、有紀から全て聞いた祖父は激怒してすぐに助けると約束してくれたそうだ。
電話をかけてから2時間後、警察が家を訪ねてきた。
家で改めて事情を話すと、女性警官が同伴して病院に向かう事になった。怪我の治療と体の検査を行って証拠を得る為だ。
検査を受けている際、安全が保障されるまで警察の方で保護すると言われた有紀はそれを拒み、俺の側にいたいと聞かなかったらしくその日の夕方に警察官と共にこの家に帰ってきた。
有紀から全部終わるまでここにいさせて欲しいと頼まれた俺は即答でそれを了承して、同行している警察官に父親に了承をとった後にこちらから祖父に連絡をとるからと告げてお引き取り願った。
その夜出張先から帰宅した親父に事前に有紀から許可をとって、今こうして有紀がいるここにいる経緯を話して、愕然といった様子の親父に今回の件が最後まで終わって安心して生活出来るようになるまで有紀をここに住ませて欲しいと頭を下げた。
だけど親父のリアクションは芳しいものではなく、有紀の安全の為にも警察に任せた方がいいと反対された俺は最終手段だと土下座して交換条件を出した。
交換条件として出したのは、これまで心配ばかりかけてきた事の謝罪と、これからは心を入れ替えて2度と心配かけるような事はしないというものだ。
本当はこんな交換条件なんて形を取らずに素直に謝って再スタートを切りたかったという思いはあったけど、捻じ曲がってしまった今の俺じゃ何時になるかも分からないものだから、有紀には悪いと思ったけどいいきっかけになったとも思った。
親父はそんな俺に涙を流して有紀ごと受け入れてくれて、すぐに有紀の祖父と話し合う機会を設けてくれて、説得の末事件が完全に解決されるまで3人で暮らせる事になった。
その間、親父は有紀も自分の娘のように接してくれたおかげで、碌な家族の記憶しかない有紀に安心を与えられたと思う。
そして3人で暮らすようになってから約1か月後、有紀の祖母が仮住まいを用意して引っ越してきた。
初めはそのまま祖父達の元へ転校しようと促されたらしいが、有紀がこっちで暮らしたいと嘆願した結果、祖母が保護者替わりとしてこっちに来る事になったのだ。
有紀の母親と屑の2人は逮捕されて罪を償う事になったそうだが、詳細は聞いていない。というか、有紀が聞きたがらなかったんだ。
俺の家から祖母に元へ帰ってから何時もの生活が戻った。
戻ったといっても俺は親父との約束を守るべく当たり前の事だけど毎日学校へ通い、遅れに遅れまくっていた勉強を少しでも取り戻す為勉強漬けの毎日になった。
有紀とは学校で顔を合わせば話す程度で、もう深夜に会う事はなくなった。
有紀は祖母に極力負担をかけまいと家事を積極的に行うようになったようだが、以前の暮らしに比べれば雲泥の差で充実した生活を送っている。
ただ、感情を表に出す事はあの夜から出来ないままだったけど。
そんなありふれた生活を送るようになって1年が過ぎて俺達は受験生になった。あの日から必死に勉強してきたとはいえ、流石に遅れを取り戻すのには時間が足りなくて、結局地元の人間しか名前を知らない高校にしか進学できないレベルに戻すのが限界だった。
それは有紀も同じだったみたいで、あの夜以来男嫌いになったあいつは同じような偏差値の女子高に進む事になった。
とはいえ、俺は勉強のペースを緩めない。有名進学校に進学するのは無理だけど、散々迷惑をかけてきた親父に楽をさせたくて国公立の大学を目指す為に。
対して有紀はそういうモチベーションはないみたいで、成績が安全レベルに達したのと同時に勉強の力を緩めてよくウチに来るようになったが、まともに相手にしなかったせいか顔を見せる頻度が下がっていき――やがて姿を見せなくなった。
(――そう思ってたんだ)
年が明けて受験本番に突入して、俺達3年は文字通り余裕がなくなり、教室はピリピリした空気だけが漂う空間と化した。
それは俺も例外ではなく、とにかく少しでも志望校の合格率をあげようと躍起になっていて気付かなかったんだ。
――いつの間にか、有紀が転校していた事に。
気が付いたのは私立、公立の受験を終えて卒業式の準備に取り組むようになった時で、すっかり家に姿を現さなくなった有紀に会おうと教室に出向いた先であいつのクラスメイトから転校した事を知らされた。
俺は慌てて有紀の家に向かおうとしたんだけど、そういえば住所を知らされていない事を今更に気付いた。
ずっと一方通行の関係だった。
いつも有紀から連絡があって、有紀が迎えに来ていた。
俺から何かをした記憶がない。どこに住んでるのか疑問に思った事は何度かあったけど、本人に訊いた事はなかった。
そして転校する事も、どこへ引っ越したのかも知らされずに姿を消して、こうしてまた再会したわけだけど……一方通行の関係は変わってないっと。
「……有紀ちゃんか、懐かしいな」
「ねぇ、太一さん。だから有紀ちゃんて誰なの!?」
「沙耶さん。有紀は俺が変わるきっかけをくれた大切な幼馴染なんだよ」
有紀は身も心もズタボロにされたけど、それをきっかけにして大きな夢を得て帰ってきた。
その夢をどういう経緯で得たのかは知らされてないけれど、それもいずれ教えてくれるんだろう。
なんの脈略もなくいきなり、一方通行に。
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