episode 31 雅との出会い 8/8
朝から降り続いている雨の中、暗くなった道をフラフラと覚束ない足取りで歩く。
目的地なんてない。ただあの家にいたくなかっただけだ。
あの変態のゴミに犯された後、隣のお母さんの部屋から喘ぎ声が聞こえてきた。『我慢して』というあの言葉に言葉を失っていると、投げ捨てるように渡されたお金を回収したお母さんは、ゴミが待つ自分の部屋に消えていったのだ。
別にあんな汚らしい金なんていらなかったけど、自分の娘が犯されて得た金を当然のように回収するお母さんを見て、全て悟ってしまった。
アイツは娘のウチを売ったんだ。
確証があるわけじゃないけど、大方あのゴミにウチも犯したいとか言われたんだろう。拒否すれば借金の返済を止めると脅されたってところか。
いくら借金に苦しむ生活に戻りたくないからって、風俗に堕ちるのが嫌だからって,とてもじゃないけど許せるものじゃない――あいつはもう親でもなんでもない。
犯されはしたけど、唯一不幸中の幸いだったのが安全日だった事だ。あのゴミは避妊する事なく好き勝手に盛ってたから。
(……いや、それも偶然じゃなくて……あいつが……)
頭の中に浮かんだ疑惑を今更かと放棄する。
「問い詰めて予想通りだったとしても……何が変わるわけじゃないもんね」
体を汚され心を砕かれてしまったウチには、未来が見えなくなっていた。
世の中にはまだ赤ちゃんの頃から親に虐待を受けて死に至るなんて、悲惨なニュースをよく目にする。
そんな可哀そうな子供に比べればと無理やり前を向こうとするものの、弱いウチには割り切る事なんて出来ない。
「……死にたい」
これまでどんな事があっても考えた事のない感情が口から零せば、あれだけ覚束なかった足が前へ前へと進んでいく。
どうせ死ぬならあいつに最大の仕返しが出来る死に方がいいだとか、ゴミに社会的制裁を与えられる死に方はないかとか、そんな捻くれるどころか腐りきった考えを試案して歩いていたというのに、気が付けば何故か雅のアパートの前にいた。
「……なんでウチはこんなとこに」
これまであった事を話してきた相手とはいえ、流石に犯された事や母親に売られた事なんて話せるわけないのに、ウチはそのままアパートに入って雅の家の玄関前に立った。
満足に着替えもしないで家を飛び出したから、とてもじゃないけど人に見せられる格好をしていない事に雅の家の前に来て初めて気が付いたけど、もうあんな所に帰りたくなかったからそのままインターホンを押した。
これまで何度も来た事がある場所だけど、こんな姿……雅の目にどう映るのかと考えると怖い。
拒絶される……当然だ。こんな汚されたウチを見たらきっと雅も離れていくだろう。
だけど、もしかしたらという期待があったから、ウチは無意識に自害を実行する前にここに来たんだと思う。
『はい』
呼び鈴に対応したのは雅本人だった。今更だけど、こんな格好を太一さんに見せるわけにはいかなかったからホッと胸を撫でおろした。
「……ウチ」
『今開ける』
言ってスピーカーが切れる音がしてすぐに玄関のドアが開いた先に、雅が姿を現した。
「え? ちょ、お前……その恰好どうしたんだよ」
「………………」
雅が驚くのも無理はない。
これだけ雨が降っているというのに傘もささずに彷徨ってずぶ濡れになってる上に、散々叩かれて顔が腫れ上がって口元から血が滲んでいたんだから。
「……誰にやられた!? ぶっ殺してやる!」
ウチの姿を見てどうやら雅は誰かにやられたと思ったみたいで、困惑した表情からすぐさま殺気だった目つきになってウチにそう訊いてくる。
「ん、いい。そういうんじゃないから」
「そういうんじゃないって――だったらどうしたってんだよ!?」
こんな格好をしてるウチを見て怒ってくれて嬉しかったけど、原因を知っても同じように怒ってくれるんだろかと考えると怖さが込み上げてくる。
「……太一さんは?」
「え? 親父なら昨日から出張でいないけど」
「……そう。丁度良かった」
「丁度よかったってなに――っておい!」
説明を求めようとした雅の体を押して、強引に玄関に入ってドアを閉めた。
「…………」
「なぁ……一体なにがあったんだ?」
強引に中に戻された事に触れず、相変わらずウチの事を心配してくれている雅の変化が怖かったけど、ウチは質問に答える変わりにパーカーのファスナーを一気に下ろした。
「――なっ!?」
家を飛び出した時、椅子に掛けてあったパーカーだけを羽織っただけで、ファスナーを下ろした中は無理やり引き千切られて服のままだった。下に履いていたスウェットも力づくで引き下ろされたからウエストのゴムが伸びていて、何とか腰に引っかかっているだけの状態でパンツも履いてない為、かなり際どい部分まで見えてしまっているだろう。当然パーカーの下もブラもなく上半身は裸同然で、そんなウチを見て雅は目を見開くだけで言葉が出ないようだ。
「っ!」
雅は咄嗟にウチから目を逸らした。
その行動が裸に近い状態の姿に照れて逸らしたものなのか、酷い有様のウチに何が起こったのか察してそうしたものなのかは分からない。というか、知るのが怖い。
「……み、雅……ウチは」
恐る恐る事情を話そうと重い口を開こうとした時、目を逸らしていた雅の手がウチの手首を掴んだかと思うと、そのままびしょ濡れのウチを家にあげた。
「み、雅!?」
「話はあとだ。その前風呂に入れ!」
「……え? お風呂?」
突然の事で困惑してるウチを他所に雅は脱衣所に案内して、風呂に入れと言う。
「丁度さっき入ったばっかでガスも切ってないから」
「…………」
言われてみれば普段はあれだけ鬱蒼と茂っていて、まともに見えない整った顔がよく見えている。お風呂あがりの濡れた髪は流石に邪魔みたいで掻き上げている状態だからだ。
そんな事にも気づかないなんて、ウチはどれだけ下を向いていたのかを知った。
(もう上なんて見れないんだけど、ね)
「ほら、これ使え」
「迷惑かけれないから、お風呂なんていい」
「あほか! そんな恰好でここに来た時点でもう手遅れだっつの! 俺の服だけど文句言うなよ」
「ごめん……迷惑なら出ていくから――」
「――そのまんま帰して風邪でもひかれたら寝覚めが悪いってだけだから、ゆっくり入ってこい!」
そう言い捨ててウチの反応を待たずに脱衣所のドアを勢いよく締めて出ていく雅に、ウチはもう何も言えなかった。普段からぶっきらぼうで他人を寄せ付けない奴だけど、ちゃんと付き合えば応えてくれる――雅はそういう奴だってウチは知ってたはずなのに……。
浴室に入ったウチはあのゴミに汚された体を少しでも綺麗にしようと、皮膚から血が出るんじゃないかというほど力を込めて全身を隈なく洗ってから、湯舟に浸かる。
死のうとしてる人間がする事じゃないとは思うけど、死ぬ気が失せたわけじゃない。
何があったのか全部話して雅のウチを見る目が変わってしまったら……もう未練なんてなくなるんだから。
お風呂から上がったウチは用意してくれた服を着て、雅の部屋のドアをノックすると「どうぞ」と中から声がした。
部屋に入ると雅は勉強机の椅子に座っていて、ウチに目線でベッドに座れと促してくる。この部屋にはよく来ていて何時も雅が椅子に座ってウチがベッドを椅子替わりにしていたからだろう。
「……ここでいい」
だけど今日は部屋の出入り口で立っている事を望んだ。
こんな汚れた体でベッドに座ったりしたら雅の寝床も汚してしまうと思ったから。
「いいから座れ!」
「っ!!」
その場から動こうとしないウチの手を掴んだ雅は、そのまま強引にウチをベッドに座らせた。それがあのゴミの行動と似ていて気持ちが悪くなったけど、それは次の瞬間落ち着く。
「何があったのか、聞かせろ」
ウチをベッドに引っ張った雅はそう尋ねてきた。
その目はこれまで一度も見た事がないほどに真剣で、鋭い目つきの中に温かいものを感じて、ウチの口は抵抗する事なく開く。
「…………犯された」
「……え?」
「借金の肩代わりしてる奴にお母さんがウチを……売ったみたい」
「…………嘘だろ? 冗談、だよな?」
(まぁ、そう思うよね……)
それからウチは何をされたのか詳しく、だけど淡々と雅に話して聞かせる。話してる間に雅は口を挟む事なく黙って聞いてくれていた。
「……まぁ、ウチの体なんかで生活が楽になるのならいいよね……はは」
そんな自虐めいた事を言って場を和らげようとした時、自分の変化に気が付いた。
笑えない……というより表情が全く変わらない。表情筋といえばいいのか、顔の筋肉が全く動かない事に気が付いたんだ。
元々ウチは自分の感情を表に出すのが苦手な方だったけど、全く出す事が出来ないわけじゃなかったし、学校の友達と表面上だけであっても付き合っていける程には出来ていたはずだ。
――だけど、今のウチはそんな事も出来なくなってたのか。
話をしている間ずっとウチの手を握ってくれていた雅の手に不自然な力が加わった時、次に起こす行動に予測がついたウチは立ち上がろうとする雅の腕を掴んでベッドの方に体重をかけて引っ張った。
「うおっ!」
引っ張った雅の体はベッドに横になったウチの上に被さる状態になる。
「……なにするつもりだった?」
「何って決まってんだろ! あいつらんことに乗り込んでぶっ殺してやるんだよ!」
「やめてよ……。ウチのせいで雅を殺人者にさせるわけないでしょ!」
語尾を荒げてみてもやっぱり顔の筋肉は動かない。
普段当たり前に出来ていた事が急に出来なくなると、不便だと感じるよりも焦りを感じる。
とにかく馬鹿な事をしようとしてる雅を止めないといけないのに自分の気持ちがちゃんと伝わらないからと、腕を掴んでベッドに引っ張ったはいいけど、こうして男と2人でベッドに倒れ込むとついさっきの悪夢が蘇ってきて吐き気が込み上げてきた。
だけど、今は雅を引き留める事が先決だ。
「そんなもんどうだっていい! 絶対に許さねぇ!!」
心の底から激怒してくれてるのは嬉しい。こんな汚れた女を見下す事なく、ただウチの受けた大きな傷に心底怒りを表してくれている雅にそう思った。
だけど、今引き留めている手を放してしまったら、とんでもない事になってしまう。
それを許せば、雅の人生が終わってしまう。例え如何なる理由があろうと、例えどんなにクズな人間であろうと殺めてしまえば悪いのは雅になってしまうから。それに太一さんにも取り返しのつかない迷惑をかけてしまう。
こんなウチの為に絶対そんな事させてはいけない。
(それに……ウチの為を思ってくれるなら……)
「ねぇ、雅――きいて」
「あ!? んなもん後だ――うおっ!?」
ウチの訴えを無視して立ち上がろうとする雅の手を体重をかけて引き込んだ結果、お互いの鼻先が触れる程の距離になった。
「そんな事させたら……ウチ生きてられると思う?」
「っ!?」
感情を表情で表せられないのなら、言葉だけに頼るしかない。
口下手ってわけじゃないけれど、言葉の選択を間違えれば今の雅を止める事は出来ないだろう――であれば、ウチの選択肢はこれしかない。
「犯されて家を飛び出した時、ホントは死ぬつもりだった」
「…………」
「だけど、こうしてアンタを頼って来てしまった事……本当に後悔してる」
「後悔って、おまえ!」
「当たり前でしょ? ウチのせいで雅が殺人者になってしまうかもしれないんだよ?」
「っ!?」
「本音を言えばまだ死のうとしてる気持ちはある。だけど、ウチの為に怒ってくれる雅を見たら……」
「そんなん当たり前だ! それに何でお前が死なないといけないんだよ! 死んで詫びるのはあいつ等だろうが!」
(……あぁ、嬉しいな)
「それは駄目。どんな理由があったとしても、殺してしまったら雅が加害者になってしまう。太一さんだって悲しむんだよ? そんな状況でウチが生きていけると思う? 雅がウチの立場だったらどう?」
「…………それは」
表情筋が死んでいてもウチの気持ちがちゃんと伝わったみたいで、怒りに満ちていた雅の表情に迷いが見えた。
「だから、ね。死ぬのを止める気にさせて欲しい。前を向かせて欲しい――ウチのお願いをきいて欲しい」
「お前の頼みをきいたら、死ぬのを止めるんだな? 俺は何をすればいい? 言ってくれ」
不思議だな。ついさっきウチのベッドで同じような状況になっていたというのに、嫌悪感を感じるどころか安心しているなんて。
「上書きしてほしい」
「上書きって?」
「……ウチとこのままセックスして欲しい」
「……………………は?」
あの2人に復讐する方法はある。
だけど、それを実行するにはウチが死ぬのを止めて前を向く事が大前提で、雅に上書きしてもらうしかその方法が思いつかない。
これまでの付き合いで雅に経験がない事は知っている。初めての経験の価値って男と女にどれだけの違いがあるのかは分からないけど、男の初めてがどうでもいいとは思えない。
だからこれは完全にウチだけの都合を押し付けているだけなのは理解してるし、雅にしてみればこんな汚れた体で初体験をする事に嫌悪感を抱く事も想像に難しくない。
(……だからせめて!)
ウチは突然の頼み事に困惑している雅の首を抱き寄せるように両腕を回して、僅かに空いていた空間を無くす。
「え? ちょ……んぐっ」
雅の唇に自分の唇を押し当てて驚いて少し開いた口の中に舌を侵入させた。
雅の舌にウチの舌が当たるとビクッと体を震わせたが、下手なり一生懸命舌を動かしていると、やがて雅の舌がウチの気持ちに応えるように絡んできた。
クチュクチュと卑猥な音だけが雅の部屋を支配して、気が付けば雅の手がウチの後頭部に回されている。
まるで離さないと言わんばかりに……。
やがてぎこちないキスを解いて、雅に語り掛けようと乱れた呼吸のまま口を開いた。
「はぁはぁ……体は汚されたけど、唇だけは守ったから……はぁはぁ、一応ファーストキスだよ」
こんなシチュエーションの場合恥ずかし気な顔をしているのが普通だと思うけど、残念ながら顔は上気して赤くなってはいるけど表情に変化がない事が分かる。
こんなの人形としてるのと変わらないと自覚すれば、雅に申し訳なさが込み上げてきて、やっぱり止めようと告げようとした時、雅の方から口を塞いできた。
「ん……ちゅぷ……あっ」
今度はウチの口内でお互いの舌を絡ませあう。
性的な暴力を受けて間もないというのに、雅との濃厚なキスに思わず吐息が漏れた。
やっぱり怖くない。
恐怖の対象でしかない男という存在が、雅の温もりで溶けていく。
やがて激しく絡めていた舌を解いて唇から雅の感触が離れていく。お互い呼吸を忘れていたのを思い出したみたいに息が乱れている。
「……俺はお前の事は好きだけど、恋愛的な意味じゃなくて仲間だと思ってたし、これからもそれは変わらないぞ」
決してあのクズみたいに欲望に血走った目ではなく、ウチを見下ろしている目はとても真剣で、そして優しさに満ちていて――薄偽りない言葉をウチに告げてくる。
「それでいい。ウチも雅の事は仲間だと思ってるし、それはこれからも変わらない。だから仲間としてお願い――ウチに前を向かせて欲しい」
汚れた体でも前を向いて生きていける強さが欲しい。その為に雅の初めてを奪う行為が正しいのかと問われれば、決して褒められる選択じゃない事は重々承知してる。
だけど、その罪は死ぬまで背負う覚悟は、犯された事を知っても卑下するような目でウチを見なかった時点で出来てる。
ウチの気持ちは全部伝えた――あとは雅の判断に任せようと決めて目を閉じると、また雅の唇が触れて舌が口内に侵入してきた。
その行動で雅がウチを気持ちを汲んでくれたのだと判断して、侵入してきた舌に自分の舌を絡ませて受け入れる。
「……んっ、あん」
暫く卑猥な音をたてて舌を絡ませた後、雅の口と舌がウチの首筋に触れたかと思うと、全身に電気が走ったみたいな感覚と共に喘ぎ声が漏れた。
毎晩隣の部屋から聞こえてきていたあいつの喘ぎ声に不快感を抱いていたというのに、今こうして雅に触れられて漏れた声に嫌悪感がないとは勝手だなと思いつつも、これから始まる事を想像すればお腹の下がキュンとした。
雅は口と舌で首筋を愛撫しながら、左手が決して大きくない胸に触れてきた事に申し訳ないと思いつつも、体中に感じる電気が強くなり漏れる声が大きくなっていく。
思えばあのゴミに襲われている最中に快楽など感じる事もなく、ただ怖くて早く終わる事だけを願っていた事と比べて、同じ行為だというのにこうも違うものなのだと痛感した。
その後も目線でウチの反応を確かめながら少しずつ愛撫する範囲を広げていき、決して焦ることなく入念に体が受け入れる準備を進めていく雅の動きは、本当に初めてなのかと疑ってしまう程に優しいものだった。
そして完全に受け入れる状態になり体がクタッと力が抜けたのを見計らって、雅がウチと同じように服を脱いで全裸になる。
裸になった雅を見ると弾んでいた呼吸が更に乱れて、視線を下に向ければ男の欲望の芯がこっちを見ている。
あのクズと同じ物だというのに雅のそれに嫌悪感などなく、ウチの体なんかで大きくなってくれている事に安堵していると、おれだけ落ち着いていた雅の様子が慌てたように変わった。
「……どうしたの?」
「あ、えっと……こんな事になるなんて思わなくて気が付かなかったんだけど、その……有紀ってアレ持ってるか?」
雅の言うアレが何を指しているのかすぐに分かったけど、ウチも当然持っているわけもなく……。
「持ってないけど、今日は大丈夫な日だから付けなくていい」
そう言った時、疑うのを途中で止めた事を思い出す。
ウチは普段からマメに基礎体温をつけている。
つけている事に特に理由なんてなくて、ただ昔からお母さんがつけているのを見て真似していただけ。
計った基礎体温はメモ帳に記入していたんだけど、そのメモ帳は普段から厳重に仕舞う事なく無造作に机に置いていた。
そのメモ帳を見てお母さんはウチを売る日を今日にしたんじゃないかと疑っていた。
実際にメモ帳を見られた形跡があるか確認したわけじゃないけれど、何の躊躇もなく避妊しないで襲ったゴミの行動を考えれば間違ってない気がする。
「雅は嫌かもしれなけど、ウチは全部を上書きして欲しいから……」
あのゴミが生でいれた所に同じようにするのは抵抗があるだろうけど、ウチ個人の要望としては余計な物に邪魔される事なく直接雅の芯で上書きして欲しいと願う。
「……分かった」
雅はそれだけ言って芯をウチの入り口に当てたかと思うと、そのままゆっくりとウチの中に侵入させてきた。
もう処女じゃなくなったといっても、まだ2回目だから痛むかと構えてたんだけど、しっかり準備を整えてくれたおかげで痛みもなく奥まで雅を受け入れる事が出来た。
「あはっ! んっ! あぁふ」
あの時は怖さしかなかった感覚が、今はこの感覚に快楽を感じて、イヤでもウチが女なんだと思い知らされた。
「……雅、ありがとう。ここからはウチの事なんて考えなくていい。雅が気持ちよくなる事だけ考えてくれていいから」
十分だと思った。
全身だけじゃなく中の奥まで上書きしてくれたのだから。
ここからはこんな体だけど、雅が気持ちよくなる為だけに尽くそうと思ってそう言った口を雅の口に塞がれた。
「ここまでして無理すんな」
体の一部が繋がっているせいなのか、ウチの心の奥に隠していた僅かな感情を見抜いたようにそう言う雅の顔を見て、気が付けば涙が零れ落ちていた。
「……うん。ホントは少し怖い」
「あんな事があった後なんだから当たり前だ。だから無理しないで全部俺に預けろ――いいな」
「…………ん、ごめん」
結局最後まで頼り切ってしまう事になった自分の情けなさと、雅の頼り甲斐のある言葉に涙が止まらない。
色々な感情が交じり合った涙を指で優しく拭った雅はもう1度優しいキスを落とすと、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「あぁいい! あんっあんっ……気持ちいいよ……雅」
「あぁ、俺も気持ちいいよ」
腰を引いて押し込んでくる度に脳天に電気が走り、さっきまであった申し訳なさなんて消し飛んで只々快楽に溺れていく。
あのクズは無理やり嫌がるウチの体勢を変え、恥ずかしい体位でひたすら自分の快楽の為だけに腰を振っていたけど、今ウチと繋がってる雅は僅かに残っている怖さを和らげるように可能な限り体を密着させてくれている。
流れる汗と共に雅の温かさが全身に伝わってくる。
恋愛的な感情とかましてや恋人同士でもないけれど、今だけはこの温もりを独り占めしている事に優越感を覚えつつ、将来いつか現れるであろう雅の隣にいる女に心から謝罪するウチの体の真ん中に込み上げてくるものがあった。
「み、雅……。な、なんか変! なんかクる! なんかキちゃう!」
「あぁ、俺も――もう!」
体の真ん中、正確にはお腹の下側から込み上げてくるものを訴えたんだけど、雅はその正体が何なのか知ってるような口ぶりだった。
雅のその反応にもしかしてとアタリをつけた時、ウチの中にある雅の芯が更に大きくなった事に気付く。
(もしかして、これがイクってこと? それに雅も……)
下半身から何かが漏れるような感覚に怯えていると「大丈夫だから。全部吐き出しちまえ」と抱きしめてくれている両腕に力を込める雅の動きが早くなっていく。
やっぱりそうなんだと確信すれば、絶頂に近づくにつれて頭の中が真っ白になっていく感覚があるだけで、もう怖さはなくなっていた。
「有紀……俺」
「……うん、来て――雅」
その言葉を最後に雅の動きに合わせていたウチの体も激しく揺れる。
「っ有紀!」
「雅――イッ」
体が自然と反り返り雅の短いけど力強い言葉と共に、ウチも絶頂に達した。
お互いの体が小刻みに震えたかと思うと、やがてグッタリとベッドに体を預けて汗だくになった体を重ねる。
部屋にはウチ達の荒くなった呼吸の音だけが支配していて、行為が終わった充実感が体中に駆け巡り、気が付けばまた涙が零れていた。
「……死ぬ気は失せたかよ」
「うん――ありがと」
文字通り体を張ってウチの心を助けた雅に心から感謝の気持ちを伝えたんだけど、やっぱり表情筋は死んだままで――それは今でも変わっていない。
☆★
「ふぅ、昔の事思い出してたらのぼせた」
ソファーに体を少し預けた後、疲れを取ろうとお風呂に入りながら昔の事を思い出していた。
今まで雅の元を離れてから思い返す事なんてなかったはずなのに、こうして鮮明に思い出してしまったのはきっと雅に再会したのが原因だろう。
ウチの意思ではどうしようもなかったとはいえ、助けられっぱなしで離れた事を気にしていなかったと言えば嘘になる。
こうして再会できたんだから、心残りを清算する事に全力を尽くそう。
作品が最終審査にまで残れば、きっと雅がせき止めていた時間が動き出すはずだから。
(その為には、あの子に協力してもらわないと)
ウチはバスタオル一枚の格好でソファーに腰を下ろして、テーブルに置いていたスマホを手に取りアドレスをタップして耳に当てた。
『もしもーし、有紀?』
5回のコール音の後、相変わらず澄み切った声がウチの鼓膜を震わせる。
「ん、今大丈夫?」
『大丈夫だけど、有紀から電話くれるなんて珍しいね! てか初めてじゃない?』
「そうだっけ……まぁそうかも」
『そうだよー! それでどしたん?』
「うん。アンタが前に言ってた事ってまだ生きてる?」
『うん? 前に言った事って?』
「ほら、ウチらがまた顔を合わせた時、あの時のお礼がしたいって言ってたやつ」
『ああ、アレね! 勿論継続中だよ! なにか思いついた?』
ウチらがまたこうして再会した時、昔助けてもらったお礼ができてないから何でも言って欲しいと言われていたんだけど、その時は何も思いつかなかったから断った事がある。
そもそもお礼をされるような事をした自覚がないのもあって気持ちだけでいいと断ったんだけど、その子は引き下がらずに何か助けられそうな事があったら言って欲しいと言われていたんだ。
「うん。協力して欲しい事ができた」
『協力? なになに? 私に出来る事なら何でも言って!』
「ウチの大学に【もぐり】って映研サークルがあって、今度そのサークルで撮る映画のサポートをする事になった」
『へぇ、プロ志向の有紀が学生の活動に関わるなんて珍しいね』
「うん、それにはちょっと事情があってね。それでアンタにヒロイン役で出演して欲しいんだ」
『………………は?』
いきなり映画に出演してくれって言われたんだから、もっともな反応だと思う。
だけど、今はそんな事に構ってる余裕はない。
「その作品を最終選考にまで押し上げる事が出来れば、ウチも恩を返せるんだ」
『え? なにがどうなってそうなるか知りたいとこだけど、それ以上に私に役者やれって言う理由が知りたいんだけど!? 私って別に経験者でもなんでもないんだよ? お芝居したって言えば幼稚園のお遊戯会だけだし、それに配役は木だったんだよ! 木!』
「経験の有無はウチが仕込むから問題ない。そもそも他の連中も素人に毛が生えた程度だから」
『いやいやだからって!』
「それともなに? お礼がしたいって台詞は社交辞令だったの?」
『んぐっ』
虐めるような言い方で悪いと思うけど、こればっかりは我を通させてもらう。
「お願い。ウチの我儘に付き合って」
『…………』
頼み込むウチに否定する言葉が止まったことで、考えてくれているのが分かる。
ウチは黙り込んだ空気を壊さず何も言わずに返事を待っていると、小さな声がスマホのスピーカー越しに聞こえてきた。
『…………分かったわよ』
「ホント? 助かる」
『で、でも結果が悪くても文句言わないでよ?』
「分かってる。というか、その心配はしてない。だって、ウチがアンタをしごくんだから」
『有紀ってばお芝居の事となると人が変わるから、滅茶苦茶怖いんだけど……』
ようやく折れてくれた事に安堵したウチは、気が変わる前にこれから稽古をつける必要があるからと、お互いの合う時間を擦り合わせを行って電話を切った。
「さぁ、明日から忙しくなるぞ」
ウチは拳をギュッと握りしめて気合いを入れなおして、自分で書いた台本を夜遅くまで読み込んだ。
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