episode 28 雅との出会い 5/8
「おい、その女は俺が先に目をつけてたんだ。失せろ猿ども!」
「あぁ!? 何言ってやがる! 何様だテメェ!?」
「あ? 俺様だが、なんか文句あんのか雑魚ども」
「舐めてんのか!? ちょっとツラ貸せや!」
これでもかとふんぞり返り2人組の馬鹿どもを煽る月城が、人気のない所に連れ去られていくのを見送る。
ウチから月城に提案した事とはいえ、ここまで上手くいくとは思わなかった。
「さて、準備しとこうか」
一人になったウチはそう呟きながら鞄に忍ばせていた物を取り出して、手早くそれを装着する。
月城が散れ去られて5分くらいが経過した。ダラダラと引っ張る性格じゃないからそろそろだと、ウチも月城が連れ去られた場所に音を殺して近づく。
辿り着いた場所ではあの時の光景が再現されていた。2人組の拳や蹴りを一方的に受けている月城。ここからじゃ後ろ姿しか見えないけど、きっとアイツの顔面は相当仕上がっていて嬉しそうに笑みを浮かべている事だろう。
こんな馬鹿な事を率先して行っている理由を知って納得してる立場のウチだけど、それでも気持ち悪いのは変わらない。
「それにしても、あの二人組は容赦ないな」
月城を連れ去った男達はウチを釣れなかった腹いせと言わんばかりに、容赦ない攻撃を月城に加えていく。
第三者の目から見れば男達の圧勝にみえるだろう。男達も絶対にそう確信してるに違いない。
その証拠に漫画かとツッコみたくなるほどの、威力を最優先した大振りの攻撃を月城に加えている。
だけどね、猿ども。見た通り月城がお前達に戦意を喪失してたらそれでもいいかもしれないけど、もし月城の心が折れてなくてわざと攻撃を受けていたとしたら? もしアンタ達の攻撃を冷静にヒットポイントをずらして受けていたとしたら? そして調子にのって大振りの攻撃を観察していたとしたら?
そんな事を考えながら月城の背中を眺めていると、棒立ちだった月城の動きが変わった。
フラフラと揺れていた体が瞬時に腕を最大限に振りかぶる男の懐に潜り込んだ。
「キタッ!」
ウチは月城の動きに連動するように物陰から月城の背中を目掛けて全力で走る。
次の瞬間、下から突き上げるように月城の拳が男の鳩尾に突き刺さる。
「ゲフッ!!」
男は情けない声と共に鳩尾に両手を当てながら前かがみの体制になるのを確認したウチは、全力で走ってきたスピードをバネに力いっぱいジャンプして、振り上げた右足を男の顎先目掛けて振り下ろした。
ドゴンと鈍い音と共に前屈みになっていた男が膝から崩れ落ちていく。あの時、襲われそうになった時に放った蹴りとは別物の威力に、右足を蹴り下ろしたウチが驚きを隠せない。
「なるほど、安物の方がいい事もあるんだ」
前回と何が違うのか。それは履いている靴だ。
月城が連れ去られてから鞄から取り出しのは、ワークショップで買ったつま先に鉄板が入っている安全靴だ。
ここへ来る前に月城とワークショップに行ってそれなりの値段で売られている安全靴を手に取ると、並んで棚を見ていた月城が徐に「これにしとけ」と違う靴を手渡してきた。
渡された靴の値札を見て「やっす!」と思わず声が出てしまう程の値段が表示されてあった。ウチが手に取った靴の4分の一の値段だったのだ。
月城曰く、安全靴は高価な物になればデザインだけじゃなく靴の重さが軽くなっていくんだそうだ。
勿論作業時に履く靴なんだから軽い方がいいに決まってるけど、ウチは別にこれを履いて歩きまわるわけでも、まして働くわけでもない。
つまり大事なのは値段の安さじゃくて、安いからこそ扱い辛くなる重さにある。
あの時全く通じなかったウチの蹴りにつま先に仕込まれた硬い鉄板と、安物だからこそ存在する重さが威力に加われば今度こそ蹴り抜けるはずなのだ。
しかも激安なのも中学生の懐事情に非常にマッチしていて、一石二鳥な買い物といえよう。
ウチは支払いを済ませた安全靴の箱をゴミ箱に捨てて、靴だけを鞄に忍ばせる。
連れ去られた月城の跡を追う時確かに感じる歩きにくいと思える重みに、ウチの心がわくわくと嬉しそうに跳ねた。
その結果は今ウチの足元に蹲っている男が全てだ。
男は立ち上がろうとするが足腰に力が入らないようで、すぐにまた膝をついている。
(か、快感!!)
あの男と母親がウチなんかいないと言わんばかりに盛りだして感じたイライラが、すっと抜けていく。
(……これは癖になる)
「オラッ! もう一丁!」
快感に酔いしれてるウチの耳に月城の声が届く。
声がした方に振り向けば、お誂え向きな体制になっているもう一人の男が目に入った。
ウチは殆ど条件反射で月城に返事もせずにまたジャンプして、頼もしい相棒の安全靴を振り下ろす。
「あぁ……ヤバい」
もう一人の男が同じように蹲る姿を見て、快感が体中に駆け巡っていく。
どうやらウチはSッ気が強いみたいだ。
「おい! なにしてんだ!? 逃げるぞ!」
「あ、う、うん!」
このままあの場にいたら男達が復活してしまうかもしれない。それに誰かに見られたら通報される恐れもある。
だから事前に事が済んだらその場からすぐに逃げると決めていた。
全速力で走った。ついさっきまで心強い味方だった重い安全靴が、今では枷でしかない。
追いかけている月城の背中が遠のいていく。
「何トロトロ走ってんだ! 急げ!」
こっちを見ながらそう叫ぶ月城の足が一度スピードを落としたかと思うと、すぐさままた加速する。
だけど、益々遠ざかるはずの背中が一定の距離を保ったままだ。
暴れる肺に無理やり酸素を送り込みながら、ずっと視界に映っている背中から視線を落とした先に、しっかりとウチの手首を掴んでいる月城の手が見えた。
ウチが無理やり提案を持ち掛けたんだからヤバくなったら放っておけばいいのにと思いつつも、力強い月城の手が嬉しかった。
「……ありがと、相棒」
「おう!」
こうしてウチと月城のコンビが、夜な夜なあちこちで暴れる日々が始まった。
☆★
「くっそ! 今日もこんだけかよ! なにやってんだよ、チンピラ―!」
あれからウチ達はお互いの目的の為に暴れ回った。
目についた相手に喧嘩をふっかけて、自慢の安全靴キックで仕留める。
勿論毎回上手くいってたわけじゃない。
挑発しても中学生相手にムキにならない男もいたし、喧嘩に持ち込めても相手が強くてどうしようもなかった事も多々ある。そんな場合は全力疾走で逃げ回った。
だけど、ここの所ウチらコンビの勝率が上がってきたんだけど、勝率が上がる度に雅の機嫌が悪くなっていく。
あ、因みに信頼してる相棒に苗字呼びは変だから名前を呼び捨てにするように、ウチが雅に強要した。
話を戻すと、何故勝率が上がる度に雅の機嫌が悪くなっていくのか。その理由は雅の顔にある。
場数を踏む度に雅の顔の傷が減っていったからだ。
今では殆ど相手の攻撃を受ける事なく勝手に勝ってしまい、今隣で叫んでいる雅の顔は右頬に一発パンチを貰っただけだった。
雅曰く、殴られる為に歩きまわり始めた当初、攻撃を受ける位置が悪すぎて立てなくなったり、最悪の場合気を失う事があったらしい。
顔をボコボコにする為とはいえ、これでは身が持たないと無謀な事を止めようと思った時、あまりに殴られ過ぎたのか拳や足が体に届く直前恐怖で体が硬直して目をつぶっていたはずが、硬くなる事なく目は冷静に迫ってくる拳を追う事が出来るようになっていたという。
それからは痛みはあるけど足にクるポイントをズラして、相手の攻撃を受ける事が出来るようになった。
それがウチを助ける時の現状だったんだけど、それからウチと一緒に暴れている内に雅本人は望んでいない進化が現れ始めたんだ。
人間は本来防衛本能が備わっていて、危険回避に優れた性能を生まれ持っている――らしい。
相手の動きを冷静に見れるようになった事で、雅の防衛本能が機能しはじめたようなのだ。
つまりどういう事かというと、相手の攻撃が目の前まで迫っても体が硬直せずにしっかり目で追える為、ヒットする直前に最低限の動きでかわす事が出来るようになったのだ。しかも本人の意思に反して……。
「もっとこう、目で追えないような速さで殴ってくるとか出来んのか!」
無茶言ってる。そもそもウチから見て雅の動きが変なんだ。
だって、ウチから言わせれば攻撃が当たってるようにしか見えなかったから。
もういっその事、格闘技のプロ目指した方だいいと思う。
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