episode 27 雅との出会い 4/8
「ここ……だよね」
今ウチは先生から強引に手渡されたメモと目の前に建ってる建物を交互に見ながら、少し疲れた声でそう漏らす。
ウチが月城に会いに来たと勘違いした(まったくの間違いではないけれど)先生に連絡用のプリントを押し付けられて、現在月城が住んでいると思われる団地を見上げている。
こんな強引に丸投げされた事なんて無視しても構わないと思うんだけど、月城がウチを助ける為に負った怪我の事が気になってたから、そうする事も出来ずにここまでやってきたというわけだ。
「2階の203号室……ここだ」
部屋の前にある表札に月城と書かれているのを確認して、ウチは改めてどういう顔をここから出てくる月城に向ければいいか悩んだのは僅かな事で、先生から届け物という免罪符があるんだからと気持ちを切り替えた。
結果論だけど、先生が丸投げした案件は考えようによっては助け船になってるなと頬を掻きつつインターホンを押した。
『はい』
すぐにインターホンのスピーカーから男の人の声が聞こえたんだけど、月城の声ではない事にすぐに気付いた。
「あ、あの、同じ学校に通ってる葛西と言いますが、月城君はいますか?」
てっきり本人か母親が応対すると思ってたウチは聞き覚えのない男の声に少し慌てつつも、自分の名前と月城に会いに来たと伝える。
『あぁ雅の、ちょっと待ってね』
兄弟がいたんだなと思って玄関が開くのを待ってると、開かれたドアから姿を現せたのはどう見ても月城の兄弟には見えない大人の男だった。
「えっと、あの……これ」
月城本人どころか兄弟にすら見えない人で出てきて、ウチはおずおずと丸投げされたクリアファイルを差し出した。
「あぁ、わざわざ届けてくれたんだね。どうもありがとう」
そう言ってクリアファイルを受け取ったその人は、とても柔らかい笑顔をウチに向ける。
正直いって初対面に極端に弱いはずなのに、何故かウチはこの笑顔に肩に入ってしまってた力が抜けた。
「あ、あの! 月城君の怪我大丈夫なんでしょうか?」
「……え? なんで雅の怪我の事を知ってるんだい?」
昨日の怪我で今日学校を休んでるのを学校に知らせていなかったみたいで、その事を尋ねたウチにその人は驚いた顔でそう尋ねてきた。
事の経緯を話すのは抵抗があったんだけど、助けてくれた家族に嘘をつくのはそれ以上に抵抗があったウチは、昨日の事を素直に説明した。
「そんな事があったんだね! それで君は大丈夫だったのかい!?」
「は、はい。月城君が助けてくれなかったらと思うと、ゾッとしますけど……」
説明を終えるとウチの体の事を心配してくれたんだけど、その後その人は柔らかい表情を崩して少し屈んで視線を合わせる。
「中学生の女の子がそんな時間にあんな所にいちゃ駄目じゃないか! 何があったのかは知らないけど、もっと自分を大切にしなさい!」
昨日の出来事を知った人間なら同じ事を言う人は沢山いるだろうけど、きっとウチは聞く耳持たずに無視してたと思う。
だけど、この人の言う事には厳しい口調の中に温かさがあってウチは思わず「ごめんなさい」と謝ってた。
「うん。とにかく取り返しのつかない事にならなくて、本当によかったよ。雅がやってる馬鹿な事も役に立つ時があるんだね」
素直に謝るとまた柔らかい表情で、ウチが無事だった事を安堵してくれた。
「……月城君のお父さんですか?」
玄関から出てきた時からそう思ってたんだけど、平日のこんな時間に家にいるから違うのかもと聞きにくかった事を訊いてみた。
「あ、そうだね。自己紹介がまだだったね。はじめまして、雅の父の月城太一です」
「やっぱりそうですよね。え? でも……」
「あぁ、そういう事か。勿論いつもならまだ仕事中なんだけど、今回の雅の怪我がいつもより酷かったから仕事を休んで病院に連れて行ってたんだ。1人にしたら絶対に行かないからね」
そうか。太一さんが会社を休む程、月城の怪我が酷かったんだ……。それもそうか。だって殆どホラーだったもんね。
「あ、あの! もし迷惑でなければ月城君に会わせてもらえませんか? 昨日ちゃんとお礼言えなくて」
「勿論だよ。あいつにこんな素敵な友達がいるなんてね嬉しいよ」
言って太一さんは「どうぞ」と家の中に入れてくれた。友達かと言われれそうでもないんだけど、今はそんな事どうでもいい。
玄関内に入って出されたスリッパに足を通すと、太一さんが月城の部屋に案内してくれて「ちょっと待っててね」と先に月城の部屋にノックして入っていく。
「はぁ!? なんであいつが!」
太一さんからウチが来た事を聞かされた月城の心底驚いた声が聞こえた。うん、それは驚くだろうね。
「それじゃゆっくりしていってね」
月城の部屋から出てきた太一さんは月城の慌てようを無視して、部屋の前で待ってるウチにそう言って奥の方へ歩いていく。多分あっちにリビングがあるんだろう。
「……さて」
ウチは軽く深呼吸してドアをノックした。
そういえば男の子の部屋に入るなんて今までなかったと思い返すが、ここまできて引き返す選択肢はないと部屋の中にいる月城の反応を待つ。
「……入れよ」
そこは「どうぞ」と言う所だと思ったけど、まぁ月城だからなと小さく溜息をついてドアを開けた。
部屋は小さくて5畳あるかないかという空間で、部屋の隅にあるベッドに腰掛けるように体を預けている月城がいた。
「怪我の具合は……ぶふっ!」
「人の顔見て速攻で吹き出してんじゃねえ!」
「いや……だって、アンタの顔……ふふっ」
部屋にいた月城の顔は予想してたより遥かに腫れ上がっていて、まさに出来損ないの男爵イモお化けのようで、助けてくれた相手に失礼だと分かっているにも関わらず込み上げてくる笑いを堪える事ができなかった。
「まったく、あんないいお父さんに心配かけるような事して、何が楽しいんだか」
「…………」
あんな馬鹿な事をしてる理由が自分の顔が嫌いだからと言った月城だけど、例えそれが本当の理由だったとしても太一さんみたいな父親に心配させてまでする事じゃないと思った。
てっきり月城もくだらない家族に嫌気がさしてあんな事をしてると思ってたウチに言わせれば、恵まれている事に気付かず自分に陶酔するというガキ特有の我儘からくる行動にしか見えなかったんだ。
「ところでアンタのお母さんはどうしたの?」
この家に来て真っ先に感じた違和感。
例え息子の怪我が心配で父親が会社を休んでいたとしても、来客があった場合母親が対応すると思ったからだ。
そんな事は家族によると思うものの、あんなに優しい太一さんが選んだ人なんだからと考えると違和感があったのだ。
「
「!!」
月城の反応で察した。
月城の家も片親なんだと。
そして太一さんが離婚を選択をした原因が母親にある事も。
「……ご、ごめん」
「こんな顔してるけど何時もの事だし、腫れがマシになったら学校にも行く。だからお前が責任なんて感じる必要もないし心配する必要もない。これで用は済んだだろ? もう帰れよ」
月城から責任を感じる云々を言い聞かせている時、耳ではちゃんと話を聞いていたけど、頭の中は違う事を考えてた。
「……ウチも母親が最悪でね」
「は?」
ウチはいきなり何を言い出すんだと言いたげな月城に、家を抜け出し続けていた理由を話した。
こんな話をするのなんて月城が初めてで、誰にも話すつもりもなかった事を話したのは、月城の事が知りたかったから。
自分の事を話さないまま知りたがるのはフェアじゃないと思ったから、あのどうしようもない母親との事を話したんだ。
だけど知りたいと思った理由が月城を異性として見るようになったからじゃなくて、ウチはただ同志が欲しかったんだと思う。
「――これが家を抜け出してあんな所にいた理由」
「……そうか」
「次は月城の番」
「……は?」
「当たり前でしょ。ウチも身内のみっともない話したんだから、今度は月城があんな事をしてる理由を教えて」
「それはお前が勝手に喋っただけだろうが、ふざけんな!」
「それでも止めようと思えば止められたと思うんだけど? そうしなかったのは何で?」
「っ! そ、それは……」
言いにくそうにしてる月城だけど、その理由は分かってる。
ウチの話を止めなかったのは、親近感を覚えたからだ。
お互い母親に深く傷つけられた者同士、自分だけが不幸なんんじゃないと知ったから止めなかったはずだから。
「聞かせてよ、月城。ウチなら絶対に引いたりしないのは分かってくれたでしょ?」
「……実は俺が小学生の時に、さ――」
月城が話してくれた内容はウチの想像の斜め上をいっていた。そして、自分の顔が嫌いで腫れ上がった顔面を嬉しそうにしてた理由も納得がいくものだった。
「……そう。そんな事があったんだね」
「……あぁ」
「お互い母親に苦労させられてるね」
「……そうだな」
ずっと1人で苦しんできたんだろう。全部話し終えた月城はどこかスッキリしたように見えた。
太一さんはその理由を受け入れてるからこそ、心配しながらもそれでも月城が壊れずに済んでいるんだからと容認しているんだろうと察した。
「ねぇ、月城」
「なんだよ」
「これからは1人で家を抜け出すの止めるよ」
「あぁ、それがいい。家を抜け出す理由は納得したけど、やっぱ危険すぎるもんな」
「……うん。だからこれからアンタが抜け出した時、ウチも連れて行ってよ」
「は? なんでそうなるんだよ!?」
「1人じゃ危ないのは身をもって知ったけど、ウチだって憂さ晴らしはしたいんだよ。大丈夫、月城の目的も果たせてウチの憂さ晴らしも出来る案があるから」
一緒に行動して2人とも目的を果たす案を話し終えると、珍しくというかウチ的には初めて「お前って変な奴だな」と笑う月城を見た。
――あとがき
すみません。全四話で終える予定だったのですが、思った以上にボリュームが出てしまって5話までになりました。
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