episode 26 雅との出会い 3/8
「ガッ! グハッ! ウッ! ぷらぁ!!」
呆気に取られて言葉が出てこない。
だってウチのピンチに颯爽と現れた月城が――サンドバックよろしく一方的にボコられてるんだから。
あれ? これって颯爽と現れた男が格好良く襲おうとしてた男を瞬殺して助けてくれるって場面じゃないの!?
颯爽と現れたまではよかったんだけど、オープニングから一方的に殴られたり蹴られてる……。
いや、漫画じゃないんだから無傷で男達を伸しちゃうのは無理かもしれないけど、全く手を出さずに殴られてるのもあり得ないと思うんだけど……。
(助けに割って入ってきたんだから、強いのかもって期待したのに……)
でも、なんか違和感がある。
確かに一方的に殴られてるけど、体に襲い掛かってくる攻撃はガードしてるのに、首から上――つまり顔への攻撃に対しては全く防ぐ気がないみたいにやられ放題になってるからだ。
それに何で顔を殴られる度に嬉しそうな顔してんの!? 怖いんだけど!?
それはウチを襲おうとしてた男達も同じみたいで、段々と2人の顔色が悪くなっていく。
「お、おい……なんだよ、こいつ」
「あ、あぁ……なぁ、やっぱ中学生犯すとかヤバすぎんし、こいつなんか気持ち悪いし……もういこうぜ」
「……そ、そうだな」
一方的に殴ってた方が降参してウチをチラッと見てから、そのまま通りに出て行ってしまった。
まぁ気持ちは分かるか……。だって、ホント気味悪いもん。
ウチは倒された上体を起こして仁王立ちしてる月城を見上げるて、言葉が出てこなかった口をようやく開く。
「……た、助けてくれて……ありがと」
「……別に助けた覚えなんかねえよ」
言って月城もウチを置いて通りに出ようと背中を向けた。
「ち、ちょっと待ってよ。あれだけ殴られたり蹴られてたんだから、動かない方がいいって」
「あ? 別にあんなん効いてねえよ」
あれだけボコられてそんなわけない。
「そんなわけないでしょ。今のアンタ出来損ないの男爵イモみたいな顔してんだよ!?」
ウチがナイスな例えで今の月城の顔を表現すれば、何故か滅茶苦茶嬉しそうな顔してる。
(いや、マジで怖いんだけど)
「もしかして、月城ってそっちの気があんの?」
さっき襲われそうになった時も思った事だけど、世の中には色んな趣味の人間がいる。さっきの奴らはロリコン、そして月城は……。
「人を変態みたいに言うな。そんな趣味はねえよ」
いやいや、それ以外に今のアンタを表現する言葉が見つかんないって!
「ンな事より、出来損ないの男爵イモ、か。今の俺の顔ってそんなにボコボコなんか?」
「うん、ボッコボコだよ。時間が経てばパンパンに腫れ上がると思う……そうなったら殆どホラーだよ」
「ホラー……ボコボコの芋……へへへ」
やっぱこいつ変だ。つか怖すぎる!
だけどその反面、ウチは月城に興味が湧いてきた。
「ねぇ、体は守ってたのに、なんで顔だけ守ろうとしなかった?」
「あ? それが俺の目的だからだ」
「……は?」
「俺は自分の顔が嫌いなんだよ。だからこうして殴られて腫れ上がって原型がなくなってる間は、苛つかなくて済むんだ」
やっぱりこいつが分からない。
自分の顔が嫌いだって人間は多くいると思う。
だけど、だからといって自ら自分の顔を壊す行為をする人間なんているはずがない。
「何でそこまでするほど、自分の顔が嫌いなん?」
ウチは一年生の時の記憶を掘り返す。
確か髪が長めで目元がハッキリ見えてたわけじゃなけいど、顔立ちは整ってた印象がある。
今はあの時より髪を伸ばしてて目元が殆ど見えなくなってるけど、顔の作りは多分変わってないはずだ。
普通自分の顔が嫌いっていう人間は作りが崩れてるとか、そうでなくても顔の部分にコンプレックスをもってる人間だと思う。
なら、全体的に整っている月城が自分の顔が嫌いだと言う理由が分からない。
「なんでお前にそんな事話さなきゃいけねぇんだよ。つか、何で俺の名前知ってんだ?」
「は? 同中でしょ。一年の時クラス一緒だったんだけど」
「そうなんか? いちいちクラスの奴の事なんか覚えてないから、知らんかったわ」
(マジかよ、こいつ)
確かに入学してからずっと教室の隅に1人でいたけど、だからといってクラスメイトの名前も覚えてないとか……。ウチだって一応表面上の付き合いはしてて、覚えてるっていうのに。
「それより、お前は大丈夫なんか?」
「あら? 助けにきたわけじゃないんでしょ?」
「っ! ついでだ! ついで!」
何をどう繋いだらついでに辿り着くのかと吹き出しそうになったけど、それをすれば初めて見かけた時の月城に戻ってしまう気がして堪えた。
「ついででも、助かった。ありがと」
「ついでなんだから礼なんていい。もういくわ」
「あれ? 送ってくれないの?」
「調子にのんな! これに懲りたら中坊がこんな時間にこんなとこうろつくなよ」
「ウチと月城ってタメなんだけど?」
「……俺は男だからいいんだよ! じゃあな」
こんな所をこんな時間に中学生が出歩くのに男も女も関係ないと思うんだけど、それは今は言うまい。
ウチは汚れてしまった服を手で払いながら。少し足取りが怪しい月城の背中を見送った。
☆★
「あのさ、一年の時に月城っていたでしょ? あいつって今何組か知ってる?」
翌日学校に着いてすぐさま一年の時から同じクラスだった一応友達みたいな関係の子に、月城が今どのクラスにいるのかリサーチをかけた。
「月城ー? って誰だっけ?」
この返答はこの子だけじゃなくて、実は3人目だったりする。
だけど、この返答は仕方がないというか必然であり、ウチも気にかけていなければ似たような返事をしていたと思うから。
月城は入学当時から徹底して1人で過ごしていて、誰も寄せ付けない空気を醸し出していた。注意深く見てみるととても整った顔立ちであったが、生い茂るような髪の毛のせいで誰もその事実に気付かない。
「ほら、ウチらが入学してからずっと1人でいた男子がいたでしょ?」
「んー……あ、あの陰キャの王様みたいな奴か!」
陰キャの王様とはまたすごい通り名だと思ったけど、まぁ教室の月城だけ知ってる人間ならばそう例えるのも無理はない、か。
「多分それであってる。何組にいるか知らない?」
「確か友達が前にそれっぽい男子の話してたような……あ、そうだ! 3組だよ!」
「3組、3組にいるんだね。ありがと」
「つーか、なに? 葛西さんってばまさか月城狙ってんの?」
まぁこんな事訊かれたら、そう思うのは当然だ。
だからそう勘ぐられてから改めて考えてみたけど……。
「ううん、そんなんじゃないよ。だだ気になる事があるだけ」
気になる事があるだけなのは嘘でもなんでもないし、改めて月城の事を考えてみたけど、やっぱりそういう感情はない。というか、お母さんとコロコロ変わる義理のお父さん達の事があるから正直気持ち悪くなった。
ウチはどうやら気付かないウチに異性関係に軽いトラウマを植え付けられてしまっているみたいだ。
(3組ってここだよね)
月城との関係を考えながら歩いてると、すぐに月城のクラスである3組の前にいた。
短い休み時間を使って来たから時間に余裕がないと、ウチは直ぐに教室のドアを開けて中を覗き込む。
教室の中は休み時間中である為、殆どの生徒が席についておらず各々楽しく談笑してるようだ。
ウチはすぐさまその中で1人で自分の机に着いているはずである月城の姿を探す。
昨日の月城を見る限り1年の時と雰囲気が変わっていなかった事から、2年生になっても教室の隅で1人でいると想定していたからだ。
(あれ? いない。トイレかな?)
だけど教室のどこにも月城の姿はなく、トイレにでも行ってるのかとタイミングの悪さにそわそわしていた気持ちが沈んだ。
「あれ? 葛西さんじゃん。久しぶりだね」
教室の入り口から月城の姿を探してるウチにそう声をかけてきたのは、1年の時に同じクラスで一応学校内だけだけど付き合いがあった女子だった。
(……確か、中松さんだっけ)
「あ、うん。ひさしぶり」
「葛西さんがウチのクラスに来るなんて珍しいじゃん。つか初めてじゃね? どしたん」
「あのさ、このクラスにいる月城ってどこ行ったか知らない?」
「月城……って誰だっけ」
アンタもかい! とツッコみたかったけど、ここは我慢しておく。
「多分ここでもいつも1人でいると思うんだけど」
「……あぁ、あの変な奴か!」
(まったくあいつの評価は皆そんな感じだ。まぁウチもその中の1人なんだけど)
「月城なら今日は休んでるよ。つか、あいつは学校に来るより休んでる方が多いんだけど」
「え? そうなの?」
中松さんが言うにはこのクラスになってから月城は週2しか学校に来ないと言う。サボりにしては多すぎるし、不登校とは言い切れない微妙は日数しか登校してないみたいだった。
「そうなんだよ。どうする? ガッコ来たら葛西さんが探してたって伝えとこうか?」
「ううん、また出直すからいい」
別に特段会いたかったわけじゃない。
昨日のボコられた怪我の具合が気になってただけで、特段会いたいわけじゃないから、中松さんの提案を断って自分の教室に戻ろうとした時だった。
「あれ? 葛西じゃないか」
「こんにちは、中本先生」
声をかけてきたのは中本先生と言って、ウチの1年の時
担任だった人だ。
「葛西が他のクラスに来るなんて珍しいんじゃないか?」
「えっと、まぁそうですね」
ウチは特にあちこちに移動するタイプじゃなくて、学校にいる殆どの時間は自分の教室から動かない人間だというのは、当時担任だったから中本先生も知ってる事だから珍しいと言うのも分かる。
「先生! 葛西さんね、月城君に会いに来たんですよ!」
「ちょ、中松さん!?」
「月城に? 葛西って月城と仲良かったのか。1年の時はお前達が話してるの見た事なかったけどなぁ」
「……えー、まぁ知り合い程度ですけど」
そんな事ないと完全に否定しなかった事をこの後すぐに後悔する事になる気がしたのは、ウチの知り合いという言葉に先生の口角がニヤリと上がったのを見たから。
「丁度よかった! 葛西は月城に用があったんだろ? でもあいつ今日休みでなぁ、先生も困ってたとこだったんだ」
「丁度よかったって?」
「悪いんだけどこれ月城に届けてくれないか?」
言って先生はクリアファイルに挟んでいる1枚のプリントを差し出してきた。
「あの、これは?」
「今日皆に配ったプリントなんだけど、月城の分どうしたもんかと困っててな。こいつらに頼もうとしたんだけど、部活があるからとか話した事もない人に届けるのは嫌とか言っててなぁ」
「なら月城君が登校した時に渡せばいいんじゃないですか?」
「うん、いつもならそうしてるんだけど、これは修学旅行の事で親御さんに早く読んでもらわないといけないプリントなんだよ」
「……はぁ」
(そういえばウチも朝のショートホームルームの時に、同じプリントが配られたっけ)
「というわけで、葛西。これ悪いんだけど今日中に月城に届けてやってくれないか?」
「え? でも月城君の住所知りませんし」
「ファイルの中にプリントと一緒に住所書いたメモ挟んでるから大丈夫だ。それじゃ頼んだぞ!」
「え? ちょ、ちょっとま――」
先生はウチに言いたい事だけ言ってファイルを強引に手渡すと、返答を待たずに教室の中に入っていってしまった。
ウチが月城の家まで行くの……うそでしょ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます