episode 25 雅との出会い 2/8

 夜中に家を抜け出す様になって一か月が過ぎた。

 抜け出してたって言っても、碌にお金を持ってない中学生に出来る事なんてなくて、警察に補導されないように警戒しつつ繁華街をうろついているだけだったんだけど。


 初めて家を抜け出してから今日までお母さんに何か言われる事はなかった。朝起きてもウチを探し回った形跡はなく、高いびきをかいて寝ている男の腕枕で夢の中にいるお母さんを見て溜息つく日々。

 5度目に抜け出して帰ってきた時、用を足すために起きていたお母さんとバッタリで出くわした時ですら、帰ってきたウチを見ても気まずそうに眼を逸らすだけで小言の一つも言われる事もなかった。

 それはそうだ。娘を放ったらかして男と盛ってる人間にそんな資格なんてないんだから。寧ろ気兼ねなくヤリまくれるから都合がいいって思ってるんだろう。

 抜け出す様になってから、ウチの中で母親なんてその程度の存在になっていた。


 そんなある日の事。

 ウチはまた盛りだした母親に溜息を吐いて家を抜け出した。

 今日はどこへ行こうとあてもなくブラブラして気が付けばアーケード街にいた。

 ここは基本的な娯楽の店が集まっていて、この辺りに住んでいる住民が利用しているのが殆どで、所謂地元密着型というやつだ。

 とはいえ、昼間と違ってこんな時間にウチと同じ中学生がいるわけがなく、酔っ払ったサラリーマンやウェイウェイ煩い大学生やカップル、そして典型的なチャラそうな男どもがまるで獲物を探してるみたいに練り歩いている。

 こんな時間に出歩いている中学生のウチはこの場で最弱の立場なのを理解している。

 だからいつもこういう人種が視界に入った時はどこかへ身を隠してたんだけど、この日はタイミングが悪かった。チャラそうな連中の反対側にパトロール中だと思われる警察官の姿があったからだ。

 ウチはチャラそうな男達から警察官に意識を向けて逃げるように裏路地で身を隠した。

 路地の隅から警察官が通り過ぎたのを確認してホッと胸をなでおろしていると、不意に後ろから伸びる人影と気配を感じた。


「ね、こんなとこでなにしてんの?」

「…………」


 奴らがこっちに気付く前に隠れられたと思ったけど、警察官の事を気にしすぎて不用意な行動をとってしまったと、後ろから声をかけてられた時に気付く。


「JK……いや……ねぇ、きみ中学生だよね!? こんな時間にJCが1人でこんな所にいたら危ないよ? あ、そうだ! これからお兄さんと遊びに行こうか。大丈夫! お兄さんがちゃんと守ってあげるから!」


 如何にも頭より先に下半身がもの考えてるって顔した奴が、どの口で言ってるんだと言いたい。


「もう帰るから大丈夫です」


 こういう時、下手に怯えたりするのは相手にガソリンをまくのと同義って何かの本で読んだことがあったのを思い出して、すぐさま行動に移した。


「じゃあ寄り道しながら送ってくよ! ね? それならいいでしょ!?」


(……作者の嘘つき)


「もう帰らないとなんで結構です」


 ウチはそう言いながら路地裏から通りに出ようとした時、通りから漏れてた明かりが何か大きな物に遮られて行く手を塞がれた。


「……あ」


 その時思い出した。チャラそうな男が1人ではなかった事を。


「もう、そういうのいいからさぁ」


 そういうの? って何の事だと前を塞いできた男を見上げれば、ウチの目に映ったのは欲望を剥き出しにした下衆い目だった。


 背中にゾクリと悪寒を感じた。


「こんなとこに平気でくるって事は、そういう女だって事だろ?」

「そういう女って……」

「売ってんだろ? JKの援交は何度か喰った事あるけど、JCもやってるなんて知らなかったぜ」

「……売る? 援交?……は?」


 こいつ等の頭の中はどんだけお花畑が咲いてるんだ?

 こんな幼児体系の中坊が援交とか、需要なんてないだろう――ってそういう問題じゃないか。


「んで、いくらだ? 2人分払うし前払いでいいぜ。それにこんな所じゃなくてちゃんと部屋も用意する」

「…………な、なな」


 需要あったわ。世の中には色んな趣味の人間がいるっていうけれど、どう見ても圧倒的に年上の男がウチとヤりたがる奴もいるんだ。


「そうそう! 俺らも流石に中坊なんて喰った事ないから、こんなとこじゃ時間かけらんねえし、じっくり隅々まで楽しめないもんなぁ」

「…………たい」

「あ?」

「…………んたい」

「ボソボソと何言ってんだよ!?」

「ロリコン変態! ド変態って言ってんだよ!」

「んだと!? 売りなんかやってる汚れ女が何言ってやがる!!」


 つい思ってた事を叫んでしまった次の瞬間、男の怒鳴り声と共に左頬に『パンッ!』という音と痛みが走って、気が付けば路地裏の汚い路面に倒れ込んでいた。

 男はウチが言った事にキレて手を上げた。平手とはいえ力いっぱい叩かれたから凄い痛みと、口の中を切ったみたいで血の味がする。


「ガキだから気使ってやったってのに、やっぱ援交なんてしてる汚れなんざこの場で穴だらけにしてやんよ!」


 汚れ汚れってウチが何時そんなのに誘った? 

 盛りのついた猿に何言っても無駄なんだろうけど、言いなりになる必要もない。

 護身目的で覚えたアレでド変態の顎――蹴り抜いてやる。


「オラッ! 2度とそんな口叩けないように調教してやっから、こっちこい!」


 へんたいの手がウチに伸びてくる。何度もイメージトレーニングしてきた通りの行動だ。

 後は、ウチが練習通りに出来れば、こいつは脳震盪を起こして跪いてるはず――だっ!


 動画を見て、何度も練習した古武術を応用した護身術。


 伸ばしてきた腕を両手に持ち体重をかけて一気に引き込む。男は不意を突かれて狙い通りに前傾姿勢になり、顎先が自分の足が届く高さにまで落ちてくるのと同時に、利き足である右足を腰の回転を利用して振り抜く。


(よしっ! イメージ通り――入った!)


 忌々しい男の顎先にウチの足先が綺麗にヒットした。このまま振り抜けば脳震盪を起こして膝をつかせることが出来る。

 ウチの頭にはそのイメージしかなかった……が、当たった足先は顎を蹴り抜く事が出来ずに動きが止まった。


「おい、これはなんのつもりだぁ? 漫画の読み過ぎだろー、オラッ!」

「ギャッ!」


 男は跪くどころか動きが止まってしまったウチの足首を掴んで、まるで物を投げつけるようにウチの体を地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬呼吸が詰まって悲鳴が漏れた。


「ったく! そんな軽い蹴りで脳震盪でも起こせると思ったんかぁ? どんだけ舐めてんだ――あぁ!?」


 男は怒鳴りつけながら馬乗りになって、ウチの自由を奪った。


 ……怖い。これからされる事を想像すると心臓が冷たくなるのを感じた。こんな事になるのなら、馬鹿な親の喘ぎ声に耳を塞いで寝ていればよかった……。


(……助けてお母さん!!)


「おい! しっかり録画しとけよ!」

「あぁ、まかせろ! 警察に垂れ込まれたら洒落になんねえからなぁ!」

「さーて。まずはそのチッパイでも拝ませてもらおうかぁ! っとその前にぃ!」」


 ウチの胸元のシャツを鷲掴みした馬乗りになった男の手が離れたかと思うと、今度はその手がウチの口を塞いで反対の手で何か布のような物を無理やり口の中に突っ込もうとしてきた。

 この行為が何を意味するのかなんて明白で、ウチは歯を食いしばって抵抗を試みたけど、男の腕力には逆らえず布のような物を押し込められた。


「んー-! んんー---!!!」


 どんなに叫ぼうとしても声が出ない。これじゃ周りの助けを求める事も出来なくなってしまった。


 こうなったら大人しくして少しでも早く終わるのを待つのが得策だ。無駄に抵抗してもまた叩かれるだけだから……。

 

 体に入っていた力を抜くと諦めた事を察したのか、馬乗りになってる男の目が更に欲望を剥き出したものに変わる。


「……おい」


 そしてまたウチの胸元に手をかけた時、ここにいる誰でもない声が聞こえた。


「あ? んだよテメエ」


 馬乗りになってる男とスマホを向けている男が聞きなれない声に意識を向ける。

 ギュッと目を閉じていたウチも声のする方に視線を移した先に、殺気立った目をした1年の時にクラスメイトだった月城雅が立っていた。

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