episode 23 暴君ご乱心
家に帰ってきて雅君は変な汗かいたからと、真っすぐにお風呂場に向かってシャワーを浴びてる。
私はリビングのソファーに倒れ込むようにダイブして、ダラリとした体制のままトートバッグの中身を取り出した。
取り出したのはレンズが無残に割れたビデオカメラで、カメラ本体にも結構な傷があり一部欠けている部分もある。
「……どうしよう、これ」
確認してないけど、我が家にビデオカメラはなかったはずだ。であれば、今無残な姿になっているカメラはお姉ちゃんがわざわざ買ってきたものだと推測するのは容易だ。
怒られるのはいい。私が壊したんだから当然だ。
嫌なのは壊したのを無理くりに雅君のせいにして、お姉ちゃんがマウントを取ろうとする事だ。
お姉ちゃんは相変わらず何かって言うと雅君に突っかかる。贔屓目に見なくても雅君は家族の為に色々と頑張ってくれていて、文句なんてつけられるような事なんて一切していないのに、だ。
しかも私がいる時は2人の間に割って入って雅君を擁護しようとするんだけど、何故か雅君は味方につこうとしてる私を退けようとする。
2人の間に何があったのかは私は知らされていない。
その事実が何だか悔しくて、ムキになって何度も2人の間に割って入ろうとしていたのは今思えば嫉妬からかもしれない。
「ふう、さっぱりした」
そんな事を悶々と考えてたらシャワーを浴び終えた雅君がリビングに入ってきた。今日はバイトがない日だからもうリラックス出来る部屋着を着ている。パンイチじゃなくてよかった。
「カメラ壊した事なら心配すんな。俺が壊した事にすればいいんだから」
「なんでよ! 私が壊したのに何で雅君のせいにする必要があるの!?」
「なんでって、元々俺と紫音さんってアレだから、一つくらい文句言われる事が増えたって問題ないだろ。それに弁償って話になったら払えないだろ?」
痛いところを突かれた。
実際は弁償しろとは言われないと思ってるけど、無収入の私にそれを言われると辛いわけで……。
「そ、それはそうだけど、雅君だって大切な事の為にお金貯めてるんでしょ!? なら余計な事にお金使ってる場合じゃないじゃん!」
「夕弦の為に使う金に無駄なんてあるかよ。確かに目的があって金貯めてるけど、それは何でもかんでもケチケチするって事じゃない」
いちいちサラッと格好いい事を言う雅君。
これだから無自覚天然タラシのチートイケメンは質が悪い。
「と、とにかくこれは私がした事なんだから私が責任をとるの! わかった!?」
私は雅君の返答を待たずに一方的に告げるのと同時に部屋に戻った。
雅君は優しい。特に私を駄々甘やかしてくる。
ホントの妹なら理想的なお兄ちゃんで、きっと友達に自慢してる事だろう。
だけど、私達は血の繋がらない義兄妹で、言ってしまえば全くの他人なんだ。そんな関係の人にそんな風に扱われたら嬉しい気持ちもあるけど、やっぱり切なくなってしまう事の方が多い。
それにこんな気持ちが続いてると、雅君の事が好きな親友との関係もブレてしまうだろうし、最悪の場合絶交してしまう恐れもある。
(……それは嫌だな)
兎に角雅君の映画製作が終わったらちゃんと話をしよう。それまでに自分の気持ちに向き合って、ちゃんと答えを出そう。
「夕弦! ちょっと来なさい!」
これからの事を私なりに考えこんでたら、部屋のドアをドンドンと叩く音と共に、お姉ちゃんの大きな声が聞こえた。
そんなに大声出さなくても聞こえるって言い返したかったけど、お姉ちゃんが大きな声を出す原因に心当たりがあり過ぎる私はおずおずと部屋のドアを黙って開けた。
ドアを開けた先にお姉ちゃんが両腕を組んで仁王立ちしてて、額に青筋が浮かんで……るように見えたけどきっと気のせいだ。
「夕弦……あたしが何で怒ってるのか分かってるよね?」
「……うん。カメラ壊してごめんなさい」
雅君にあれだけ啖呵を切ったというのに何て情けない事かと思うけど、目の前にいるお姉ちゃんの圧に飲み込まれた私にはどうする事もできなかった。
お姉ちゃんの肩越しから雅君の姿が見える。
激おこのお姉ちゃんから私を庇うタイミングを計ってる様子だった雅君に、私はアイコンタクトで制止を促す。
「カメラを壊した事はホントごめん。弁償しろっていうならアルバイトしてちゃんと払うから、いくらしたのか教えて」
「カメラはネットオークションで爆安中古を買ったからどうでもいい。あたしが怒ってるのはねぇ――」
てっきりカメラを壊した事を怒ってると思ってたけど、どうやら違うらしい。じゃあ、なんでそんなの怒ってるの?
「カメラを落としたショックでメモリーが吹き飛んでて、雅の大根芝居が見れなくなってる事! あたしはその動画を見て爆笑しながら酒飲むのを楽しみにしてたんだよ!? ほら見て! 今日の為にこんなに高い酒買ってきたんだから!」
「…………あっそ」
私のスカみたいな反応がお気に召さなかったのか、お姉ちゃんの怒りの熱が更に上がって角が生えてきそうな勢いだったけど、そんなお姉ちゃんを無視して私は部屋のドアを閉めてやった。
ビビッて損した。
要するに雅君を罵倒できるネタを肴にお酒を飲みたかっただけなんだから、私の反応は間違ってない。
だって私は雅君派であって、暴君お姉ちゃんの味方じゃないんだから。
因みにお姉ちゃんの事を暴君と呼ぶのは、雅君の真似だ。
まぁ、楽しみにしてた理由はアレだけど、申し訳ないと思ってはいる。だって本来ならお姉ちゃんがオーディションを見に行こうとしてて、わざわざ仕事まで休んでたんだから。それなのに、せめて動画だけでもとカメラまで用意したのに、メモリーを吹き飛ばされたんだからね。
そんな事を考えて一応リビングに向かってペコリと頭を下げてると、ドアの向こうからお母さんと太一さんの声が聞こえてきた。どうやら今日は2人一緒に帰ってきたみたいだ。ホント仲が良いなと思う。
お母さん達の荒れ狂う暴君を宥めようとする声が聞こえる。それに加えて今度は雅君も参戦したみたいだったけど「グエッ!」という声と一緒にドサッと倒れる音がした。
聞こえた声と音からして、宥めようとした雅君を暴君のキックがさく裂したんだと思う。
え? なんでそんな事が分かるのかって? そんなの姉妹だからに決まってるじゃない。
私は大惨事になってる現場に駆け付けようとドアのノブを握った所で動きを止めた。お姉ちゃんが荒れているのは私が原因だ。
その私の姿を見たら収まるものも収まらないんじゃと思ったからだ。
ここは本当に申し訳ないけど、雅君達に任せた方が解決が早そうだと判断した私は、断腸の思いで握ったドアノブから手を離して耳を手で塞いだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
耳をふさいで念仏のように謝り倒して1時間くらいが経った頃だろうか、あれだけ煩かったお姉ちゃんの声がいつの間にか聞こえなくなってた。
私は恐る恐る部屋のドアを開けてリビングの様子を伺ってみる。
リビングの中央にある段差になっているソファーから雅君達の背中が見えたけど、暴君の姿は見えない。ここからじゃそれ以上の情報が得られないと、私は勇気を振り絞って音を殺しつつ部屋を出て、小さな声で雅君達に声をかけてみる。
「……あの、雅君?」
「…………」
「……お母さん?」
「…………」
「……太一、さん?」
「…………」
【どうやら屍のようだ】なんて文字が浮かんできそうな状況に血の気が引いた私は慌てて皆の正面に回り込んだ先に見たものは、グッタリと項垂れてる3人の足元で顔を真っ赤にしたお姉ちゃんが幸せそうに寝ている現場だった。
そんなお姉ちゃんを見て悟った。機嫌の悪いお姉ちゃんにお酒を飲ませて眠らせたんだと……。
「3人とも……お疲れ様です」
「……うん」
「……ええ」
「……あぁ」
お小遣いを貯めて、今度3人に美味しい物をご馳走しようと心に決めた。
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