episode 22 Xデーの設定

 トボトボといった表現がピッタリと当てはまる足取りで家に向かって歩いている。

 隣には私をチラチラと気にしながら並んで歩いてる雅君。

 今は映画のオーディションを終えた雅君と帰ってるところだ。手に持っているトートバッグの中にはレンズが無残に割れたカメラが入っていて、帰ってお姉ちゃんからどんな雷が落ちるのかと気が気でない。

 だけど、それ以上にカメラを落としてしまった原因であるあの光景が、今でも脳裏に焼き付いてる。

 有紀と呼んでいた女の人とお芝居とはいえ、キスする寸前まで見せられたんだから当然だ。

 ドラマや映画でよく見るシーンであっても、リアルでしかも雅君のキスシーン(寸止めだけど)を見せられて、色んな意味で衝撃を受けた。


 格好良かった。うん、それは間違いない。流石雅君って感じだった――んだけど、相手役の有紀さんに途轍もなく嫉妬した。

 今日の雅君はハナからやる気がなかったのか髪を整える事なく、なんなら寝ぐせすら満足に隠せてない格好だった。だというのにオーディション中の雅君が格好良く見えたのは、やっぱりそういう事なんだろうか。


 ふと隣を歩く雅君を見やってみれば、私の様子がおかしかった事を心配してるのか落ち着かないみたい。

 

 そんな雅君に嬉しさと寂しさを感じてしまう。


 まだ一緒に生活を始めて3ヶ月足らずの関係だけど、そんな短い時間であっても雅君が私を大切にしてくれているのを肌で感じてる。

 だけどそれは妹としてのアレであって、決して異性に向けられているものじゃない。


 妹がお兄ちゃんに恋する話はよく漫画で読んだ事がある。

 その作品のほとんどが恋心が叶わないお話だったけど、義妹の私には当てはまらないはずだと思うのだ。

 だって、血が繋がってないんだから法的に問題ないんだもん。

 だけど法的に問題がなくても下手に距離が近い分、他の女の子達のような手段がとり辛いのも事実としてある。


 この前、心達がお泊りした時にハッキリと自覚してしまった気持ち。雅君をお兄ちゃんとしてじゃなくて、男の人として好きだという気持ち。

 自覚してしまえば呆気ないもので、視界に入ってる時はずっと目で追いかけていて、目の前にいない時はずっと雅君の事を考えてる。どこからどうみても恋する乙女の完成形だ。


 私の気持ちに気付いて欲しいのと、知られたくないという思いが同居していて、辛いと思う時が増えた。

 気持ちを知られて受け入れてくれたのならいい。

 だけど、もし気持ちを受け入れてもらえなかった場合、それでも私達は同じ屋根の下で生活を共にしていかないといけない。そんな環境に耐えれる自信がまったくない。

 雅君の事だから変わらず接してくれるんだろうけど、そんな雅君の優しさに触れる度に惨めな気持ちになるのが目に見えているから。


 ――であれば、気持ちを隠し続けるのが最適解だと頭では分かってるんだけど……。


「ねぇ、雅君」

「な、なんだ?」

「葛西さん、だっけ。随分親し気だったけど……どういう関係?」

「有紀か? あいつとは中坊の時によくつるんでた奴なんだけど、家庭の事情で卒業と同時に引っ越してな。それから連絡とってなかったんだけど、偶然に同じ大学だったみたいで最近再会したんだよ」

「へぇ……それって所謂幼馴染ってやつ?」

「まぁ、一応そういう事になるんだろうな」

「実は元カノとの運命の再会だったりして?」

「……あほか。あいつとは所謂腐れ縁ってやつだよ」


  今の間はなに? ホントに元カノなの?

  そんなちょっとした事で疑いの目を向けてしまうのは、2人の間に流れてた何とも言えない空気のせいだ。

 お芝居をしてるはずなのに、それを忘れてしまう程の空気を2人から感じたから。

 それが何だか悔しくて、気が付けばカメラを落としてしまったわけだから、ある意味カメラを壊したのは雅君のせいかもしれない。


「ふーん、まぁいいけど、さ。それよりホントにお芝居するの? あれだけ嫌がってたのに」


 自販機の前で会った時、雅君からやる気というか気合いみたいなものを感じなかった。お姉ちゃんの話によると相当嫌がってたみたいだったから、いくらお金が貰える事になったとしても違和感が残る。


「……さっきも言ったけど、仕事としてやる事になったからな」

「ホントにそれだけ?」


 あの時私は雅君のキスシーンを見せられると唖然としてしまって、その後の事がまったく耳に入ってこなかった。

 だから主演を演じる事になったのは有紀さんからお金を貰って仕事としてやる事になったと、後になって聞かされた。

 お金の為にやるというのは雅君らしいと言えばらしいんだけど、それを聞いても腑に落ちなかったんだ。


「……あいつが言うんだよ。俺が主演を演じる事が昔の借りを返す事になるって」

「昔の借り?」

「うん。俺はそんな風に思ってないんだけど、有紀は昔色々あって大変だったんだ。それを俺が助けたって事になってるんだけど、有紀はその借りを返したいって言っててさ」

「昔、あの人に何があったのか訊いていい事?」

「それは駄目だ。いくら夕弦の頼みでもそれはきいてやれない」

「……そっか」


 無粋な事を言った。

 逆の立場でも絶対に断ったと思うから。


「とにかく、俺は映画に出演する事で借りを返すと言った意味が知りたいんだよ。有紀は昔から根拠のない事は言わない奴だったからさ」

「……そっか」


 今は雅君から聞いた話を信じるしかない。

 だって有紀って人と面識のない私に出来る事なんてないんだから。

 予想以上に雅君の周りが騒がしくなってきた。

 自称セミボッチがきいて呆れる。


 これは私の勘だけど、近い内に大きな波がくる。それは誰に対していい事なのかは分からないけど、大きな波がくるのは確信してる。昔から人の目を注意深くみてきた私だから分かる。雅君を中心に人の目の大きな渦みたいなものがグルグルと回ってる感じだ。

 そしてその渦はちょっとしたズレが発生するだけで破綻する危うさがある。


 だから私はその波がくるまでに決めないといけない。波がきた時にどう行動を起こすかを……。


(その為にはやっぱり心と腹を割った話をする必要がある)


 せっかくできた親友と思える存在と争う可能性があるというのは、漫画の中ではワクワクする展開なんだろうけど――リアルではただ怖さしか感じない。


「ねえ、雅君」

「ん? なんだ?」

「撮影が終わったら、さ。私とデートしてよ」

「デート? 夕弦とか?」

「そ。ダメ?」

「ダメなわけねーじゃん! うん! 行こうデート! どこ行きたい? お兄ちゃんどこでも連れてっちゃうぞ!」


 こうしてちょっと誘ったら滅茶苦茶嬉しそうにしてくれる雅君が好きだ。


(……だけど、私の本心を知っても同じように喜んでくれる?)

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