episode 21 恩返し
「なんと言われても、ウチは役者として参加しない」
ふぅ、黙りだしたからまさかと焦ったけど、やっぱり有紀の考えは変わらなかったみたいで、胸を撫でおろした。
それはそうだ。プロを目指して本気で活動してる有紀が学生のコンテストに関わるなんて、ほとんど反則だもんな。
「……でも」
(……ん?)
「梨田の気持ちも分かる。だから雅を置いてく」
うぉい!! 人を荷物みたいに扱うんじゃねぇ! ってそうじゃなくて――そうじゃなくってぇ!
「ホ、ホントかい!?」
いや嘘だから! つか、本人了承してないから!
「うん、ホント。というわけだから、がんばれ雅」
「いやいやいやいや! まてまてまて! 誰がやるって言ったよ! それにさっきも言ったけどアレはお前に引き込まれてできただけで、俺の実力じゃねえ!」
これは謙遜でもなんでもなく本心から言ってる事だ。
自分でもビックリの芝居が出来たのは、間違いなく有紀が作り出した流れに吸い込まれたからであって、俺個人の実力は大根のままなんだから。
「それもさっき言った。確かに初めはウチが意図的に雅を引き込んだけど途中から変わったって」
「そんな漫画みたいな事できるわけないだろ!」
「
「んだよ」
「いや別に……とにかく雅はこのまま出演する」
「だからなんでお前がそんな事決めんだよ! それに俺は金にならない事なんてしねーよ!」
そうだ。なんで俺が一円にもならない事にこれ以上時間を割かないといけないんだ。脚本を頼まれた時は小説を書くのにいい経験になると思ったし、完成してしまえば時間を拘束されないと思ったから引き受けたんだ。
なのに演じる側なんて俺にやる意味なんてあるわけがない。
俺にとって至極当然の事を言いつけてやると、有紀は少し試案する様子を見せて真っすぐ俺に向き直った。
「という事は雅にとってこれが仕事として成立すれば、問題ないわけだ」
「……は?」
「10万。主演を最後まで演じればウチが個人的に雅にギャラとして10万払う。それなら問題ないね」
「………………はぁ!?!?」
今10万払うって言ったのか、こいつ。10万って言ったらアレだぞ!? 諭吉さんが10人って事なんだぞ!?
――そんな大金どこから。
(そういえば有紀って人気配信者で、下手なリーマンより収入あるんだった……)
とはいえ、だ。
「なんで有紀がそこまですんだよ。そんな事してお前に何のメリットがあるってんだ」
「メリットなんてない。ただ借りを返したいと思っただけ」
「借り? 借りってなんだよ」
「……あの夜、壊れるギリギリのところで助けてくれた」
有紀の言う借りというのは、俺達がまだ中坊の頃のあの夜の出来事を指していると理解して、俺は盛大に溜息を零す。
「あのなぁ。アレのどこがお前を助けたって事になるんだよ……」
「多分、雅にはずっと分からないと思う。だけど、ウチはアレがあったから今こうして生きてる。目指すものもあって前を向いて生きていられてる」
俺には分からないと言われて反論する気が起きなかった。だって、本当に分からないんだから。
(それにもっと分からない事がある)
「それに借りを返すって言うけど、俺がこの映画に出演する事が借りを返す事になるってのか?」
これが一番謎だった。やりたくもない事をさせて借りを返すなんて、矛盾してるってレベルじゃないんだから。
「ん、そう。コンテストの結果次第だからいい作品を撮る事が大前提だけど、入賞すれば雅の助けになる」
「どう助けになるか訊いてもいいか?」
「今は言えない。言うと絶対に雅は逃げるから」
逃げる? いったい何から逃げるってんだ。本気で有紀の考えてる事がまったく理解できない。
昔は表情や仕草に出さなくても意思疎通ができてたってのに……。
それがなんとなく悔しく思った――だけど。
「10万ホントに払うんだな」
「払う。約束する」
「コンテストの結果次第って言ってたけど、お前がいなきゃさっきみたいな芝居は出来ないぞ」
「そこは心配してないけど、保険はかけようと思ってる」
「保険?」
保険をかけると言った有紀の視線が、俺達のやりとりを期待を込めた目で口を挟まず見守っていた梨田さんに向く。
「梨田。ウチの大学じゃないけど、ヒロイン役に1人紹介したいのがいる。いい?」
「え? 他の大学生? まぁ前例がないわけじゃないから駄目って事ないけど、その子も葛西さんみたいに凄いの?」
「芝居は殆ど初心者だけど、そこはウチが仕込むし雅が引っ張るから問題ない。とにかく見た目が飛びぬけていいから映像映えする子がいる」
どこの誰の事を言ってるのか知らないが、かなり失礼な言い分だ。というか、俺が引っ張るとかまだそんな事言ってんのか……。俺にそんな真似できるわけないのに。
「ま、まぁ葛西さんが推すくらいなんだから、きっと勝算があっての事なんでしょ? 他のキャストも含めて君の意見は貴重だから、その子の事も任せるよ」
おいおい梨田さんよ。アンタ会長なんでしょ!? これじゃどっちがトップなんか分からんぞ!?
「ん、クランクインするまでに改めて紹介する」
有紀の提案があっさり受理されてしまったところで、改めて俺に向き直りジッと見つめてくる。
有紀のその目から何が言いたいのかはすぐに分かった。
「はぁ、わかったよ。腑に落ちない事も多いけどそんなん今更だし、ギャラも発生するのなら引き受けるけど、他のバイトの邪魔にならない日程にしてくれよ」
「どこまでもバイトが最優先なんだ。分かった配慮するように言っとく」
逃げ道を潰された俺は観念して出演する事を了承した。
だけど、俺が了承した一番の理由は他にある。
俺が出演する事がなぜ借りを返す事に繋がるのかがどうしても気になったから。有紀はあんな奴ではあるけれど、昔から根拠のない事を言う人間じゃない事を誰よりも知っているから。
「それじゃ、改めて主人公は月城雅に決定する。他のキャストは後日発表するからちょっと待っててくれ。それからヒロイン役も近い内に紹介する場を設けるから」
梨田さんがそう締めると、他のメンバーから拍手が起こったけど、その拍手の全てが歓迎したものじゃない事は分かってる。
特に瑛太の事が気にかかるが、今は変に気を使わない方がいいように思えた。
その後は現地解散になり、メンバーが一斉にエントランスを後にする。同じように帰ろうとする瑛太の事が気になったが、あいつの背中がそれを拒否してるように感じで黙って見送った
気が付けばこの場に残ったのは俺と有紀と見学に来ていた夕弦だけになり、辺りはさっきまでの騒ぎが嘘のように静まり返る。
「それじゃウチも帰る。またね」
「あぁ、約束は守れよ」
「分かってる」
言って有紀は手をひらひらと振って立ち去っていく。
まさか有紀との再会がこんな事になるなんてと、俺は小さくなっていく背中を恨めしそうに眺めるしかなかった。
そういえば、俺のオーディションが始まる頃は大きな声援を送ってた夕弦が不自然に静まり返ってる事に今更に気になった。
「夕弦、俺達もそろそろかえ……え?」
夕弦がいた方に目を向けて帰ろうと言おうとした口が固まる視線の先に映った物は、呆然と固まっている夕弦の足元に転がっている、無残にレンズが割れたカメラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます