episode 20 才能

  まえがき


 本編を始めさせて頂く前にご連絡したい事があり、まえがきで失礼します。

 episode 18内容を一部変更させて頂きました。

 変更箇所は夕弦に持っていたビデオカメラを手渡したのを、沙耶から紫音に変えさせて頂きました……というか、元々紫音で書くつもりだったんですが、どういうわけか沙耶が手渡したと書いていたのを、ついさっき気が付いたんです。

 どういう経緯でそう書いたのか自分でも謎なんですが、このまま変更せずに沙耶のままで進めると、どうしても話が繋がらなくなってしまう為、お恥ずかしい限りですが改投させて頂きました。

 読んで下さっている皆様にご面倒かけてしまい申し訳ありませんでした。


 以上、変更のお知らせでした。


――――――――――――――――――







「……ちょっとまて」

「なに」

「なにじゃねえ。お前が見本見せてやるのは分かるが、なんで俺まで見せる側になってんだよ」

「アンタがこれからここにいる誰よりも上手く演じる事ができるからに決まってる」

「…………は?」


 やっぱり聞き間違いの類じゃなかった。有紀は本気で俺の芝居を含めてこれから見本を見せると言ったようだ。

 言い切った有紀は何言ってんのこいつと言いたげに首をかしげてる。

 え? 俺が変なの? そうなの?


「問題ない。ウチが雅の能力を最大限に引き出すから」


 なに言っちゃってんの? お前は界〇神かなんかなん!?


 あと夕弦よ。頑張れーって声援まではいいけど、目にもの見せてやれー!って周りを煽るのは勘弁してくれ……。


 有紀の一言に周囲がざわついている。有紀だけならともかくド素人の俺も含ませた内容なんだから当然だ。なんなら他のメンバーに喧嘩売ってるように捉えられても言い訳できないものなんだから。


「はじめるよ、雅」

「ホントにこんな空気でやんのかよ」


 一応の抵抗をみせてみたけど有紀は構わず他の主演メンバーが演じた場所に俺の手を引いて立つ。

 向かい合って立っている有紀の顔は相変わらず無機質と言っていいほどに変化に乏しく、まるで等身大の人形と対峙してる気になってくる。


「そ、それじゃ最後の月城、葛西組はじめてくれ」


 梨田さんの掛け声にこくりと頷いた有紀が静かに目を閉じると、俺達のいや――周囲の空気が変わった……気がした。


(確か、有紀の台詞が先だったな)


 オーディション用の台本を思い出しながら外していた視線を有紀の向けた次の瞬間、俺は目を開けた有紀から意識を離せなくなる。

 中学の頃、ほとんどの時間を共有してきた俺でさえ初めて見たんだ。鉄のように固まりきった有紀の表情筋が柔らかく動くのを……。


「なんであの子と一緒にいたの? 気を持たせるような事ばっかりして――そんなに私を揶揄って楽し? 陽一君!」


 なんだこれ……。俺と今向き合っているのは有紀のはずなのに、目の前にいるが俺の知っている人間にすら見えないなんて。

 それに、なんだ? 有紀の周囲というか俺を含む情景が変わって見える。

 今オーディション中の俺達の周りには他の参加メンバーが取り囲んでいて沢山の視線が集まっていているはずなのに、台本通りこの場には俺と有紀の2人だけがいる錯覚に陥った。


(あれ? なんだ? 体が……口が勝手に!?)


「俺だって舞ちゃんがここにいるなんて知らなかったんだ! 俺は……お前に気持ちを伝える為に!」


 おいおい、誰だよ今のって俺なんだけど、有紀が……いやヒロインの沙織の気持ちが入り込んできたような気がした途端、勝手に動いたって感じだ。

 あれだけ練習しても大根っぷりが払拭されなかったはずなのに……なんだこれ。


「私だって期待してここに来たんだよ? なのにあの子と抱き合ってたじゃん」

「誤解だ! あれは舞ちゃんが一方的に……って期待してくれてたのか?」

「あ、いや、違くて……その……」

「俺は沙織に気を持たせようとした事なんてないし、駆け引きした覚えもない! 全部誤解なんだよ沙織!」


 俺が俺じゃなくなってる。そう自覚してしまえばもう止まらない。

 有紀が作った世界の中心人物として、いや――坂上洋一として大谷沙織に自分のこれまでの気持ちを伝える事しか考えられなくなってる。

 それは決して不快なんかじゃなくて、台詞を交わす度に溶け込んでいくような感覚が気持ちいいとさえ感じている。


「俺は沙織が勝也の事が好きだって知ってからも、気持ちは変わらなかった。諦める事ができなかったんだ!」

「それこそ誤解だよ。私はずっと陽一君しか見てなかったんだから……」

「……え?」


 そうだったのか。てっきり俺は勝也の事が好きなんだとばかり……って何言ってんだ、俺。


「私はずっと陽一君だけだよ。でも誤解させてしまったのはごめんなさい。昔から気持ちを伝えたい相手に限って愛想悪くなる癖があって……」

「お、俺の方こそ早とちりして……ごめん」


 また感覚が変わった。

 さっきまでは俺の体が勝手に陽一として動いてる感覚があったのに、今は陽一と沙織のやり取りをちょっと上から眺めている感覚がある。

 不思議な感じだ。俺が俺の意思を持たずに勝手に動いてる様を違う場所から眺めてるんだから。


「それじゃ、あの子との事は誤解なんだね?」

「だ、だから俺はずっとお前の事が好きだったんだ!」

「……私もあの時、助けてくれた時から――ずっと好きでした」


 オーディションの台詞はここまでだ。

 だというのに、俺と沙織はまるで事前に示し合わせていたかのようにお互いに距離を詰め、最終的に沙織が首に手をまわして俺の両手は沙織の腰にまわして抱きしめあった。


 (いやいや! 何してんのお前!? って俺なんだけど!)


 勝手に動く俺自身に困惑したのも束の間、今度はお互いじっと見つめあっているかと思うと、静かに目を閉じながら2人の唇が――。


「ストーップ! 2人ともそんなの台本にないだろ!」


 ――ガチャンッ!


 唇が触れるか触れないかのギリギリまで近づいた時、梨田さんの慌てたような声が耳に届く。

 その声にフワフワと浮かんでいた意識が引き戻されたのと同時に、飛びのくように沙織から距離をとったところで沙織がようやく有紀の姿に変わった。おかしな事を言ってると思うだろうが、本当についさっきまで有紀がヒロインの沙織に見えていたんだ。

 あと、ガチャンッて何か落としたみたいな音が聞こえたんだけど、なに?


「想像以上だった。まさかウチが引き込まれるなんて」

「は? 何言ってんだ。お前が引き込んだんだろ」

「確かに初めはウチが雅を引き込んだ。だけど途中からどっちか分からなくって……最後のアドリブは完全に雅が作った空間だった」


 言ってる意味がまったく分からない。俺が有紀を引き込んだ? そんなわけがない――俺にそんな芸当できるわけがない。


 どっちが引き込んだと言い合っている俺達以外のメンバー達から「わっ!」と大きな歓声が上がる。

 その声に俺だけじゃなく、有紀の肩もビクッと跳ねた。


「最後のアドリブは焦ったけど、凄いよ2人とも!」


 梨田さんが興奮した声色で俺達に近づいてきたかと思うと、あっという間に他のメンバー達に取り囲まれて何事かと見渡せば、どいつもこいつも興奮してるように顔を上気させている。


「こんなん見せられたら、結果発表なんていらないな!」

「悔しいとか思う隙すらないもんな!」

「これは今年のコンテストいいとこまでいくんじゃね!?」


 囲んできたメンバー達から聞こえてくるのは、俺達の演技への称賛の声だった。


「ね、ねぇ葛西さん――」

「――無理」


 梨田さんがここだと言わんばかりの勢いで有紀に何かを進言しようとしたが、内容を口に出させる前にピシャリと止めた有紀。

 だけど、流石の俺にも梨田さんが何を言おうとしたのかは分かるし、拒否した有紀に賛同する。


 有紀が俺を引き込んで演じてみせた芝居はもはや学生レベルのそれじゃなかった。そう言い切れるのは演技をしている最中ずっと俺じゃない誰かが体を使っている感覚があったからだ。

 一人芝居を配信していて、そのうえ劇団に所属していると言っても似たような人なんて他にもいると思う。

 だけど、その誰もが有紀と同じ事が出来るとは到底思えない。


 才能――陳腐な言い方しか思い浮かばないけど、言葉にするならこれしか思いつかない。


 そんな才能を目の前で見せつけられたのだ。【もぐり】を昇格させる為にコンテスト金賞を目指すのなら、このまま有紀を主演女優として起用したいと考えるのは当然というより必然と言っていいだろう。

 だけど、その場合一緒に演じていた俺までセットという話になりかねない。

 だから即答で断ってくれた事にホッと胸を撫でおろした。


「頼むよ、葛西さん! それに月城君も!」


 ほらな。やっぱり俺もセットにされている。

 まぁ、有紀なら絶対に断りきってくれるだろうから心配はしてないんだけど。


「最初に言ったはず。ウチが目指すものとアンタたちが目指すものは違う」

「それは分かってる。だけど、きっとこの経験だって君の今後にプラスになると思うんだ!」

「プラスになる? たかが学生のお遊びイベントが?」

「……ぐっ」


 有紀が芝居に対しては容赦なく毒を吐く事は承知しているとはいえ、たかが学生のお遊びと言われて梨田さんの顔が歪んだ。気の毒と思わなくもないが、ここで下手にフォローに回れば藪蛇になりかねないから口を挟む事はしない。


「見た感じだと大山あたりがいいと思う。役者としてまだまだだけど、可能性がないわけじゃない」


 瑛多が推される声に心が躍った。

 普段はアレだけど、芝居に対してだけは実直に向き合っている事は今日のオーディションを見ただけでも伝わってきたからだ。

 俺達を取り囲んでる梨田さん達の中から瑛太の姿を見つけて、やったなと目線を送ったけれど……本人に喜んでいる色が見えない。それどころか眉間に皴を寄せているかと思うと、輪の中から外れてしまった。


 嫌な予感ほど当たってしまうもの。


 有紀の力に引っ張られて演じた事で完全に実力以上の評価を得てしまった。

 それが瑛太の大事な何かを傷つけてしまったのかもしれない。

 瑛多とはそれなりの付き合いだというのに、あいつのあんなも顔初めて見たから。


「だいたいウチ達はサークルとは関係ない部外者。脇役ならともかくウチらが主演をって受賞されても意味がない」

「そんな事ない! 恥ずかしい話だけど、決起集会で言った事はただのスローガンみたいになってしまっていたんだ。そんな情けないサークルの身内だけで本家こうにんに勝てると思ってるほど、俺達は映画を舐めてない」

「……だからって」

「でも2人がってくれれば勝てるかもしれない。その為なら今は形振り構ってられない! 何とか俺の代で結果を残して後輩達に引き継いでもらいたんだ!」

「……………」


 瑛多の事を気にしてる間にも、梨田さんの猛プッシュが続いていた。


 それにしても入賞したからといって賞金が出るわけでもないのに、凄い熱量だと思う。

 どれだけの結果を出しても得るものといえば、経験と思い出くらいなものだろう。それらは金じゃ買えないと言うやつもいるんだろうけど、俺には到底理解できない世界だ。


(……ていうか、有紀さん? なんで黙ってんの? まさか梨田さんの熱量に押されてるなんて事ないですよね!?)

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