episode 19 辛辣
「おまたせー! 主演組オーディション始めようか」
エントランスで待つこと1時間ほどして会長の梨田さんと有紀を先頭に、他の審査員とそれぞれのオーディションを終えたメンバーが戻ってきた。
梨田さん達の後ろに続くオーディション参加のメンバーの様子は自信に満ちた顔をして肩で風を切って歩く人、まるで処刑台に向かう囚人みたいに肩を落としてる人と様々だ。
事前に聞いていた話によると結果発表は後日に行われる為、基本的にオーディションが終わった順に解散してるはずなのに、ざっと見渡す限り帰ったメンバーはいないように見える。
「それじゃ主人公とヒロイン一組になってくれ」
主演オーディションは二人一組で行われるみたいだ。オーディションのシーンが告白の場面なんだから、それはそうか。
梨田さんの呼びかけにそれぞれペアが出来上がっていく。
ついさっきまで俺の制止も聞かずに夕弦にちょっかい出していた瑛太ですら、いつの間にかパートナーを見つけたみたいだ。
(ってあれ? ひーふーみー……)
そんな面々を眺めていて嫌な予感がした俺は主演組の参加者を数えた結果、やっぱり女優に対して俳優の人数が1人多い事に気が付いた。
「あ、ヤバい」と声に出そうとした瞬間、俺以外のメンバーはそれぞれペアが成立してしまった。
冷静に考えればそれは当然と言えば当然で、主演を狙うって事は参加者は皆自分のスキルに自信があるわけで、逆に言えば相手がどれだけのレベルなのか把握してるという事だ。
つまり下手な奴と組んで足を引っ張られないように把握できてる相手と組もうとするのは必然で、そうなれば部外者の俺に声なんてかかるわけないという事になるのだから。
そのうえ、各オーディションに人数制限がかかっていないんだから、こういう事だって想定された事だろう。
あれ? もしかして俺だけ1人芝居するパターンか、これ。
まぁ考えようによっては相手の足を引っぱる恐れがなくなるわけだから気楽と言えばそうかもしれないけど、元々あった疎外感みたいなものがさらに増してちょっと寂しさもあったり、なかったり。
「あれ? 月城君がハブれちゃったか」
ちょっと梨田さん。間違ってはないんだけど、もう少し言い方なかったんですかね……ちょっと泣きそうになるじゃないですか。
「ん、雅の相手はウチがやる」
「……は?」
俺の相手をすると言い出したのは他でもない。このオーディションの中心人物であり、一人芝居で人気を博しているWeTuberでもある有紀だった。
「ウチが相手してあげるんだから、光栄に思いなさい」
「どんだけ上からなんだよ、お前」
他のメンバーや梨田さんから驚きの声があがったけれど、特に反対する意見もでなかった為、俺の相手は有紀で決まってしまった。
「皆の審査を先にしたいから、ウチらは最後にする」
おいおい、それってトリって事なんじゃないの!?
目立つ……これ以上ないほどに目立っちゃうじゃんか! そんなに俺を晒しものにしたいんか!? なんの恨みがあんだよ!
「じゃあそういう事で早速始めようか! 一組目は誰だー?」
順番の提案にも反対意見なし。もはや有紀に逆らうなって空気が出来てる気がするのは俺だけか?
「俺らがいっていいっすか?」
特に順番を決めてなくて誰がいく? みたいな空気の中、瑛太が挙手して先陣を切る事を希望した。ペアの女の子も嫌がる素振りを見せずに、なんというか2人とも目をギラギラさせている。
どんな状況でも臆さないのが瑛太の長所なのは知ってたけど、改めてあいつの度胸に感心させられた。
「他にいないみたいだから、大山達から始めよう!」
梨田さんはそう言って審査担当を呼び集めて軽く打ち合わせた後、いよいよ主演組のオーディションが始まった。
☆★
先陣を切った瑛太ペアの芝居は流石といったものだった。
普段とはまったくの別人と言っていいほど、オーディション中の瑛太は輝いていたと思う。
それなりに長い付き合いだけど、こんな瑛太を見たのは初めてだ。生き生きしていて、芝居が大好きだってのが痛いほどに伝わってきた。
だから余計に俺のオーディション参加は余計だと思うのだ。
有紀がどういうつもりで俺を巻き込んだのかは知らんけど、どう考えても他の役者達に失礼だと思わされるほど、瑛太のペアだけじゃなくて他の参加メンバーの芝居が素人目には凄いものに見えたんだ。
だけど、あいつときたら……。
「これでウチら以外全員終わったわけだけど、アンタら本気でコンテストで表彰される気あんの?」
「「………………」」
これだよ、まったく。
そりゃさ、プロ志向の有紀から見ればアレかもしれんが、皆真剣に取り組んでたのは分かっただろうに……。
「コンテストだのって言っても所詮学生のサークル活動だとか思ってるなら――そんなくだらない事にウチを巻き込むな」
「か、葛西さん。皆今日の為に頑張ってきたと思うんだ」
「そうだよ! 私達だって今日の為に頑張って――」
有紀は強引に巻き込まれた側で遠慮しない姿勢なのは分かるけど、わざわざ無駄に敵を作るような言い方をするのは……。
「――頑張った? そう。それじゃ昨日の夜真っ赤な顔してテンション高々にチャラそうな男達とBOXに入っていったのも練習の一環だったんだ」
「な、なんでそれ知ってんの!? ――あっ!」
なるほど、ね。偶々なんだろうけど主演のオーディションメンバーが前日に酒飲んで騒いでたのを見て、腹に据えかねてたってわけか。
「大事なオーディション前に酒飲むとか芝居舐めてる。実際声かすれてたの自分で気付かなかった?」
「……それは」
「ただの学生の思い出作りでやってるのならいい。ただそれならウチを巻き込むなって話。前日に遊び惚けてたの他にもいるんじゃないの?」
「「「………………」」」
あの皆さん? そこで黙ったら肯定してるようなもんですよ?
「昨日はバイトがあったけど、その時間以外は練習してた!」
黙り込んでしまったメンバーの中で瑛太そう気を吐く。
「空いてる時間全部練習してたんだ」
「そうだよ。ずっと練習してた」
「馬鹿じゃないの?」
「はぁ!? なんでだよ!」
有紀の言い分に語尾を荒げる瑛太だけど、有紀は溜息混じりに話を続ける。
「役者なら本番に備えて体調を整える事に時間を使うもの」
「!!」
確かにそれは大事かもしれない。芝居に限らず大事な日の前日は体調管理が特に大事な気がする。例えが違うかもしれないが、入試の前日はよく睡眠をとって本番に備えるもんな。
「とはいえ確かに練習してたというだけあって、アンタが1番まともだった。だけど、それでも結果は大して変わらなかったはず」
一応瑛太の芝居を認めるような言葉を吐いた有紀だけど、すぐさま落としにかかるとか質が悪い。
「他は全然ダメ。まったく話にならない」
バッサリと切り捨てた言葉に反論する事なく全員黙ってしまったところで俺を横目で見たかと思うと、有紀の矛先が今度は俺に向く。
「今からウチと雅が見本を見せてあげる」
……ん? 今見本を見せるって言ったの俺も含まれてなかった?
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