episode 18 来訪者
「はぁ、気が重い……重過ぎる」
とうとう俺にとってただの罰ゲームにしかならない【もぐり】で製作する映画の配役オーディションの日がきてしまった。
台本が有紀から送られてきてから1週間後の事だ。
有紀が関係各所に連絡したようで、【もぐり】がよく使っているという第3特別棟の一角に集合すべく、重い足取りで現地に向かうと既に多くのメンバーの姿があった。
皆それぞれ受ける配役の台詞練習に余念がないようで、俺の事なんて気にも留めることなどないようだ。
「よ! 雅」
「……おう」
「んだよ、元気ないじゃん」
「……あるわけねーだろ」
全くのド素人で、しかもサークル員でもない俺が飛び入りで主演のオーディションを受けさせるのだ、元気な方がおかしいだろう。
一応時間を見つけては練習してたんだけど、結局練習を始める前から比べても大した進歩もなく、とことん芝居の才能がない事だけが分かっただけだった。
「瑛太は元気そうだな」
「あったりまえだろうが! 主演を
そうだよ。これが真剣に芝居に打ち込んでる奴の顔なんだよ。それに引き換え、俺の顔ときたら鏡を見なくても分かる。元々しょうもない顔が更にどんよりと曇ってるのが……。
(……俺、なんでここにいんだろ)
「よーし! 全員集まってんなぁ?」
「はぁ」と大きなため息を一つ漏らす俺の後ろから、瑛太よりもう一段気合のこもった声が棟内に響く。
声の主は【もぐり】の会長である梨田さんのもので、その声を聞いた途端俺以外の参加者の顔つきが変わった。
「それじゃ早速オーディションを始めるわけだけど、それぞれの希望してる配役で固まってくれ」
梨田さんの話によれば各配役別に送られたオーディション用の台本に沿って、違う場所でそれぞれ行うらしい。
細かい配役の順番は覚えてないけど、主演の俳優と女優のオーディションは一番最後だったはずだ。
ハッキリ言ってさっさと恥かいて帰りたかったというのに、これ以上待ち時間があるのは俺にとって拷問でしかない。
「おっし! てことはまだ練習できるってわけだな! ちょっと行ってくるわ!」
「……おう」
目をギラギラさせた瑛太は誰もいない場所で練習してくると、真っ青は顔をした俺を置いて行ってしまった。
「アンタの顔、死相が見える」
「……誰のせいだよ、誰の」
「そんなアンタなんて滅多に見れないからじっくり観察したいところだけど、ウチも審査員らしいから行かないと」
こんな俺を見ていたいとか、まったく相変わらずいい趣味してやがる。ていうか、そもそも発起人なんだから面倒臭そうに溜息ついてないでさっさと行けっての!
有紀が梨田さん達に引き連れられていくのを見届けてから、せめて喉の調子くらいは整えたほうがいいかなと、近くにある自販機に向かった先に、咄嗟に身を隠したくなる人物が目の前に現れた。
「雅君、みっけ!」
「な、なんで夕弦がここに!?」
そう。突然目の前に現れたのは見覚えのない高そうなカメラを持った、わが愛する義妹の夕弦だった。
「お姉ちゃんに聞いたんだ。雅君がここでお芝居のオーディションを受けるって!」
あの暴君やりやがったな! 絶対に黙ってるって約束だっただろうが!
紫音さん本人が来るかもしれないとは構えてたけど、まさか約束破って夕弦をここへ寄越すとは考えてなかった。
なんであの人は俺が絶対に嫌がる事ばかりすんだよ! これは明らかに試すとかじゃなくて、ただの嫌がらせじゃねえか!
「あいつ! 今度という今度は勘弁できねぇ」
そんなに俺が気に入らないってのか! 俺が何したってんだ!
「ち、違うんだよ、雅君」
「……何が違うってんだ」
「確かに悪どい顔したお姉ちゃんから今日の事を聞いたんだけど、ここにはお姉ちゃんが行くつもりだったんだよ」
「…………」
悪どい顔して……どんな顔してたのか秒で想像できるのが怖いわ。
「でも、私が行きたいって我儘言ったから譲ってくれてね。その代わり雅君を撮ってきてってコレ渡されて……」
「それでビデオカメラなんて持ってたのか」
「……うん」
しかし今日の為だけにカメラ買ってくるとか……紫音さんは俺の嫌がらせの為なら、金に糸目はつけんってか!?
「……はぁ、死にたい」
愛する義妹にあんな酷い大根芝居を見られるなんて、全裸を見られる方がまだマシだ。
明日から兄の威厳ってやつも失うのか……はぁ。
「えっと、やっぱり帰ろうか?」
「……いや、もう夕弦にバレた時点で手遅れだからいいよ」
こうなったらモジモジやる方がみっともないだろうし、どうせならせ盛大に赤っ恥かいてやろうじゃないか!
俺の中で大事な何かを失った喪失感みたいなものを感じたのと同時に、失うものが無くなった感が微妙に傾きながらも顔を上げさせた。
「おう、雅。どこ行ってたんだ……よ?」
夕弦にも飲み物を買ってやって暫く話し込んだあと(主に今日の事を知った沙耶さんと親父の反応について)主演オーディション参加者達が集まっている場所に戻ると、どこかへ行っていた瑛太が戻っていて俺に声をかけてきた。
「あぁ、喉が渇いたから自販機にジュース買いに行ってた……ってどうした?」
俺に気付いて声をかけてきた瑛太が何かに驚いたみたいに、手に持っていた台本をパサリと落としたまま固まっている……と思ったらすぐさま再起動してこっちに駆け寄ってきた。つか、速い速い! 速いってば!
「おい雅! ジュース買いに行ってただけで、なんで女の子なんて連れてくんだよ! ウチの大学じゃない、つかその子JKじゃないのか!? しかもメッチャ可愛いし! クソ羨まし……お前はオーディションを何だと思ってんだ!」
おい、瑛太よ。本音が隠せてないと言うか駄々洩れてんぞ。
ほら見ろ。血の涙流してギャンギャン騒ぐから、夕弦が怖がって後ろに隠れちまったじゃねえか。
「何言ってんだよ、瑛太。こいつは
「妹だぁ!? 嘘つけ! お前が一人っ子っての知ってんだぞ!」
「だから前に親父が再婚したって話しただろうが!」
新しい生活が落ち着いたところで(紫音さんの件は除く)瑛太には親父が再婚した事を話してある。
「そ、そういえばそうだった、な。え? なに? てことはその子は親父さんの再婚相手の……」
「そうだ。義妹の夕弦だ」
そういえば会う事なんてないだろうからと思って、新しい家族構成の話はしてなかったな。
話さなかったのは別の理由もあるわけだけど。
「あ、あの、はじめまして成瀬夕弦といいます。
うん、ちゃんと挨拶できたな偉いぞ。あとでよしよししてやるからな。え? 気持ち悪い? ほっとけ!!
「ううん、全然歓迎だよ。あ、俺……僕は雅の無二の親友の大山瑛太っていうの。雅の義妹って事はもう僕の義妹同然の関係なんだ。だから僕の事もお兄ちゃんって呼んでくれていいんだよ? あ、そうだ、オーディション終わったら時間ある? スイーツの美味いショップ知ってんだけど、よかったら2人で行かない? 勿論なんでもご馳走しちゃうよ。ほら見てこの腕時計、これね28万する時計なんだけど余裕で買えちゃうくらい稼いでるんだ。だからお茶といわずに晩御飯もどう? 三ツ星レストランとか連れていってあげ――どぅふっ!!!」
俺が瑛太に新しい家族の事を話さなかったのはこれだ。
こんなに可愛い義妹を会せたらこうなる事は分かりきってた。基本的には悪い奴じゃないんだけど、糸の切れた風船みたく可愛い女とみれば見境がなくなるのが瑛太の欠点だ。
つか、あまりに途切れないマシンガントークのせいで鳩尾に膝蹴り入れるタイミングが遅くなっちまったい。なにが28万の時計を余裕で買えるだ! 余裕があるなら素うどんなんて食わんだろうが!
「おい、瑛太。俺の義妹に気安く触んじゃねえ。夕弦が汚れちまうだろうが!」
「汚れって酷いじゃないか、雅! いや、お義兄さん! グハッ!!」
「誰がお義兄さんじゃ! 誰が!」
ついさっきまでの真剣にオーディションに臨む瑛太はどこにいったんだよ、まったく。
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