episode 6 モテる夕弦
「お、きたな」
「あれ? 皆早いね。私が一番乗りだって思ってたのに」
「ふふん! 甘いよ、夕弦。あたしなんて楽しみ過ぎて一時間前から来てたしね」
「え? ホントに!?」
「あっはは、ホントホント! こいつ来るのが早すぎて催促メールが煩くてさぁ」
「煩いってなにさ! 暇だったんだからしょうがないじゃん!」
今日こうして集まったのはクラスで一番仲がいい美咲と、クラスは違うけど美咲を通じて知り合った亜美と樹と私を含めた4人だ。心と一緒にいない時は大体このメンバーと行動している、私の大切な友達たちだ。
「で? 今日はどの辺攻めんの?」
「渋谷に新しくできたショップ行ってみたいんだよね」
「あ、そこ私も気になってた」
「暑いからその辺のモールでもって思ってたけど、しょうがないから付き合ってやんぜ!」
この3人が揃えば本当に賑やかで、何時も私はこの空気を楽しんでいる。
だけど、今日は楽しんでいるだけではいけないんだ。
(勝負はランチの時だね)
美咲の提案で今回のショッピングは渋谷方面に決まって、私達は早速電車に乗り込んで目的地へ向かった。
「久しぶりの渋谷だー! やっぱ人多いねぇ」
「ここに来ると東京でJKやってるって実感するわー」
「はぁ!? それJK関係なくない!?」
確かに地元と比べて圧倒的に賑やかな所だと思うけど、それに負けないくらいに賑やかな3人を見て、渋谷にいなくても渋谷にいる気になれると思ったのは内緒だ。
そんな他愛もない事を言い合いながら私達は目的の店に足を向ける。
私は生まれも育ちも東京ではあるけど、日本の首都と呼ばれる東京でも色々な所があるわけで、私が育った地は比較的静かな(田舎ともいう)だったから、正直この東京の中心部の人混みの多さには未だに慣れない。
同じように歩いている人達を見渡してみると、皆とてもお洒落で何だか遊びに来ているというよりそれぞれファッションショーしているように見えてしまうのは間違っているんだろうか。
そういえば昔読んだ漫画でこういう所を気合いれて歩いてる人は、皆自分が芸能人だと勘違いしてるんだって皮肉言ってるキャラの事を思い出した。
言われてみると、確かに気取った歩き方してる人が多い気がする。
「ねね! さっきの人メッチャイケメンじゃなかった?」
「それ私も思った! あんな人の隣歩けたらもう自慢できるレベルだよね!」
「おいおい、お前ら彼氏持ちでしょうが! チクるぞ?」
「はぁ!? 別に浮気してるわけじゃないんだからいいじゃん! 絶対向こうだって可愛い女の子見かけたら同じような事言ってるんだしさ!」
「そうそう! あの子の胸巨乳とか、足ほっそ!とかさぁ! そんなエロい目で見てないだけ私達って健気な方だし!」
健気とは一体……。
「ねぇ夕弦もそう思うよね!?」
「え? 私?」
「そう! 彼氏がいようがいまいが眼福求めたっていいよね!?」
「う、うーん。私、誰かと付き合ったりした事ないし、今日だってカッコいいと思った人いないからなぁ」
「えぇ!? 夕弦って理想高過ぎない!?」
「え? そ、そっかな。自分ではそう思った事ないんだけど」
理想が高いとか言われても、そんなの考えた事ないからよく分からない。
でも、確かに亜美達が騒いでいる人を見ても何も思わないのは、そうなのかもしれない。
「あ、そっか! 夕弦には沢井君がいるもんねぇ! 確かに沢井君はウチの学校では飛びぬけてイケメンだもんね」
「え?」
「そっかそっか! あのレベルの男子から言い寄られたらよそ見なんてする気になれないか」
「は? え? なんの話?」
ホント何の話!? 確かにノートを拾い集めるのを手伝って貰ってから、ちょくちょく話しかけられたりするようになったけど、別に言い寄られたりしてないんだけど!?
「またまたぁ! 美咲から聞いてるよー? 沢井君クラス違うのに夕弦に会いに通ってるって!」
「そうそう! ウチのクラスでも噂になってるもん! 沢井君って超モテるけど、自分から行動するなんて初めてだって」
そんなん知らんやん! 沢井君がどういうつもりでウチのクラスに来てるのか知らないけど、私達はそういう関係じゃないし。
それに沢井君ってそんなにイケメンかなぁ、確かに整った顔立ちだとは思うけど、皆が騒ぐほどカッコいいかなぁ――あぁ、そうか。分かっちゃった。
「確かに声かけられたりするようになったけど、そんなんじゃないよ。というか、私はそういうつもりないし」
「えぇ! そうなん!? もったいないじゃん! あたしだったからコクられたら速攻で彼氏と別れて付き合うよ!?」
いやいや、それはどうなんだ? え? それが高校生界隈では当たり前だったりするん!?
「ま、確かに沢井君に話しかけられても若干迷惑そうにしてるもんね、夕弦って」
「マジか!? どんだけ理想高いんだよオメエは」
「そんな事言われたって、なんかあの人苦手なんだよね」
パッと見は確かに人当たりが良くて、実際人気がある男子なんだと思う。だけど、ウチのクラスに来るようになって気が付いた事があるんだ。
沢井君が女子ばかりで他の男子と話してるのを見た事がないという事に。
あれだけモテるんだもん。他の男子からすれば妬む気持ちはあるんだろうけど、女子達の目もあるんだから普通なら表面上だけでも取り繕う必要があるんじゃないかな。
まだ高校生なんだからと思う人もいるかもしれないけど、学校という世間から切り離された空間で一日の大半を過ごす学生だからこそ、余計に神経を使う必要があるんだと私は思っている。
杞憂であって欲しいって思うけれど、そんな体裁を気にする必要がないほどに嫌われる理由が沢井君にあるとすれば、気を付けないといけない。
何でここまであまり関わった事がない沢井君を警戒するのか……それは離婚したお父さんと似たような空気をもっているから。
二人が離婚した原因は家族を蔑ろにしていたお母さんにお父さんが愛想をつかしたとされている。その当時まだ小さかった私は離婚する事が決まった話をきかされた時、お父さんからそう聞かされていたからそれを信じてた。
だけど、再婚して一また一緒に暮らすようになったお母さんを見ていると違和感があったんだ。
確かに仕事ばかりで碌に家にいなかったお母さんだけど、そもそも普通の生活を送るのにあんなにも働く必要があったんだろうかと。
仕事が楽しかったのもあるんだろうけど、だからといって家族を大切に想っているお母さんがあんな生活をするのだろうか。
あの時、あの家に初めて入った時、リビングで私達に涙を流しながら言ってくれたお母さんの言葉。あれは本当に仕事に明け暮れていた事だけの謝罪だったんだろうか。本当は違う理由があったんじゃないだろうかと、あれから考えている事なんだ。
そしてそれがお姉ちゃんが再婚に反対している理由に繋がっているじゃないかと推測している。
まぁ、あの姉の事だから直球で訪ねても答えてくれないだろうから今はタイミングを計っているんだけど、それは今は関係ない事だ。
「じゃさ、夕弦ってどんな人がタイプ? ほら、イケメンにも色んなジャンルがあるわけだしさ!」
イケメンは絶対に外せないんだね。まあ、私も顔がいいに越した事はないから否定はしないんだけど……。
(好きなタイプ、か……)
「って、うわっ!」
「え? なになに? 急にどしたん?」
「あ、いや、あはは……なんでもない、よ」
うわー、理想の人を思い浮かべようとしたら、秒で雅君の顔が出てきたから思わず声が出ちゃったよ。
そうなんだよなぁ。沢井君の容姿を見てもなんとも思わないのは、絶対に一番近くに雅君がいるからなんだ。
ちょっと変な人だけど、家族を底なしに大切にしてくれて、私を妹としてだけど愛してくれている。
初めの頃は太一さんの為だと思ってたけど、それだけの理由であそこまで出来ないと思う。
雅君のお母さんに私、それにお姉ちゃんも分け隔てなく想ってくれている気持ちは嘘じゃないと感じている。
でも、最近はその想いが辛くなる時があるんだけど……ね。
雅君の存在が原因で他の男の人が魅力的に映らないのであれば、私の将来って結構ヤバいのかもしれない。
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