episode 7 夕弦の思惑

 美咲が行きたがってたショップを中心に通りをある程度歩き回った後、お腹が空いたとお洒落なカフェでランチする事になった。

 外装もそうだけど店内もお洒落でお客はやっぱり若い人が大半を占めているお店だった。

 店内の涼しい空気に生き返ると零しつつスタッフが案内してくれた席に着く。

 座った席は半分ガラス張りになっている所で外に目をやると、相変わらず大勢の人達が楽しそうに歩いている。

 夏休みという事で歩いているのが私達と大して変わらない年齢層の人達が大半を占めていて、ストリートファッションショーを見ているようで何だか楽しい。


 私達はそれぞれに注文を通して乾いた喉を運ばれてきた水で潤しつつ、今日の戦利品の話で盛り上がった。

 私もいくつか服を買ったからその話で盛り上がるのは楽しい時間のはずなんだけど、このあと勝負をかけると決めている私としてはその事が気になって中々話が頭に入ってこなかったのは内緒だ。


「うーん、適当に入った店だったけど美味しかったねぇ」

「うん! ここ当たりだったね」

「あたし、今度彼氏とこようっと!」

「隙あらば惚気んのやめい!」


 そんな話をしていると、食後に頼んでいたお茶が運ばれてきて、それは私にとって勝負の時が来たのを告げるものだった。


「あ、あのさ」

「うん? どしたん? 夕弦。何か緊張してない?」

「ホントだ。どした? 歩き疲れたとか?」


 思わずどもってしまったから、皆に余計な心配をかけてしまった。


(しっかりしろ! 私!)


「ううん、全然大丈夫。あのね、今週末に花火大会があるでしょ? 亜美と樹は彼氏と見に行くんだよね?」

「そうだよー。このメンバーで見に行くのも惜しいけど、やっぱここは彼氏を優先させて頂きましたぁ」

「あはは、私はどっちでもよかったんだけど、彼氏が一緒に行こうってしつこくてさー」

「はいはい! ロンリーの私への嫌味おつー」


 話の切り出し方が悪かったかな。美咲の機嫌が悪くなっちゃったよ……。


「み、美咲はどうするの?」

「私? 私はこいつら付き合い悪いし家にいようかなって……あ、もしかして誘ってくれてるん? 夕弦」

「うん。でも、誘ってるのは私の家なんだけどね」

「どゆこと?」

「実は私のマンションって週末の花火大会を特等席で見れるらしいんだ。だから家族で見るつもりだったんだけど、友達も呼んでいいって言われててね」

「ちょ、まって! あの花火大会を特等席で見れるマンションってもしかしてD'グランセタワー!?」

「え? うん。よく知ってるね」

「知らないでか! 毎年あそこに住んでる奴がSNSで動画上げてて、どや顔で花火見てんの見た事あるんだよ!」


 へー、そんな事してる人があのマンションにいるんだ。

 住んでる場所がバレちゃうけど、大丈夫なのかな?


「はぁ!? 夕弦ってマジであのタワマンに住んでんの!?」

「何階!? 何階からあの花火が見れんの!?」

「えっと、19階のテラスから見れるらしいんだ」

「19!? あのタワマンって20階建てだよね!? ほぼ最上階じゃん!」


 おおう、誘った美咲じゃなくて、亜美と樹がめっちゃ食いついてきたぞ。


「そこで一緒に花火を見ようって誘ってくれんだね、夕弦は」

「うん、そう。終わるのが遅くなるからそのまま泊まってくれていいって家族も言ってるんだけど……どうかな」


 あぁ、友達を家に誘うってだけでもこんなに緊張するのに、私はまだこの後にまだ言わないといけない事があるんだよね……ポンポン痛くなってきた。


「ふ、ふ、ふ! どうだリア充どもー! お前らは下界で汗ダラダラ流しながら鬱陶しい群衆に紛れて首が痛くなるまで花火を見上げてるがいい!」

「くっ! ロンリーが有利に働く事なんてあっていいはずが……ないのに」

「ロンリーにどや顔された……でも、滅茶苦茶羨ましいー!」


 いやいや、美咲さん? なんでそんなに煽ったりするの!? あと、亜美さんと樹さん? 返すセリフが厨二っぽく言ってるのはわざと? わざとだよね!?


「夕弦!」

「は、はい!」

「私は夕弦を親友にもてて嬉しいよ。これからもずっ友でいてね」

「はは……うん。よろしく?」


 ついさっきまでリア充を威嚇していた子だとは思えない程に、今の美咲は天下人にでもなったかのように勝ち誇ってる。

 それだけ喜んでくれてるって事だからそれ自体は嬉しいんだけど、この話にはまだ続きがあるんだよなぁ。


「夕弦! 花火は諦めるけど、今度家に遊びに行っていい!? 一度でいいからあのマンションから下界を見下ろしてみたかったんだ!」

「あ、ズルい! ねぇ夕弦、アタシもいいでしょ!?」


 あのマンションはとても素敵だと思ってたけど、今日まであそこを買ってくれたお母さんに感謝したことはない。

 ありがとうお母さん! ありがとう格安であのおうちを売ってくれたオーナーさん! ありがとう海外に永住する事にした息子さん夫婦!


「うん! もちろんだよ、何時でも遊びに来て」


 友達がうちに遊びにきたいなんて言われたの、小学4年生ぶりだよ!


「ま、その前に私が先に堪能してくるから土産話を楽しみにしてて。あ、彼氏との土産話は全くいらないからね!」


 美咲って彼氏いないの相当気にしてるんだね。確かに恋愛ってしてみたいとは思うけど、そんなの相手あっての事だし、そもそもタイミングだと思うから焦る必要なんてないと思うんだけどなぁ。


「ね! 泊まっていってもいいんだよね!」

「うん。遅い時間になるから心配だしね。美咲のご家族の許可があれば是非泊まっていってよ」

「うし! ウチはそうゆとこ緩い感じだから問題ないよ! あ、やっぱりあれ? お風呂からも景色とか見れたりするん?」

「あ、うん。初めてお風呂に入った時驚いたよ」

「くー! 滅茶苦茶楽しみー! あー! 彼氏いなくてよかったー!」

「何故だ? 勝ち組のはずの私達が何故負け組みたいになってんの!?」

「げ、解せん!」


 こうして長い時間一緒にいても飽きない、ホント楽しい人達だ。この輪に加わって一緒に笑っている時間が私にとって大好きな時間なんだ。

 でもこれから話す事でその時間を失ってしまうかもしれない。そう考えると怖くなるけど――もう決めた事だ。


「あのね、美咲」

「んー?」

「週末の話にはまだ続きがあってね」

「続き? なによ」

「あのね――その日、心も誘っていいかな」


★☆


「もしもーし」

『あ、心? 今大丈夫?』

「うん。今バイトが終わって帰んのに駅から歩いてる所だから、話し相手になってくれんなら嬉しい」

『そっか! よかった!』

「んー? どしたん? なんか良いことあったん?」

『え? なんで?』

「んー、声がいつもより弾んで聞こえるから?』


 なんだろね。夕弦が楽し気だとアーシも嬉しくなっちゃうのって。


『あっはは、そっか。うん! あったよ、いいこと!』

「おっ! やっぱか! なになに? なにがあったか話してみ」

『うん! あのね、今週末に花火大会があるでしょ?』

「あー、そういえば今週末だったか。アーシ毎年見に行ってないから忘れてたわ。それがどしたん?」

『あのね! その日ウチに泊まりに来ない?』

「は? な、なんで急に!?」

『えっへへー。実はね、ウチのマンションってその花火を特等席で見れるんだよねー』


 あぁ、なるほど。ご機嫌な原因はそれか。

 きっと親から友達呼んでいいとか言われて、アーシを誘ってくれたんだね。


(なにそれ? それってアーシの方が喜ぶとこじゃんか)


 友達んチにお泊りとか、何年振りだっつーの。

 やっぱ親いんだし、手土産とか持って行った方がいいのかな。

 あー! どうなんだ? 今時の女子高生ってこういう時ってどうすんだし!?


『もしもーし! 心、聞いてる?』

「へ? あ、ああごめん。なんだっけ?」

『もう! やっぱり聞いてなかったんだね。あのね、その日美咲も来る事になってるんだ』

「……え?」

『同じクラスの友達なんだけど、話したことあったよね?』

「あーうん。その友達ってアーシも誘う事知ってるん?」

『うん、もちろんだよ。だから花火見ながら3人で楽しくお喋りとかしたいなって思ってて』

「……あーごめん、夕弦」

『ん? なに?』

「悪いんだけど、さ。その日どうしても外せない予定があってさ……アーシは行けそうにないや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る