episode 5 我が家の花火大会

 色んな意味で一番見られたくない人に練習現場を見られてから数日が過ぎた。

 芝居の稽古はお世辞にの順調とは言えないけど、家族との仲やバイトは概ね順調といっていいだろう。


 そんな夏休みのある日の朝食の席を囲んでいる時の事だ。


「そうだ。皆、今週末の土曜日の予定ってどうなってる?」


 食後の珈琲を啜りながら親父がそう口を開いた。


「土曜日? 特に何もなかったと思うけど」

「あたしは仕事だけど」

「俺も夕方までバイトがはいってる」


 週末の予定を夕弦、紫音さん、俺の順で話すと「そうかー」と腕を組んだ親父が「実はな」と話を続ける。


「その日ってこの辺りで有名な花火大会があるんだよ」

「あぁ、夏休み前に友達が話してるの聞いたよ」

「確かセレブ共はヘリで上空から観覧できるってやつでしょ?」


 なに? ヘリで花火を見るだと? 一体いくらすんだよ!? そんなに金が余ってるんなら恵まれない人達に寄付するとかあるだろ。例えば俺とかさ!!


「つか夕弦。友達が話してたんだったら、皆で一緒に花火見に行かないのか?」

「それもいいなって思ったんだけど、話してた友達は彼氏と行くらしくて、ね」


 ああ……。花火大会なんてリア充御用達のイベントだもんなぁ。

 どんまいだ、夕弦! お兄ちゃんがついてるからな!


「実はな、バッチリ見えるんだよ」

「何が見えるんだ?」

「ここから花火大会が見られるんだよ」

「え? マジか!?」

「あぁ、元々このマンションを売り出す時の謳い文句にもなってたらしいから、期待してくれていいと思うぞ」

「えぇ。オーナーさんにも話を聞いたんだけど、特等席から見れるそうなのよ。それでせっかくだし、家族で夕飯をテラスで食べながら花火見れたらねって話しててね」


 それっていつの話ですかね? 

 どうしてウチの人間は伝え忘れが多いんだよ、まったく。もっと早くに言ってくれていればシフトの調整だって出来たってのに。


「見たい! 絶対に見る! ね! 雅君も見るよね!?」

「うーん……。そりゃ見たいけど、バイトがなぁ」

「バイト休めないの!? せっかくVIP席から花火が見れるんだよ!?」

「だからだよ。その日シフト外した奴らってその花火大会があるからだと思うんだよなぁ。だからシフト変わってくれそうな奴がいるかどうか……」


 いや、ホントなんでもっと早く話してくれなかったんだよ!

 その日休めたら朝から材料の買い出しに行って、テラスに機材を設置して祭りの雰囲気作りにメニューは露店でよくあるものにして、キンキンに冷えたビールを飲みながら花火を見るなんてセレブ感満載のシチュエーションを楽しめたというのに! 

 なにより、皆が喜ぶ顔が見れたはずなんだ。


 シフトは夜までだけどラストまでじゃなかったはずだから、人見さんに相談してみれば最初からは無理だろうけど、途中からならワンチャンあるか?


「約束は出来ないけど、ちょっと相談してみるよ。上手くいっても途中からになるだろうけど」

「うん! 途中からでいいから花火が終わるまでに帰ってきてね!」


 うん。妹に早く帰ってきてと言われて帰らない兄がいるだろうか――そんな奴は兄を名乗る資格などないな!


「善処するよ」

「そんなやる気のない政治家みたいな返事はフラグにしかならないから、やり直し!」

「はは、確かに。間に合うように努力するよ」

「はい! よろしい!」


 ふ、まったく可愛すぎる妹だぜ!


「ちょっと、夕弦。あたしには早く帰ってこいって言ってくんないの?」

「だってお姉ちゃんはバイトじゃないし、どうせその日も指名予約ビッチリなんじゃないの?」

「う、確かにそうだけど……そうなんだけど!」


 指名予約? そういえば紫音さんって何の仕事してるか訊いた事なかったな。まぁ、俺が訊いても素直に教えてくんないんだろうけど。


「それじゃ夕弦ちゃんが寂しいだろうから、誘いたい友達がいるのなら呼んであげたらいいよ」

「え? いいの?」

「えぇ、もちろんよ。私としてもどんな感じの子と付き合ってるのか知りたいし、仲良くしてくれてるんだからお礼も言いたしね。とてもいい機会だと思うわ」


 夕弦の友達だと!? ここは兄としても挨拶すべきだろう。益々早く帰らないといけない理由ができたな。


「あ、もし友達が来れても雅君は特に関わらなくていいからね」

「えぇ!? なんでだよ! やっぱり妹がお世話になってんだから兄として挨拶をだなぁ」

「はいはい、そういうのいいから」


 なんでだ!? 親父や沙耶さんはいいのに、何で俺だけ関わったら駄目なんだよ! まったく解せんぞ、妹よ!


☆★


 社会人とバイトの鬼が家を出て行って夏休み真っ只中の私だけ家に残る日々も最初に頃は寂しかったけど、今はすっかり慣れて期間限定のルーティンになっている。


「さて、私も準備しようかな」


とはいえ、今日はこのままゴロゴロしているわけにはいかないのだ。

 今日は部活の休みが被ったからと、美咲達とショッピングとランチに出かける事になっているから、そろそろ支度しないと遅刻してしまう。

 

「今日も外は暑そうだなぁ」


 リビングのガラスの壁から眼下に広がる駅周辺を見下ろしてみると、沢山の人たちがハンカチやハンドタオルを首元に当てているのが見える。すっかり夏本番といった光景だけど、正直ワクワクするようなものじゃない。


「とりあえずシャワーからかな」


 外に出ればすぐに汗ばむのは分かりきってる事だけど、女の子としてはそれはそれ、これはこれなのである。


 少しぬるく設定したシャワーを浴びながら、さっき太一さんが言ってくれた事を考える。

 友達を誘ってもいいと言われた時、真っ先に心の顔が浮かんだ。勿論、心を誘う事を迷っているわけじゃない。

 ただ、前々から気になっていた事にこの状況を利用できないかと考えてる。

 心と仲良くなって学校ではお弁当を食べたり、学校外でも遊んだりするようになった。心はホントにいい子で、私みたいな人見知りする人間にも偏見なんて持たずに明るく接してくれる。

 だけど、そんな姿を見せるのは私の前だけなんだ。

 というより、学校で他の子と話たりしているのを見た事がない。

 以前、自分は嫌われているからって言ってたけど、あんなにいい子がどうすれば嫌われるのかが全く分からない。


 以前の私みたいに存在を隠すような事もしていないというか、これでもかって派手な格好で目立ってる。それが逆に駄目だったのかもしれないけど、心の性格を考えればその線はピンとこない。 

 であれば、経験則から考えれば何か大きな誤解がある気がしてならないのだ。

 もし私の考えが正しければ何かきっかえさえあれば、きっと解決できるはずだ。

 そのきっかけ作りに、今回の花火大会を利用できないかと考えている。そういう意味では今日これから美咲達と会う事になっているのは、いい流れがきてる気がする。


「お節介って怒られるかもしれないけど、折角できた大切な友達なんだから、協力できる事があるのならやっぱり協力したい」


 私はしっかりと支度を整えた後、鏡に映ってる自分に向かって「よし!」と気合を入れて家を出た。

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