episode 4 瑛太と雅の葛藤
「だ、だから俺はずっとお前の事が好きだったんだ!」
(違う。この場面はもっと戸惑い感があった方がいいよな)
有名WeTuberである葛西有紀が書き下ろした脚本が正式に今回の作品に採用が決まり、梨田さんから台本がデータで送られてきた。
審査をする彼女が多忙らしくてオーディションの日時が決まっていないが、何時開催されてもいいように時間があれば練習に取り組んでいる。
「まさか雅と葛西さんが幼馴染的な関係だとは思わなかったな。しかも2人がお互い初めての相手って……」
雅と知り合って見た目の差を見せつけられた事は何度もあったんだけど、今までそれを本気で妬ましいとか羨んだ事はない。
それは決して強がってるわけじゃなくて、あいつはあいつでずっと苦しんできたのを知ってるから。その苦しんでる理由は知らされていないけど、多分相当重い理由があるんだという事は分かってる。
だから羨んだりした事はなかったんだけど、葛西さんの事だけはやっぱりショックというか複雑な気持ちになってしまった。
正直、葛西さんは綺麗な人だと思うけど、それ以上に俺にとっては憧れの人なんだ。初めて彼女の動画を見つけた時の衝撃は今でもハッキリ覚えてる。
上手く演じてるとかそういうレベルじゃなくて、完全になりきっている……いや、あれは完全に全く違う人間になっていたんだ。
公開している内容の殆どがテレビドラマや映画のワンシーンを演じてるものだったから、本物のシーンを見てから葛西さんの演技を見るようにしてたんだけど、ハッキリいって全部彼女を起用すればもっとよくなっていたのにというものばかりだったんだ。
「どういう練習すればあんな演技が出来るようになるんだか……」
才能とか陳腐な言葉は使いたくないけど、この単語しか説明のしようがない程に、俺と彼女の役者としてのレベルの次元が違う。
だからこそ気になって仕方がないのだ。
そんな葛西さんの口から純血種のサラブレッドと評された雅の事を……。
あいつが何気に何でもそつなくこなす事は知ってるけど、まさか演技や芝居まで俺より上手いなんて事になれば……俺はきっと嫉妬してしまうだろう。
確かにこのサークルに引き込んだのは俺だけど、それは役者としてじゃなくて、あくまで脚本担当としてだったのに……。
「……お前って何者なんだよ、雅」
◇◆
「…………はぁ」
今日とうとうオーディションに使うシーンの台本が有紀からデータで送られてきた。
やると言った以上逃げてしまったら、関係者に迷惑をかけてしまうのは分かっているんだけど、正直なんで有紀の話に乗ってしまったのかと後悔していたりする。
だって演技なんてした事ないド素人の俺が、絶対的な自由に使える時間を映画製作に割いてまで演技力の向上に努めている連中に交じって、オーディション受けるとか有り得んでしょ!
「……それに瑛太があれだけ頑張ってる事に横槍いれるみたいで、気が引けるんだよなぁ」
勿論、俺みたいな素人が瑛太に勝てるとは微塵も思ってないけど、真剣に取り組んでる事を軽く見てると思われるかもと考えると、有紀の口車に乗ってしまった事を悔やむしかない。
それにこのオーディションのシーン……。
冷静沈着な女の子にどもりながらも必死に気持ちを伝えるというシーンをオーディションに使うみたいなのだが……。
「これってまるで有紀に告るみたいじゃないか?」
当日はヒロイン選考に参加する女の子と演じるみたいだから違うんだろうけど、何だか嫌な予感がする。
「1人でごちゃごちゃ考え込んでも仕方がない。とりあえず練習してみるか」
俺は咳払いひとつ、台本を手に持ちながら主人公を演じてみる事にした。
「だ、だかりゃ、お、俺はずっとお前の事が好きゃだったんぎゃ!」
静かな部屋に響く凡そ演技だとは思えない酷い噛みっぷりの台詞だけが響く――死にたい。
(まてまて! まずはこの脚本の流れを掴まないとだろ)
俺はまるで噛みまくった原因が自分以外にあるのだと誰もいないのに酷い言い訳をしながら、台本の頭にある全体のあらすじを読む事にした。
「この
才能なんてどこか他人事のように捉えてきたけど、こうして身近に才能をもった人間がいると……散々一緒にバカやった相棒として思う所があったりなかったり。
何時から女優を目指すようになったのかは知らない。少なくとも一緒にいた時はそんな話は一度も聞いた事がない。
俺の知らない時間の中でどんな事があって、それを目指すようになったのか訊いてみたいもんだけど、有紀の性格からして素直に訊いても教えてくれないんだろうな。
昔から何考えてるのか掴めない奴ではあったけど、意味のない行動をする奴でもなかった。
多分だけど、これも何か理由があっての事なんだと言い聞かせていないと放り出したくなる。
(あー! やればいいんだろう! やれば!)
「じゃ、じゃから、お、俺はずっとお前の事がすっきゃねん!」
「ぶふっ!!」
「…………え?」
絶対に開いてはいけないタイミングで俺の部屋のドアが開いていて、そこには顔を真っ赤にして笑いを堪えている暴君こと紫苑が立っていた。
いや、吹き出してるから堪えられてないんだけどね……。
「いや、紫苑さん! これは違くて!」
「なーにが違うのさ。アンタってやっぱりヤバい奴なん?」
やっぱりってなんだよ! やっぱりって!
いや、この場だけ見れば確かにそう見えるかもしれんが……。
とは言え本当の事を話したら話したで絶対に揶揄われるだけだし、何なら当日見に来るまであるかもしれないと思うと……弁解する気になれない。
「し、紫音さんには関係ないでしょ」
「ふーん、あっそ! そんな事言うんだ」
「な、なんすか?」
「この事、夕弦にバラすわよ?」
「……なんだ、と」
今俺がしていた事を夕弦にバラす!?
そんな事されたら、夕弦は……夕弦は……。
「何が目的ですか?」
「……アンタってば夕弦の事好きすぎるでしょ」
なんとでも言え。あんな可愛い妹を愛でない兄なんているだろうか――いや、いない!
俺は仕方なく、本当に仕方なく事情を簡潔に説明した。
「アンタが主演俳優のオーディション!? あーはっはっは! ウケる! 今年一ウケる!」
そんなにか!?
まぁ。そんなにか……。
「まぁいいわ。その事黙ってて欲しかったら、オーディションの開催日時と場所を教えなさい」
え? 黙ってくれる条件としてオーディションの事話したのに、何故に条件が追加されてんですかね?
それも暴君のなせる技なんですか? あらやだ! 俺も暴君になりたい!
ていうか、やっぱり来るつもりなのか……。
まぁいいネタになるから、俺を陥れたい紫音さんからすれば当然か。
「……まだ詳細は決まってないですけど、開催場所はウチの大学になると思います」
「ふーん。それじゃ決まったら絶対に教えなさいよ。もし黙ってたら……」
「分かってますよ。その代わり、絶対にこの事もそうですけど、オーディションの事も夕弦には黙ってて下さいね」
「わかったわ。それじゃ当日高性能なカメラ持っていくからねぇ」
なんていい笑顔なんだ。
紫音さんのあんな表情初めて見たぞ。
それに高性能なカメラって、ウチにそんなのあったか? まさかこの事の為だけに買うとか言わないよな!?
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