episode 29 【2章・終話】 これまでと、これからと

「中学卒業してからどうしてたんだ? つかどこにいたんだよ」


 まずは一発目に訊くのはやっぱりこれだろう。

 「バイバイ」とか「さよなら」とか「またね」も何もなく、卒業式直前にいきなり姿を見せなくなった有紀。

 連絡を取ろうにもあの時の俺は携帯なんて持ってなくて、何時も有紀が俺んチに迎えに来てたっけ。

 人の事言えないけど、有紀は学校をよくサボってて学校で顔を合わすなんて激レアな事で、学校の友達という感覚が殆どなかったんだけど、当時の俺達はその事に何の違和感も抱いていなかったんだ。

 だって、友達というより相棒って関係でバカやる時は必ず一緒にいた奴だったから。


 そんな相棒が突然姿を見せなくなったんだ。正直慌てた。

 同じ学校だったけど個人情報保護法とかでクラスメイトであっても、住んでる家の住所や電話番号を生徒達に開示する事がなくて、有紀に住所訊いたら絶対に来て欲しくないからと教えてくれなかった。

 だから姿を消されると探す手段がなかったんだけど、それでもゲリラ戦術的に葛西という表札を探し回ったんだけど結局見つけられないまま卒業してしまった。


「やっぱりアレか? あんな理由で俺と関係をもったから、か? それとも俺が急に真面目になったから?」

「どっちも関係ない。ウチがいなくなったのはあくまで家の事情ってやつ」

「だったら一言くらい何かあっても良かっただろ」


 家の事情なら子供の俺にどうこう出来る事じゃない。それは仕方がないとしても、相棒だと思っていた側としていは何の挨拶もなく姿を消されたら良からぬ事ばかり連想してしまって、生きた心地がしなかったのを覚えている。


「それはごめん。急に連れ去れるように引っ越す事になったんだけど、それでも挨拶くらいは出来たと思う。だけど、そうすればきっとウチは離れたくなくなってしまってお爺ちゃん達に余計に迷惑をかけてしまうと思ったから」

「お爺ちゃん達? じゃあ母親の実家に引っ越してたのか?」


 この場合、当然母親方の実家で間違いないだろう。

 だって、あの時の親父は再婚相手の義父だったからだ。


「うん。実はあれからもまた同じような事があって、あの母親ばかに我慢してくれって言われたけど、無視してお爺ちゃんに助けを求めたんだ。そしたら剣幕に家に乗り込んできてね」

「……なるほど、な。それで向こうに引き取られたってわけか」


 自分から助けを求めたのにやっぱりこの場に留まるなんて言ったら、確かに祖父達に余計な迷惑をかけてしまう事になったのかもしれない。であれば、有紀が何も言わずに引っ越したのはある意味仕方がない事だったのかもな。


 それはそれとして、だ。有紀といい夕弦といい、母親方の実家に引き取られるの多くないか? 流行ってんの?


「そう。だから雅には申し訳ない想いはあったけれど、ウチは何も言わずに卒業式にも出ないで向こうで通える高校を探して引っ越した」

「そうだったのか。それでそれ以降お前の母親は?」

「あの母親ばかはその場で勘当を受けてた。だから家を出てからどうなったのか知らない。知りたくもなかったしね」


 有紀の母親がどんな人なのか一度も会った事ないし、話を聞いた事も殆どなかったから知らない。

 だけど、有紀の事情を知っている俺からすれば祖父のとった判断は甘いと思った。そう思う程、あの2人は有紀にとんでもない事をしたんだから。


「はい! 豚骨ラーメン二つおまち!」

 

 有紀とそんな話をしていると、注文してたラーメンが目の前に置かれた。俺達は一旦話を中断して割り箸を割ってすぐさま喰らいにかかる。

 ラーメンは素早く食べるもんだと思っている。だってスープを吸ってしまって麵がのびてしまっては、どれだけの名店のラーメンであっても台無しになってしまうからだ。

 こう考えると猫舌の人とかどうしてるんだろうと、どうでもいい事を考えながらラーメンを啜った。


「何か懐かしい。あの頃はお金がなくて少ないお金を出し合って時々食べたよね、ラーメン」

「そうだったな。またそういう食べ方してたから滅茶苦茶美味く感じて、それから高校生になってバイト初めてからラーメン屋巡りが趣味になったからな」

「あぁ、分かる。ウチも向こうでラーメン食べると雅の事思い出してた」


 そうだよな。2人で夜の怪しげな所を練り歩いて暴れ回った後に、傷だらけの体を引きずって食べたラーメンは口の中を切った時は沁みて痛かったけど、いい思い出の味だ。


「そんな有紀が今や人気WeTuberで学生に似つかわしくない収入があるなんてな。世の中なにが起こるか分からんもんだ」

「別にウチは女優になりたいだけで、配信者になりたかったわけじゃない。配信しているのはあくまでこっちでの生活と活動資金を稼ぐ為」

「その言い方だとお爺ちゃんに頼ってないんだな」

「うん。それが戻ってくる条件の1つだったから」

「条件?」


 有紀は祖父にこっちに戻りたいと話した時、猛反対されたらしい。それでも食い下がると、二つの条件を出されたと言う。

 1つは世間的に有名な偏差値の高い大学に合格する事。

 1つは学費は出すけど、向こうでの生活費は自分で稼ぐ事。


 この2つの条件を満たす為に猛勉強の傍らに配信を始めて、チャンネル登録数を稼いだのだとか。

 大学に向けて猛勉強は俺も通ってきた道だからどれだけ大変だったのかは共感できる。でも、やってみて思ったのが勉強については努力は決して裏切らないって事だ。

 だけど配信は違うと思う。

 努力すれば必ず報われる世界であれば、この世に貧乏人はいなくなる事になるからだ、極論かもしれんけど。

 やっぱりこの世界は才能がないと成立しない世界で、有紀にはその才能があったという事だろう。


「あれ? そういえば有紀ってどんな配信やってんだ?」

「ウチは一人芝居」

「一人芝居?」

「そう。例えば人気ドラマがあって、そのワンシーンをウチならこう演じるみたいに実践した動画を配信した」

「へぇ、それって需要あんのか?」

「さぁ。ウチがやったらウケただけだから需要があるのか知らない。それで配信続けてたらリクエストもらったりして、気が付けば登録者数が収入を得るまでに増えてた」


 サラッと言ってるけど、それって凄い事じゃないか? 

 何年やっても目が出ない自称WeTuberなんて腐る程いるって聞いた事があるんだけど。

 しかも登録者数15万とか抱える配信者なんて、世の中にどれだけいるかって話だ。


「でもウチはあくまで女優業だけで生活できるようになりたい。それが当面の目標」


 そう話す有紀は俺とは全く違う世界を見ているような目をしていて、何だか会わない内にかなりの差をつけたれたみたいだ。

 その現実を相棒としては少し悔しいと思うわけで。


「それじゃ、俺の手伝いなんてしてる暇ないんじゃねえの」


 ちょっと嫌味交じりな言い方する辺り、ちっちゃいな、俺。


「これは壊れそうだったウチを助けてくれたあの夜のお礼」

「礼なんてされる覚えはない。それに俺は頼んでないぞ」

「した。あの夜のウチを上書きしてくれたおかげで壊れずに済んだ。雅の事は頼まれたわけじゃないけど、折角再会できたんだから今度はウチが力になりたい。雅も前を向くべき」

「余計なお世話なんだよ、ったく」

「今はそうでも、近い将来きっとあの時やって良かったって思う日がくるはず」


 有紀は少し勘違いをしていると思う。

 それは俺自身に変わりたいと思う欲求がないって事だ。

 こんな俺でも誰かに迷惑をかけてるわけじゃない。ただ金を稼ぐ為に時間を費やしているだけ。

 これも俺自身がやりたくてやってる事だし、後悔した事もない。

 確かにこんな奴には友達とか作りにくいだろうし、ましてや恋人とか相当なもの好きでない限り不可能だと自覚はしている。

 だけど、友達が多い少ないはそれぞれにメリット、デメリットがあると思うし、恋人に関しては自分のやりたい事に色々と制限がかかる場合だってあるだろう。

 であれば、俺は友達少数、恋人はいらないという選択をしたんだから、後悔なんてあるわけがない。


「ま、その件はもう受けてしまったから諦めてる。将来の事とか言われてもピンとこないし、当面は目の前の目標に向かって頑張るだけだよ」

「…………」

「んだよ」

「ちょっと訂正する。全く変わってないって言ったけど、少しは前を向いてる」

「ちょっととか、少しとか曖昧な言い回しなのに上からの物言いとか、お前こそ変わってないわ」

「そんな事ない。角が取れて丸くなった」

「どこがだよ!?」


 まったく、こいつは。

 外見は随分と綺麗になったというのに、性格の根っこの部分は全然変わってない。正直、そんな事でこの厳しい時代の社会に対応出来るのかと心配になったが、有紀はすでにそこらの会社員が羨む収入があるから、まだ学生の身分である俺がそんな偉そうな事は言えない。


「ウチと再会出来たのは何かの縁。いいきっかけにすればいい」

「きっかけ、ねぇ。俺は現状に満足してんだけどなぁ」

「上を見ない男なんて、アレが下がりっぱなしの爺さんと同じ」

「ちょっと!? 聖域らーめんやでいきなり下ネタ投下すんのやめてくんない!?」


 昔はこうじゃなかったはずなんだけど、油断するとすぐに下ネタ投下するのやめて欲しいんだが……。


「ま、よく分からんけど、取り敢えず宜しく頼むわ」

「ん。まかせて」


 ラーメンはとっくに食べ終わっているというのに、水を3杯も飲みながらこれからの事を話し合った。

 ラーメン屋からすれば迷惑な事このうえなかっただろうけど、これからも定期的に通うって事で勘弁して欲しい。


 お互い訊きたかった事を訊き終えて会計をしようと席を立ってレジに向かった。


「1680円になります」

「はい」


俺が財布から二千円を取り出そうとした時、有紀がさも当然かのように黄金に輝くカードを店員に差し出して「一括で」と告げた。


「いや、割り勘だろ」

「そこで奢ると言わないのが雅らしいけど、ここはさっきのお詫びにウチが払う」


 さっきの詫びと言うのは、【純血種のサラブレッド】と言った事か。有紀は何でもないように言ったけど、内心少しは気にしてくれてたみたいだ。


「んー、まぁそういう事ならここはゴチになるよ」

「ん、それでいい」


 しっかし学生の分際でゴールドカードとか、社会人でも中々持てるもんじゃないってのに。


 レジを打つ店員というより店で働いている従業員達に聞こえるように「ごちそうさん!」と言うと、「いつもありがとうございまーす!」と元気は声が返ってきた。

 うん、ラーメン屋はこうでなくちゃな。


「ああ、そうだ。有紀」

「なに? 食欲が満たされたから、性欲が湧いてきた?」

「違うわ!」


 キレッキレのツッコミを入れつつ、思いもよらぬ再会からのドタバタ劇ですっかり伝え忘れていた事を伝えようと口を開く。


「親父、再婚したよ」

「……そう。太一さんが」

「あぁ」


 駅へ向かいながら親父の再婚の話をすると、立ち止まって話す有紀の声が微かに嬉しさを含んでいるように聞こえた。


「あんな事があったから、もう誰も好きにならないと思ってた」

「そうだな。俺も話を聞いた時は驚いたよ」

「やっぱり人は必ず変われるよ」

「…………」


 どうして俺の周りはお節介な奴が多いんだろう。セミボッチの人間関係なんて数える程しかないから、遭遇率が半端ない気がする。


「次は雅の番」

「…………」

「頑張れ、雅」

「……はぁ、勝手にしてくれ」

「分かった。勝手にする」


 自分で言うのとなんだけど、ホント何でこんな面倒臭い奴に関わろうとするのか理解できんな。


 でも……少しだけ嬉しいとか思ってる自分が一番理解できんな。

 


 

 Face ~周りがどれだけ騒ごうと、俺は自分の顔が大っ嫌いなんだ!~


 第2章 【変わりゆく、それぞれの日常】 完



《あとがき》


 2章最終話まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。


 さて、一章後半のあとがきで書かせて頂いた通り、この作品を今後どうするかをこの場を借りて書かせていただきます。


 実は2章最終話まで様子を見ると決めた時に、この作品に一つだけハードルを設定していました。

 そのハードルを一度でもクリア出来れば、今後もこの作品一本でいこうと。

 結果は残念ながら一度もそのハードルをクリア出来ませんでした。

 これは全て僕の力不足によるものなので仕方がありません。

 なのでFaceは閉じようと考えたのですが、やっぱり楽しんでくれている方々に申し訳ない気持ちもあり、何より僕自身この作品が好きなんですよね。


 そんなこんなを踏まえて僕の答えとして、少しの間休載期間を頂いてなるべく早くに連載を再開させる事にしました。


 休載する理由は二つあります。


 一つは以前書かせて頂いた通り、新作の製作に取り掛かる為。


もう一つはずっと様子を見ていて迷いまくっていたせいで、現在殆ど執筆が進んでいない状態だからです。


 後者は完全に僕が悪いですね、ごめんなさい。


兎にも角にも、暫くの休載を経て元気に復活させますので、今しばらくお持ちいただけると助かります。


 それでは新章再開で!

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