episode 28 サラブレッド!?

「……お前、何言ってんの?」

「聞こえなかった? 雅もオーディション受けろって言った」

「あのな? 俺がこの場にいるのは役者としてじゃなくて、脚本を梨田さんの頼まれたからだ。演技とかど素人の俺が配役のオーディションなんて受けたって、時間の無駄だろう」


 何を言い出すかと思えば俺が役者のオーディションとかギャグでも笑えんわ。

 それにオーディション参加者は皆少しでもいい役を勝ち取ろうと真剣なのに、こんなバカげた交換条件で嫌々参加してる奴なんていたらモチベーションにも影響してしまうだけだ。


「いや、葛西さん。月城君がやりたいって言ってるのならまだしも、そんな交換条件でオーディション受けさせても、さ。それに彼には脚本をお願いしてて経験もない人に二足の草鞋を履かせるのは……」

「問題ない。脚本ならウチが書く」

「…………は? お前脚本なんて書いた事あんの!?」

「ないけど、一応温めていたものならある。ウチはプロの女優を目指してるけど、最終的には監督として自分が主演する映画を撮る事が夢。だから映画に関わる事なら何でも勉強してる。脚本だってその1つ」


 そこまでハッキリとした夢をもって頑張ってるのか、あいつ。

 確かに役者が監督もする作品はある。なんなら芸人が監督兼主演を演じて海外の有名な賞をとったというのも有名な話だ。

 有紀は最終的にそこを目指してるのか。


「大学のコンクール用だから30分程度の脚本だし、少ない予算でも問題ないものを書く。その代わり、役者に高いレベルが要求されるものになるけど」


 そっか。大学生に向けたコンクールの作品は普通の映画と違って短い時間のものを撮るんだな。ならどうしても長々としたものしか書けない俺には向いてなかったかもしれない。


「そうか、分かった。だけど、月城君はともかく葛西さんがどのくらいの脚本が書けるか把握できてないから、ウチの脚本担当にも書かせて最終的に使う脚本を決めるって事でいいかい?」

「別に構わない。元々書きたくて書くわけじゃないし、ウチの脚本より面白ければそっちを使う方がいいに決まってる」

「うん、ありがとう。それじゃ、そういう事で頼むよ」


 え?なにこれ。当事者の俺を無視して勝手に話が進んでる気がするんだけど……。


「それはそうと、月城君がオーディションを受けるのはいいんだけど、演技や芝居の経験ってあるのかい?」

「あるように見えますか?」


 見えるのなら梨田さんの役者を見る目とやらは、節穴という事になるぞ。


「雅は演技や芝居の経験は全くない素人――だけど」


 有紀がそこで言葉を切った瞬間、全身に悪寒が走り背中に冷たい汗が噴き出して、一瞬で喉がカラカラに乾く。


(おい、有紀。お前何を言おうとしてる……)


「だけど、流れる血は純血種のサラブレッドだから」


 【純血種のサラブレッド】という単語に体中の血が冷えるような感覚を覚えて、ガタガタと体が小刻みに震えだす。

 思考が鈍り目の前にいる有紀の無表情の顔がぼやけて見えた。


「月城君! どうしたんだい!?」


 梨田さんの心配する声が聞こえたけど、思考が戻らない俺には何も反応できない。


「……有紀、お前」

「なに? 怒った? 殴る?」


 多分、今の俺はまるで親の仇でも見る様な目で有紀を見ているんだろう。思考が乱れ捲って自分の事なのにちゃんと把握できてないから言い切れないが。

 そんな俺を見ても有紀は恐ろしい程に冷静で、ただいつも通りに淡々と真っ直ぐ目を逸らさずに、挑発めいた事を言う。


「まだ全然吹っ切れてないんだね」

「それはお前もだろ! 相変わらず感情が死んだままじゃねえか!」

「ウチは治す気が無いだけ。今じゃこうなった事を感謝してるくらい」

「は? 嘘つけ! だって、お前あの時!」

「嘘でも強がってるわけでもない。感情が死んでくれたおかげで、ウチは新しい道を見つける事が出来たから」


 信じられない。でも、嘘を言ってるように見えない。

 有紀はあの時と変わっていない。感情が死んでるみたいに表情に一切出ないし、口調だってどんな話をしている時でも淡々と話すだけ。

 そんな事になってしまった原因をよく知る俺から言わせれば、感情を壊す程のトラウマに感謝しているなんて言葉が出るはずがないんだ。


「でも、雅のは違う。乗り越えないと先に行けないもの。だから昔のよしみで手伝ってあげる」

「それが役者のオーディションだってのか!?」

「うん。雅はまず自分の体にあいつの血が流れている事を認める。そして、憎んでいる自分の顔を好きになるの。別にオーディションを受けたからって映画に出演する必要はない。ただ短い時間でも演技をする事であいつ等を意識して欲しいだけ」

「意識する――あいつらをか!?」

「そう。まずはそこから始めないと、死ぬまで苦しむ事になる」

「分かった風な――」

「――勿論上手くいく保証なんてないけど、何もしないのが一番駄目」

「…………」

「学生とはいえもう成人した大人なんだから、いい加減足掻きなさい」

「…………」

「そうじゃないと、ずっと誰からにも愛してもらえない」

「!!」


 愛してもらえない? 

 今の俺じゃ駄目って事か?家族の為に頑張ってるつもりだけど、これじゃ駄目なのか!?


「それに演技や芝居なんてした事ないって言ってるけど、ウチに言わせればずっと芝居してる」

「……は?」

「今の雅は自分を演じてる。太一さんの為なんだろうけど」

「そんな事――」

「――あるよ」

「っ!」


 俺が親父の為に演じてる!?そんなわけあるか!俺は……俺、は。


「それも証明してあげるから、オーディションを受けなさい」


 オーディションを受けたらそれが分かるってのか!?

 なら――俺は。


「分かった。有紀がそこまで言うなら、そのオーディション受けてやるよ」

「決まりね」


 俺の返答に、有紀は少しホッと安堵したように肩を下げた。


「雅本人の承諾はとれたから、このままでいく」

「あ、あぁ。それは問題ないけど、月城君なにかあるのかい?」

「お前には関係ない事。余計な事に首を突っ込むと、雅に殺されるよ?」

「え? 月城君が? はは、冗談きつ――」

「――冗談じゃない」


 有紀は昔の俺をよく知っている数少ない人間だ。

 その事自体を隠そうとしてたわけじゃないけど、当時の事を訊かれたらどうしてもあいつ等に辿り着いてしまうから避けて来たんだ。

 あと、サラッと流れたけど、先輩をお前呼びは流石に駄目だろう。


「兎に角この話は終わり。これからの事だけど、脚本の事もあるし舞台稽古もあるから少し時間もらう」

「ア、ウン、ワカッタ」


 サクサク通り越して寒々と今後の話を進めるもんだから、梨田さんの口調がとうとう完全棒読みになっちゃった。

 俺は慣れてるけど、初見で有紀に完全対応出来る奴がいたら、そいつは神だと思う。


 その後はそれぞれの担当同士が同じ島に集まって、これから制作する作品についてアツい意見交換を始めている。

 特に役者担当達の熱は凄まじく、これまでどれだけ頑張っても報われない出来レースだったのだから当然といえば当然なんだけど、目がもうガチだった。


「雅は交ざらないの?」

「交換条件でオーディションを受けるだけの奴があの島にいたら、熱でドロドロに溶かされるわ」

「そう? その割には羨ましそうに眺めてたじゃない」

「お前ちょっと見ない間に表情筋だけじゃなくて、目まで腐っちまったのか――グフッ!?」


 ちょっと、有紀さん。鳩尾に下から跳ね上げるような膝蹴りは駄目だと思いますよ?


「あら、失礼」

「あ、足癖の悪さも相変わらずだな、オイ」


 有紀の足癖の悪さを忘れていた。こいつは足技を生かす為に、昔はいつも安全靴履いてたんだよな。


 それとこれは補足なんだけど、遠藤からの活動資金が無くなってしまったから、この決起集会の趣旨だった学際用の作品は作らない事になった。

 激減した資金ではコンクール用と学際用の2本撮りは無理なんだそうだ。

 というわけで、この集まりは急遽今年のコンクール用の映画製作の決起集会の場と変貌したわけだ。


「それじゃ、色々と決まったからもうウチは帰る」

「あ、うん。それじゃ脚本とオーディションの審査頼むよ」

「ん、日程は雅を通して連絡する」

「は? なんでだよ!?」


 いや、ホントなんでだよ。梨田さんと直接連絡のやり取りすればいいじゃねえか!


「そうしないと、アンタどさくさに紛れて逃げるでしょ」

「…………」


 な、なんで分かった。

 どいつもこいつも俺の周りってエスパー多過ぎん!?もう有難味がないまであるぞ。


「図星だった」

「ち、ちげーし! べ、別に逃げようなんて思ってないんだからね!」

「いや、それキモイ」

「ぐっ、俺も自分で言ってそう思ったから何も言えん」


 兎に角俺もこれ以上この場にいる意味はないと、今回の幹事をしているメンバーの人に一言挨拶して会費を支払った。

 一応梨田さんが呼んだという事で会費は半額で済んだんだけど、有紀は全額免除のタダだった――解せぬ!


「それじゃ、梨田さん。俺もこれで失礼します」

「え? 月城君も帰るのかい? オーディションも受けるんだし、色々と話したかったんだけど」

「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど、アレでも一応あいつも女なんで送ってやらない――どぅふっ!?」

「一応の女で悪かったな」


 だからそういう所が一応なんだよ! 

 か弱い女は男の鳩尾をピンポイントで蹴り上げたりしないんだよ!


「雅! 葛西さんなら俺が送って行くぞ?」


 二度も鳩尾を蹴り上げられて悶絶している俺に、役者達が集まっている席から瑛太がそう声をかけてきた。


「お、おおー、行ってくれるんなら頼みたいとこなんだけど、今日はちょっとこいつと話したい事があんだよ」

「いやん、エッチ」

「今どこにそんな要素あった!? つか無表情でそんなん言われてもムカつくだけだわ!」


 そんなこんなで俺達は皆より先に店を出た。

 最後の最後まで瑛太が粘ってたけど、今日だけは譲ってくれと言い聞かせて店を後にした。


「で? どこのホテルに連れ込む気?」

「アホか! そんな気微塵もないわ!」

「ウチの体にはもう興味がない、と。少し見ないうちにスレた男になったな」

「だからちげーって! あー、有紀ってまだ時間あんの?」

「うん。今日はもう特になにもない」

「そっか。そういや、お前って殆ど何も食ってなかったよな。この先にお気に入りのラーメン屋があんだけど、行かね?」

「こんないい女をラーメン屋に誘うとか、ウチも舐められたもんね」

「……じゃあ、いいよ」

「嘘。雅とラーメンなんて中学以来だから付き合ってあげる」

「そりゃ、どうも」


 俺達はそのまま俺のお気に入りのラーメン屋に入った。

 案内された席に座ってお薦めラーメンを2つ頼んで水で喉を潤してから、本題に入る。

 正直重い話になるのが分かっていたからラーメン屋で訊くのはどうなんだって思いはあったけど、ザワザワした賑やかな場の方が逆に重さを軽減してくれるんじゃないかと、この場を選んだ。


「さて、まず真っ先に訊きたい事があんだけど」

「なに? スリーサイズ?」

「ちげーわ!」


 俺ってそんなに欲求不満に見えるんだろうか。

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