episode・24 向日葵
「ありがとう――これからよろしくね」
沙耶さんは笑顔でそう話すが、口元が僅かに震え声が掠れていた。だけど、それは嬉しさからくるものなのは分かっている。
「それじゃあ新居のお披露目も終わった事だし、これから皆の家具を買いに行きましょう!」
「家具ですか? でも、それはお互いの家にある物を使えば……」
「物を大切にする事はいい事よ。でもね? ここは私の我儘に付き合って貰えないかしら。すべてを新しくして、新しい生活を送る為にね! まぁ肝心の家が中古なのはごめんなさいなんだけど」
そう言って舌をペロっと出す沙耶さんの顔が可愛らしく見えて、そんな沙耶さんをデレデレ顔で見ている親父がキモかった。
沙耶さんの愛車に乗り込みマンションを後にした俺達は家具屋を目指す。
超庶民の俺は、家具といえば二〇リ。背伸びしてもIKE〇だろうと思っていたのだが、連れてこられたのはお洒落なショールームがある店だった。
店の佇まいから高級感がこれでもかと漂っている。
「いいお店でしょう。ここのオーナーで家具デザイナーをしている方と、以前私のデザインしたショー用のモデルルームを制作する仕事でコラボした事があってね。それ以来良いお付き合いをさせて貰っているの」
沙耶さんはここの紹介を終えると、ニッコリと店の中に案内してくれた。
店内に入ると、ビシッとしたスーツ姿のスタッフが丁寧にお辞儀をして迎えてくれる。
沙耶さんは自然にスタッフに対応しながら店の奥へ進んでいくのだが、超庶民の親父と俺のギクシャク感といったら、客観的に見ると爆笑出来るレベルだと自覚出来てしまう程だった。
意外だったのが、夕弦の態度だ。
沙耶さんの娘なのだから慣れているのが当然だと思ってたんだけど、俺達程ではないが落ち着かない様子でキョロキョロと店内を見渡していた。
「成瀬さん!」
店の奥からそう呼ぶ声がした。
同じ成瀬の姓を名乗っている夕弦が、キョロキョロしていた視線を前方に向けると、前を歩いていた沙耶さんにワイシャツを少し着崩した40歳半ば位に見える男が近寄っていた。
その男と沙耶さんは握手を交わして、何やら話しているようだった。少し離れた所にいる俺達には会話は聴こえなかったが、そのうち沙耶さんが手招きして俺達を呼ぶ。
「西宮さん、紹介しますね。私の主人と子供達です」
沙耶さんが俺達をそう紹介すると、男は一歩前に出てニッコリと微笑んだ。
「おぉ、貴方達がそうでしたか。はじめまして、西宮と申します。成瀬さんにはいつもお世話になっています」
男はそう挨拶をして、丁寧にお辞儀した。
――ん?西宮……どこかで聞いたような。
「はじめまして、沙耶の夫で月城太一と言います」
親父が緊張気味にそう挨拶を済ませ次に俺がという時に、西宮さんと目が合った俺は目を見開き「あっ!」と思わず声が漏れた。
「え? なに? どうしたの?」
沙耶さんが怪訝な顔つきで、俺達の間に割って入って来た。
「いや……西宮さんって、あの西宮さんでしたか」
「ん? どこかでお会いしましたか?」
自分に気付いていない様子の西宮さんに少し首を傾げたが、理由はすぐに分かった。
「あ~、えっとですね」
俺はそう言って、片手で前髪を掻き上げて西宮に顔をよく見せた。
「ああっ! 君は……月城君、か?」
「はい。まさかこんな所でお会いするとは思いませんでした」
沙耶さんは更に困惑した様子で、俺達を交互に見てくる。
「あぁ、これは失礼しました。彼は私の娘の家庭教師をしてくれているんですよ」
「え!? そうなの? 雅君」
「はい。俺も驚きましたよ」
「ははは、いつもお世話になっている成瀬さんに、娘がお世話になっている月城君がいたんじゃ、私が直接頑張らせていただくしかないですねぇ!」
得意気にそう言った西宮さんは、俺達を直々にエスコートしてくれた。
本当に凝ったデザインの家具ばかりで、一般的な物しか見た事がない俺と親父は目を輝かせて一通り案内して貰ったあと、それぞれ気になる家具を見ようと個々に再び店内を回る事にした。
俺はまず家具と言えばベッドだろうと、さっき通りかかった時に気になった物の場所へ移った。
うん……やっぱり見た事があると思った。これって……。
「気付いたようだね。それは
「やっぱりそうでしたか。見覚えがあると思ったんですよ」
俺はスッキリした気持ちで、ベッドに腰を落としてみた。
「このマットレス気持ちいいですね!」
「うん。吸収力に力を入れているマットでね。かなり高い場所から生卵を落としても割れないんだよ」
「へぇ! それは凄いですね。このベッドで寝たら毎朝スッキリ起きれそうです」
「はは! 気に入って貰えて嬉しいよ。――それはそうと雅君」
「はい」
「ありがとう」
西宮さんに突然頭を下げられて、慌ててベッドから飛び降りたはいいけど、頭を下げている西宮さんにオロオロとどうしたらいいのか分からず困惑してしまった。
「え? あ、あの……突然どうしたんですか? あ、頭を上げて下さい」
頭を上げるように促すと、西宮さんはゆっくりと頭を上げ真っ直ぐに見つめてくる。その表情は柔らかく、またとても深さを感じるものだった。
「娘はどうしてもやる気がおきなかったのか、ずっと家庭教師を追い返してばかりだったんだ。その原因を家庭教師のせいにしてね」
その事は大久保から聞いていたし、事務所から正式に依頼を受けた時も問題児扱いされていて、本当にいいのかと念を押された事を思い出した。
「そんな娘が君が来てくれてから、自分から机に向かいだしたと妻から聞いてね。私はそれがとても嬉しかったんだ」
そういえば初日からずっと出していた課題も、どうしても解けない箇所以外はあの子なりに課題に取り掛かっていたと思う。
俺は特段気にしていなかったが、以前の彼女は課題にも取り組もうとしていない事を知った。
「正直言いますと、前任者から簡潔に聞いてはいたんですが、僕には特に問題があるとは思えなかったんですよ」
「それはどうしてか訊いてもいいのかな?」
「はい。西宮さんには失礼な話なんですが、周りからは問題児だとか、捻くれているだとか訊かされていたんです。でも……僕から見れば可愛いものでしたね」
「……というと?」
「以前の僕の方がよっぽど酷かったって事です。だからそんな人間がどうすれば真っ直ぐに先を見てくれるのかなんて、実体験として知り尽くしてるという事です」
「……はは。K大なんて名門大学に合格出来た人間に、そんな過去があったなんて信じられないな」
「事実です。当時の僕は進路希望にK大なんて書くと、よくそんな大学を書けたなって進路指導の先生に言われた位ですからね」
「――なるほど。先駆者は知るってやつか」
「まぁ、そんなところです。それに娘さんは素晴らしい能力をお持ちだと思います。ただ、その使い方を知らなかっただけなんです」
使い方を知らないだけ……か。と西宮さんは俺が言った事を復唱しながら、指を顎に当て少し考え込む仕草を見せた。
その姿が、俺には自分の娘にそんな可能性のようなものがあったなんて言われて初めて知ったように見えて、家族の事なのだからそのくらい把握してやれよと苛立った。
だが、そんな感情は一切表には出さずに、ポイントを稼ぐ事にする。
「これからは僕がいますので、大丈夫ですよ」
「そうか! それはとても心強い。これからも宜しく頼むよ」
「はい。お任せください」
西宮さんは満足そうな顔を見せて、沙耶さん達の元へ向かって行く。
――スクランブルミッション終了。
俺は小さな声でそう呟いた。
◇◆
それから2週間後の週末。
「はぁ……これで一段落ですかね」
俺は両手を腰に当て上半身を逸らしながら、リビング周辺を見渡した。
「そうね。とりあえずこれで住めるようにはなったわね」
「細かい所は、各々で時間がある時にでも進めればいいだろう」
親父と沙耶さんも、体のあちこちの関節を回している。
これだけ大きな家なのだから、本来なら数日かけて準備を進めたいところだったのだが、夕弦の転校の件がギリギリまで日程を喰ってしまい、2人の仕事の事を考えると2日でやってしまわないといけない状況になってしまったのだ。
引っ越しといっても、家具や家電、それに食器類に至るまで殆ど新調したので、本当に忙しかったのは家具などを運び込む業者達だっただろうけど。
「ねぇ! 見て見て!」
ホッと西宮さん一押しのソファーに腰を下ろして一息ついていると、自室から飛び出してきた夕弦が元気な声をあげる。
俺達が同じ方を見ると、そこに立っていたのは真新しい制服に身を包んだ夕弦だった。
「へぇ! 可愛いじゃない夕弦」
「うん。最近の制服って凄くお洒落だねぇ」
「えっへっへー! でしょう! ここの制服に憧れてたんだよね」
なるほど。以前、行きたい高校があると言っていたが、目的は制服だったのか。ネットで調べると、この学校のウリの1つになっているのが制服らしく、なんでも有名なデザイナーが作った制服だという事で話題になっていた。
確かに独創的なデザインではあるが、決して悪目立ちする事もなくお洒落だと思う。不思議と周囲に馴染むような雰囲気をこの制服を着た夕弦を見てそう感じた。
――ただ……どこかで見たような気がするんだよなぁ……。
「どうですか? 雅君」
「凄く似合ってるよ。特にモデルチェンジした今の夕弦にピッタリだと思う」
「この髪型……変じゃないですか?」
「あぁ、すげー可愛いって!」
今の夕弦の姿は初めて会った時でなく、向こうの学校に会いに行った時の姿でもない。昨日こっちに来て切ったらしい今の髪型は、以前の長さより5センチ程短く、全体的にボリュームを落とし、少し毛先を遊ばせた髪型で、眼鏡もコンタクトにしているせいか、都会の洗礼された姿に変身していた。
「んふふ、ありがとうございます! 雅君」
初めて会った時の何かに苛立つ雰囲気ではなく、学校の正門から出てきた時、足元を見つめながら暗く歩いている雰囲気でもない。もう少しで咲き始める向日葵のような笑顔の夕弦に、俺は目を細めて思う。
俺の
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