episode・23 新居が凄かった件
親父達の再婚が正式に決まってから転校試験に向けて猛勉強していた夕弦から、転校先の試験に合格したと連絡が入った。
本人は自信無さ気だったけど、俺は夕弦に少し勉強を教えた時点で問題はないと思ってた。教えた事をすぐに吸収する能力が凄く高かったのだ。
だから成績がイマイチ伸び悩んでいたのは環境の問題だったんだろう。そういう意味でも今回の再婚による転校は、夕弦にとっても良い転機になるんじゃないかと思う。
勿論皆で集まって、遅くまでお祝いをした。
以前残業を減らし休日出勤もしないと俺達に宣言した通り、割と急な祝いの席だったにも関わらず、沙耶さんも問題なく参加してくれた。
本当にこれからは家族を優先するつもりのようで、夕弦の事を思うとホッと安堵したもんだ。
ただ気がかりだったのが、祝いの席にも最後の1人である夕弦の姉が姿を現さなかった事だ。
沙耶さんは忙しいって言っても少しくらいは顔を出せるはずなのにって困った顔をして、夕弦は夕弦で来なくてせいせいするとか言ってたけど、もしかして2人と仲が悪いのかと一抹の不安が残った。
夕弦の転校日を軸に引っ越しの日程を組み、親父達が新居の契約と内装の簡単な工事を手配をしてくれて、いよいよ本日新居のお披露目となった。
新しい家族に新しい家。
俺は大学生にもなって、子供の様にワクワクした気持ちで親父と沙耶さんに教えられた場所に立つ。
「な、なんだ……これ」
新居の前に立った俺の第一声はこれだった。
巨大で立派な佇まい。高級感を漂わせるエントランスに、豪華な大理石で埋め尽くされたロビー。そして建物を見上げるとズキッと首元が痛くなってしまう建物の高さ。
沙耶さんに住所を聞いた時にちょっと引っかかってはいた。
その住所に聞き覚えがあったからだ。都心までのアクセスが良く、最寄りの駅から徒歩5分もかからない場所に大きなマンションが建った。
そのマンションは所謂タワーマンションと呼ばれる物件で、短い期間だったと思うが、テレビCMでも見た事がある『D'グランセタワー』と名付けられたタワーマンションが今、目の前にそびえ立っているのだ。
「ビックリしただろー、雅」
「いや、ビックリってか、言葉が出ねぇんだけど……ここに住むってのか? 冗談だろ!?」
「俺も沙耶さんにここを見せられた時は、本当に驚いたよ」
親父曰く、この20階建てのタワーマンションの19階の部屋に、このマンションのオーナーの息子夫婦が住んでいたそうだ。
だが息子の仕事の関係で海外に移住する事になったらしく空き家になっていたのだが、オーナーは売りに出さずに手元に置いていたらしい。
そこへ長年の付き合いがある沙耶さんから、今回の再婚の話を聞いて個人的にこの部屋を紹介されたそうなのだ。
しかも沙耶さんの再婚を祝う意味で、大きな声では決して言えない破格の値段を掲示してくれたと言うのだから、沙耶さんの人望の高さに驚かされた。
「あら? もう来ていたのね。太一さん」
最近になってようやく聴き慣れてきた声がして俺と親父が振り向くと、白くて大きな車に乗った沙耶さんと夕弦がいた。
おいおい……この車ってポルシェのカイエンじゃん……マジかよ。
ドイツ製の高級車から降りてくる沙耶さんは如何にも仕事が出来るキャリアウーマンといった感じで、お互いの家で食事をした時とはまるで別人のオーラが漂っていて、普段とのギャップが凄かった。
憶測だが、親父はこのギャップにやられたんじゃないだろうか。
「どう? 雅君。気に入ってくれたかしら」
「いや、ここを紹介されて、気に入らないとか言う奴がいたら、是非会ってみたいですよ」
俺がそう言うと、沙耶さんは可笑しそうに笑っていた。
「雅君!」
「おぅ、夕弦」
「ここが新しいおうちなんですね」
「そうだな。凄すぎて実感持てねぇけどな」
「中はもっと凄いんだから!」
沙耶さんは俺のリアクションがすこぶるお気に召したのか、すでにマンションの地下ブロックの契約を済ませている立派な駐車場があるにも関わらず、マンションの正面にあるコインパーキングに車を駐車した。
何故車庫を使わなかったのか訊くと、地下にある車庫を使うと正面口に戻ってくるのが大変だから、車庫専用の出入り口からロビーに入る事になる為、それだと家族との大切は初めの一歩が踏めなくなる。沙耶さんはそれが嫌なんだそうだ。
――なにその理由……そんな事でわざわざ駐車料金を払うなんて……どんだけ張り切ってんの!?
「さぁ!行くわよ!」
まるで海賊が宝島を目指すみたいにエントランスを指さす沙耶さんの姿が何だか子供みたいに見えて、俺の知ってる沙耶さんだと声を殺して笑った。
建物の前にある自動ドアを開ける為に、ドアの横に設置しているテンキーが付いている読み取り機にカードをスッと通し未知なる世界の扉が開いた。
エントランスに入っても、驚きは続く。
どこのホテルだと勘違いする程、広々とした綺麗な空間に価値は分からないが、高そうな絵画や壺がオブジェとして飾られている。
二重になっている自動ドアが閉まると、通行人の靴音や会話、車の排気音等の生活音が完全にシャットアウトされて、まるでどこか違う世界に来たような錯覚を覚えた。
俺は言葉を失いロビーを見渡していると「こっちよ」とさっき使っていたカードキーをひらひらと揺らめかせて、沙耶さんが奥のエレベーターの方に歩いていく。
全員を乗せたエレベーターは驚くほどの速さで高層マンションを駆け上がり、あっという間に19階に着いた。
通路に出た瞬間に、不自然な程の静けさに少し身震いする。
「ここが私達の新居よ」
沙耶さんは俺達がこれから生活する部屋の前に立って、嬉しそうに言う。
玄関のドアの位置からして、どうやらこの部屋は角部屋のようだった。というよりこのフロア、玄関が四か所しかないんだけど……。
沙耶さんは音もなく玄関脇に設置されている開錠機にカードを当てて読み込ませると、ピッと電子音が鳴った後に僅かに鍵が開錠された音が聞こえた。
重厚なドアを開けた沙耶さんは、部屋の中には入らずに「さぁ、どうぞ」と俺達を先に部屋に招き入れようと玄関内に手を添える。
そんな沙耶さんの隣に親父も立って、俺と夕弦にニッコリと微笑んだ。
夕弦と俺は少し目を見合わせて、夕弦が小さく頷き俺もそれに賛同して2人一緒に新居への第一歩を踏み込んだ。
「おぉ!」
「広~い!」
玄関に入った瞬間から驚かされる。マンションは玄関がせせこましいイメージを持っていたんだけど、広々とした玄関が俺達を出迎えて、その奥には恐らくリビングへ繋がっている廊下が真っ直ぐに伸びていた。
それは夕弦も同じ感想だったようで、お互い溜息交じりの声が広い廊下に響き渡った。
そんな通路を眺めていると、ふと気になった事があった。
恐らく一番奥に見えるドアがリビングだとは思うんだけど、そこへ辿り着くまでの壁にドアらしき物が、4つしか見当たらないのだ。
通常マンションならリビングに着く前に、それぞれの個室があったりするもので、部屋数と同じ数のドアが存在しているはずなんだ。
4つドアのウチ2つは恐らく風呂とトイレだと思う。
5人家族が住むのだから部屋数が足らない。
(じゃあ……俺達の自室はどこに?)
「驚くのはリビングを見てからにして欲しいわね。そこがここを買おうと思った一番の理由なの」
沙耶さんは得意気にリビングがあるドアを指さして、俺達をそこへ向かわせようと促してくる。
一体これ以上どんな驚きがあるんだと、内心少しドキドキしながら夕弦とリビングのドアを開けた。
(――あっ!そういう事だったのか)
リビングに入ってその空間が目に飛び込んできた時、廊下の謎が一気に解けてスッキリしたと同時に、家庭教師をしている西宮家の造りを思い出した。
広いダイニングスペースにまずアイランド式のオープンキッチンが目に入る。そのキッチンから自然とリビングの中央に一段下がって段差になっているスペースがあり、恐らくその段差が家族が寛ぐ為のソファーが埋め込むように設置出来るお洒落な構造になっているのだろう。
そして大きな壁一面に埋め込まれているのは大きなガラスの壁だった。角部屋の間取りを生かしてリビングスペースの一角がガラス張りになっていて、まるでそこは空に浮かんでいるような気分になる工夫が凝らされていた。
だが、俺がスッキリしたのはそこじゃない。
リビング奥の壁にどこかへ繋がっているドアが4か所あった事にスッキリしたのだ。
つまり各個人の部屋がリビングの奥にある為、廊下にドアが4か所しかなかったというわけだ。
あの部屋は客間なんだろうか。
温かい陽射しが降り注ぐ大きなガラスで出来た壁に背を向け、さっきまでの沙耶さんとは打って変わり、真剣な表情を俺と夕弦に向けた。
「私は本当に酷い母親だったわ。だからこれからは少しでも今まで出来なかった家族を貴方達と取り戻したいと願ってる。この間取りなら、家族が一番多く過ごすリビングにいながら家族の動きが見て取れるでしょ? 一戸建てを建てる時リビングを通らず部屋に入れる間取りにしてしまうと、家族がいつ出掛けていつ帰ってきたのは分からなくなってしまう事が当たり前になって、最後は家族がバラバラの生活をしても違和感が無くなってしまうって昔聞いた事があるの。私はそれが嫌で、あちこちのマンションや住宅を見て回ったんだけど、殆どがそういう構造になっていたわ。理由は家族が寛ぐ場所に客が通るのを嫌がる人が多いからなんだそうよ」
――あぁ、そうか……もしかしたら、新しい家族を一番考えてくれているのは沙耶さんなのかもしれないな。
「朝起きておはようを言って、出掛ける時はいってきます。帰宅したらただいま、眠る時におやすみなさい。当たり前の事だけど、この当たり前をこのリビングで家族と言い合いたいんだって太一さんに話したら、素敵な事だねって賛成してくれて本当に嬉しかった。雅君、夕弦。2人はこの家は嫌かしら?」
そう問う沙耶さんの表情から、不安の色が滲み出ているように見えた。
俺と夕弦は横目でチラっと目を合わせると、お互いクスっと笑みが零れる。
「ありがとう、太一さん、お母さん――嫌なわけないよ。嬉しい! 私達とそう接したいって思ってくれる2人の気持ちが、私は本当に嬉しい。これからここで沢山お話しようね!」
夕弦はこの部屋に差し込む陽射しよりも温かで、太陽よりも眩しい笑顔を2人に向けてそう答えた。
「俺も沙耶さんがそこまで考えてくれた事に、感謝と嬉しい気持ちでいっぱいです。これから息子として俺も出来る限りこの新しい家族の力になれるように頑張りますので、宜しくお願いします」
俺は2人の目を真っ直ぐに見つめて、普段なら絶対に言わないような返答を2人に返した。
でもこの言葉に嘘はなく、新しいスタートラインに立てた事に気を引き締めたのと同時に、2人に心からの感謝を込めて笑った。
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