episode・14 お仕事紹介
瑛太バイトを紹介してもらってから数日後、大学の食堂で昼飯を食べていると親父から連絡が入った。
今晩、沙耶さん達と会うから久しぶりに外食でもどうだという内容で、再婚絡みなら断る理由はんてないし、バイトもなかったから待ち合わせ時間と場所を送ってもらってスマホを閉じた。
ウチの大学の学食はかなり美味いと有名で、学際の時なんてここの飯を目的に足を運ぶ人間がいる程だった。
俺はその食堂で一番人気であるトルコライスを食べている。
盛られている料理を見ると、正確にはトルコライスとは少し違うのだが、美味いものは美味いので、俺は週2でいつもこれを食べている。
基本的に弁当を作っているんだけど、毎日は正直キツいのだ。
だから週に2回は自分にご褒美という意味合いで、学食を利用しているわけだ。
いつもこれを食べながら、なんとかこのメニューを自分で再現出来ないかと思案している。以前厨房にレシピを教えてと頼んだ事があるが、企業秘密だと教えて貰えなかったんだよなぁ。
やっぱり美味い。何度か作ってみたけど、この味にならないんだよなぁ……一般的なレシピと何が違うんだろう。
「美味しいよね。ここのトルコライス」
スプーンで中を切り崩しながら、まるで研究者の様にブツブツと呟いていると、不意に声をかけられ研究を中断して顔を上げれば、そこには見覚えのない女の子がこちらを見下ろす様に立っていた。
「え? えっと……」
「あ、はは――やっぱり誰って感じになっちゃってるね」
本当に誰って感じだ。どっかで会った?いや、記憶にない。
「同じゼミの
同じゼミ?覚えてるわけがない。確かに初回の時に自己紹介した気はするが、個人的に関わる気が全くなかった俺にとっては、ただのBGMだったんだから。
「それでその
「大山君に聞いたんだけどさ、月城君ってウチらと同じ事務所に登録したんだってね」
「え? それじゃ大久保さんもあそこで家庭教師してるんだ」
「まあね。それでさ、同じ家庭教師仲間としてお願いがあるんだよ」
大久保さんはそう言って、俺に1枚の書類を差し出してきた。
その書類には女の子と思われる名前が1番上に書き込まれていて、その下には個人情報と思われる内容が印刷されていた。
「これは?」
「私って今、3人の生徒を掛け持ちしてるんだけどさ。その内の1人を月城君にお願い出来ないかなって相談なんだけど」
「は? せっかくの稼ぎ口をわざわざ他人に譲るって言うの?」
「その子……問題児でさ、私も手を焼いてるんだよね」
おいおい、何言ってんの?生まれて初めて家庭教師をやる奴に、そんな問題児を押し付けようってのか!?
「そんな厄介な奴、俺に相手出来るわけないじゃん。無理過ぎるだろ」
「まぁそうなんだけどさ。月城君って早く仕事したいんだよね?」
「え、まぁ……そうだけど」
「そんな月城君には厳しい話なんだけど、あの事務所って今のとこ家庭教師は足りてるらしいよ。だから新規の生徒が登録されない限り、当分君に仕事が回ってこないってわけ」
「はぁ!? それは困るって!」
「でしょ? だからこの話を月城君に持ってきてあげたんじゃん。どのみち近いうちにこの子からは降りようと思ってたからさ」
大久保さんは言う。
自分が降りれば、遅かれ早かれこの生徒を紹介されるはずだと。
何故なら、この生徒はもうかなりの家庭教師を諦めさせてきたらしいのだ。
となれば、確かに次にお鉢が回ってくるのは、現在担当生徒が1人もいない俺になるのは必然だろう。
「だからさ、事務所から紹介される前に、自分から手を挙げれば評価の上がり方も違うしさ!」
「評価? 評価ってなんだ?」
「あれ? 登録する時に聞いてないの? 先方から定期的に評価の連絡がくる事になってて、その評価で月城君のギャラの変動が発生するんだけど、その時事務所側の評価も加味されるんだよ」
なんだよそれ……聞いてないぞ。
て事はあれか!? 評価が低いと契約した時よりギャラが減るって事か!?
「あぁ、それは大丈夫! 月城君は始めたばっかりなんだから、これ以上ギャラが減るって事はないから」
エスパーなんですか?そうなんですね。
とはいえ、早く仕事がしたい俺にとってはチャンスなのか……。
結果でギャラが減るリスクがないのなら、俺と大久保さんの利害は完全に一致するってわけだ。
「分かった。その依頼引き受けさせて貰うよ。それで俺はどうすればいいんだ?」
「そうこなくっちゃね! 事務所の事を言ってるのなら、私が話を通しておくから心配しなくていいよ。月城君は事務所からの連絡を待ってて」
そう言って大久保さんが食堂を出て行った後に気付いたのだが、いつの間にか周囲の視線がこちらに向けられている。
特に男共の視線は殺気が含まれていて正直居心地が悪かったのだが、俺は気にしないふりをして冷めてしまったトルコライスを平らげる事にした。
◇◆
その夜、親父に指定された店の前に待ち合わせ時間の15分前に到着してガードレールに腰をかけながらスマホを弄っていると、トークアプリに通知が表示された。
沢山の絵文字と共に夕弦から『もうすぐ着きます!』という元気いっぱいのメッセージに、自然と口元が緩む。
親父達が店の前に到着して店内に入ると、すぐにスタッフの案内で予約していた席に通された。
親父が予約していた店は完全に個室になっていて隠れ家的な雰囲気で、騒がしいイメージがある居酒屋ではあったが、落ち着いて食事が出来る作りになっていた。
前回の食事会とは違い沙耶さんから不安な気配を感じる事もなく、夕弦もニコニコと楽しそうにしている。
そんな2人にホッと安堵して、俺達はグラスを突き合わせて食事を始めた。
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