episode・12 side夕弦
今日は平穏な1日にならなかったな。
正確に言えば昨日も……か。
雅さんが作った野菜炒めを平らげて今後の話を少しした後、雅さんを先にお風呂に入れている間に、客間に布団を敷いてからお茶を飲んでいる。
そういえばこの家に他人を泊めるなんて初めてかもしれない。
まぁ、他人じゃなくなるかもしれない人だけど。
「風呂お先に頂きましたっと」
「はい。客間に布団敷きましたので、そこを使って下さい」
「ん、何から何まですまんね」
雅さんはお風呂に入る前と同じ服を着ている。泊まる予定じゃなかったんだから当たり前か。
お風呂に入って、また同じ服着るのって気持ち悪いんだよねぇ。
かと言って着る物を貸そうにも、もっさい男のくせに変に身長があるしガッシリした体型のせいで、お爺ちゃんの服は無理だった。
まぁモンペなんて貸そうとしても拒否られるんだろうけど。
「麦茶ならありますけど?」
「サンキュ!」
雅さんは麦茶を一気に飲み干して「先に寝かせてもらうな」と客間に向かっていった。
私は雅さんが客間に入るのを確認してから、着替えを用意してお風呂に入った。年の近い男が近くにいると思うと、何だか落ち着かない。
でも本当に家族になって一緒に住むようになったら、こんな事が日常になるのか……何だか不思議な気分だ。
そういえばよく私って見破ったよね。
自分で言うのもなんだけど、昨日の私と今日の私は完全に別人にしか見えなかったと思うんだけどなぁ……。
『可愛い妹を見間違えるわけないじゃん』
……キモいとか言ったけど、ちょっと、ホントちょっとだけ嬉しかったんだよね。雅さんが外見だけ見る人じゃないって分かったから。
雅さんのおかげで心が少し軽くなって、前向きに考えてみようって思えた。
ずっと嫌いだったお母さんが、本当に家族を望むのならってね。
それに……雅さんがお兄ちゃんとかウケるし!
お風呂上りの麦茶が最高!
一気に飲み干すのが至高!
何言ってんだか……ははっ。何か変なテンションになってるな、私。
もう寝ようと思って居間を出た私だけど、気が付くと2階に上がるつもりが、客間の前にいたりする。
そっと音を殺して慎重に襖を開けると、暗闇の中に敷いた布団が盛り上がっているのが見えた。
きっと今日だって無理して来てくれたんだろうな。
「勇気をくれてありがと――雅さん」
私は小さな声で眠っている雅さんにお礼を言ってみる。
でも何も返答がなくて、代わりに一定のリズムで小さい寝息が聞こえた。
「おやすみ」
◇◆
翌朝いつもより早く目が覚めた。
原因はハッキリしてる。下の客間で雅さんが眠っているからだ。
私はパジャマを脱ぎ捨てて、制服に着替えて髪を整える。
階段を降りると、キッチンからいい匂いがした。
もうお婆ちゃんが起きて、朝食の準備をしているのだろう。
「おはよ! お婆ちゃん」
「おはよう、夕弦。今朝は早いねぇ」
キッチンにいるお婆ちゃんに挨拶をしてすぐに客間が気になったけど、先に顔を洗う事にした。
寝起きの顔って見られるの、恥ずかしいもんね。
歯を磨いてから、洗顔用のヘアバンドで髪を上げる。
いつもより丹念に洗顔したのは内緒です!
よし!変なとこ無し!準備完了!いざ客間へ!
昨夜と同じように音を殺して襖を開ける。
雨戸を閉め切っているから、客間は真っ暗のままだ。
私は雅さんに声をかける前に、雨戸を出来る限り音を殺して開ける。
今日は天気が良く、気持ちのいい朝日が客間に降り注がれた。
それじゃ、雅さんを起こそうと布団の方に振り返った時、目を疑う光景がそこにあった。
「誰……このイケメン……」
この布団に眠っているのは、雅さんだったはずだよね。
いや……でも……やっぱり誰?
確かに輪郭と鼻立ちは整ってるなとは思ったよ?
でもね……いくら前髪を鬱陶しいくらい垂らしてて、見えにくかったからってこの伸び率はおかしいでしょ!
鼻立ちだけでなくて、目鼻立ちがしっかりしてるし、肌が凄く綺麗で女の私がもっと手入れしないとか思うレベルだ。
凄く綺麗な目を、長いまつ毛とクッキリと入った二重瞼が彩っている。なんていうのかな中性的?男の人なのに違和感なく顔が近付けられる感じ。
……ん?目が綺麗?
「……何やってんの?」
――!! やっちゃった!いつの間にか雅さん起きちゃってるじゃん!
「あ、いや! お、起こそうと思っただけですけど……」
「さっきから起きてたけど、声かけないでずっと眺めてたじゃん」
ですよねぇ。バレてますよねぇ……。
「人の寝顔眺めるとか、あまり褒められた趣味とは言えないと思うけど?」
「い、いいじゃないですか! 減るものでもないんですから!」
何でかなぁ……雅さんには何故か素直に謝る事が出来ないんだよね。
あ~あ、雅さん大きな溜息ついて、呆れちゃってるよ……って!えぇ!?
布団から上体を起こした雅さんに、目を見開いて絶句してしまった。
だ、だってさ! 上半身がは、裸なんだもん!
「ちょ、ちょっと雅さん! 何では、裸なの……なんですか!」
「え? あぁ、だって流石に昨日1日着てた服のまま寝たら、失礼かと思って。あ、でもちゃんとズボンは履いてるから安心してくれ」
それのどこに安心出来る材料があるんだよ!
もしかして、私が男の裸なんて見慣れてるとか思われてない!?
もしそうなら失礼過ぎない!? 私は経験なんてなくて……処――ゲフン!ゲフン!
「と、とにかく朝食が出来てますから、顔洗って来て下さい!」
私はこれ以上雅さんの裸を直視できずにドタバタと客間から出て行って、キッチンにいるお婆ちゃんの手伝いをする事にした。
一通り朝食が出来上がり、配膳を終えた時に雅さんとお爺ちゃんが居間に入って来た。
お爺ちゃんは今朝も仏頂面で、後から入ってきた雅さんは肩身が狭そうだ。
4人がテーブルに着き食事を始める。
う~ん……やっぱり前髪を全力で下ろしてる。
勿体ないと思うけど、私も人の事言えないんだよなぁ。
朝食を食べ終えた私達は、揃って玄関を出た。
雅さんは何度もお爺ちゃん達にお礼をしていて、最後にはずっと仏頂面だったお爺ちゃんが気を付けて帰りなさいって言った時は、何だか自分の事のように嬉しかった。
2人並んで駅に向かう。
ここから同じ学校に通う生徒はいないから、安心して並ぶ事が出来る。
学校の誰かに見られたら、きっと余計な詮索を受けるもんね。
駅に到着して、同じ電車に乗り込んだ。
でも、私は3駅乗ったら降りないといけない。
当然、雅さんはまだ先まで乗り続ける事になる。
正直に言うと、少し寂しいと思っている。今の高校に入学してから殆ど1人で、そんな生活に慣れていたはずなのに……今は1人になるのが寂しい。
このまま学校をサボって、雅さんについていけたらなって割と本気で思ってしまう。
雅さんは電車に乗ってからは、ずっとスマホと睨めっこだ。
電車の乗り継ぎ時間をチェックしてるらしい。今日は必須の講義があるんだって。
それじゃついて行っても、邪魔しちゃうだけだから我慢する事にする。
その時、雅さんのスマホを見てある事を思い付いた。
「あの、雅さん」
「ん?」
「私の携帯番号知ってるって言ってましたよね?」
「あぁ、昨日言ったけど、沙耶さんに教えて貰ったけど?」
「そ、それじゃあ。雅さんの番号教えてくれ……ませんか?」
私はそう言うと、雅さんは調べていた画面を閉じて、スマホを何やら弄りだした。
すると間もなく私のスマホが震えている音が、鞄越しに聞こえてくる。
「夕弦ちゃんのスマホにワン切りしておいたから、後で登録しておいて」
「は、はい! 分かりました」
やった! 雅さんの番号GETだ!
家族になる予定の人だから、焦らなくても良かったとは思うんだけど、少しでも早く欲しかったんだよね!
番号をGETしてウキウキしていたら、いつの間には下車する駅のホームが窓から見えた。
いつもより電車に乗っている時間が早く感じた。
電車が止まりドアが開くと、下車する乗客が次々に降りていく。
私は観念したように「それでは」とだけ言って降りる人の流れに乗ろうとした時、肩をポンと軽く叩かれた。
「いってらっしゃい、夕弦ちゃん」
何だろう……大嫌いな学校に行くはずなのに、落ちた気分が消えていく気がした。
「……夕弦」
「え?」
「『ちゃん』はいりません……」
いつからかは分からない。
でもいつからか雅さんにちゃん付けで呼ばれる事が、凄く耳障りになっていた。
多分だけど、この人には呼び捨てにされたいって思ってたんだ。
「いってらっしゃい。夕弦」
雅さんは少し照れ臭そうに、私の名前を呼び捨てにしてくれた。
うん!やっぱりしっくりくる。
「はい! いってきます! 雅君!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます