7 / ⅸ - パンドラの箱 -
「おっと失敬」
失言だったと言う割には、その顔は茶化すような笑みを浮かべている。
「逸らすなアルマーニ、貴様よもや『ツェペシュの忌子』を飼い慣らそうと企てておるのか」
「ハハッ」
竜種に並ぶ遺伝子操作技術の集大成───否、それは災厄の歴史にして最悪の物語。
聯盟の歴史書には血糊がこびり付いて開くことの出来ない頁が存在する。
そこに記された計画の全貌を知るものは片手で数えられる程もいれば十分であろう。
結論を先に出せばそれはたった一つの事業計画ではあるのだが、ならば正式な資料があるかと問われれば、それをどんなに探そうとも一つとして見付けることは叶わない。
「聖人君子に悪欲が無いってのは大間違いだ。罪を咎と判断出来ない奴はただの愚者で、賢人は非道と判断した上で理性を以てそれを御する」
言うまでもなく正道に沿った計画ならば、企画書を稟議し、善し悪しを協議し、実現の可否と計画の是非を審議するだろう。
通常ならばそれを取り纏めた報告書は、どんなに簡略化されたものであろうと存在するのが然るに至るのが、常であろう。
「───ただ、それが益にならないものかと問われたら話は別だ」
で、ないのであれば。
仮に倫理に反したものであれば。
仮に人道を外れたものであれば。
「決して無視出来ない額の金銭が巡る道標があって、どうにも頭の隅で拭い切れない甘い響きがある。それを汲み取る───だからこその、俺達がいる。違くはねェか?」
「……詭弁を。そんな戯言で民に正義だと煽るつもりか」
「はッ、まさか。もしそんな人を喰った口で正義を語る輩がいるとすれば……それはそれこそ、世界が一丸となってでも討つべき呪いそのものだろうよ」
その時は俺達も正義サマなのかもな、と彼は笑いながら自分の言葉を一蹴する。
「話を戻すがな、勝利の美酒を
例え道徳に
「悪道こそ我らが正道───違うな。俺達は欲望の代弁者なんだよ」
「吐かせ」
───ツェペシュの忌子、そのパンドラボックスを開くには、人間という生物もまた遺伝子情報の集合体である、という言葉が鍵となるであろう。
「で、だ。今なら俺達が話を降りる代理人ってことで紹介出来なくもないが、卿はどうする?
蛇のように絡み付く言葉を、然れどガウェインは騎士の剣で両断した。
「却下だ。義に沿う者の手が黒く染まるなどあってはならない。貴様等諸共、この国に蔓延る癌は翼の少年から粛清の一刀を貰えばいいのだ」
侮蔑の言葉もある意味予想通りで、しかしそれだけではエンツォは決して満足しない。
「……その者にはこうとでも伝えれば良いのだ───ここより北方、〝黒き
「───ははッ!」
エンツォの目が見開き、口角が知らず上がる。
漏れた音は愉悦の声で、パチンと指を快活に鳴らすとその指先でガウェインを指しながら、実に楽しそうに言葉を口にするのだった。
「はッ、まったく好い趣味してんじゃねェーか。それでこそのアンタだし、そう来なくっちゃ遣り甲斐がないっつーもんよ」
言葉を続けるエンツォは、しかし笑みの表情は続かない。
冷徹で鋭利な眼差しを向ける彼には、悪を統べる者としてのカリスマ性すら感じさせる。
「手前、モルドレッド卿に
───そして、
「そして正義の翼はそんな悪行を決して善しとしないだろう。結果、手前は己の手を汚すことなく、周りに作られた三つ巴を傍観する。どれがどこにどう転んでも、残り物を美味しく頂くって腹積もりだろうが……はッ、そんな甘っちょろいこと
「はて、探偵ごっこがお好きなことで」
威嚇、否、威圧とも言える鋭い眼光を向けられたガウェインは、しかし慣れた手つきでそれを聞き流し受け流す。
「言ってみろよ、どこまでが手前のクソ甘い幻想だ」
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