7 / ⅷ - 太陽の陰は、暗く、黒く -


 水の都カナル・グランデ。


 粘っこく、渋みのある、けれど穏やかで、甘さと蔑みを混ぜた年季の入った少し嗄れた男性の声。


 労りや労いは含まれておらず、言うなれば品を定めるようなビジネスライクな優しさを音にした男性の声。


「……貴様との面会予定は無かった筈だが」


 円卓会議場は機密ではないものの、だからと一般市民が何の理由も無しに入室許可が降りる場所でもない。


 ニチャついた笑みに迎えられたガウェインは、端的にこの場にいることだけを疑問に投げ掛ける。


「ウチの優秀な娘が案内してくれてね。随分と良い部屋に引き籠ってるんじゃねェーか」


 齢は半生を越えているだろうか。


 子を、そしてもしかすると孫を持つ歳であるのは確かだが、言葉通りの意味を持たないと理解しているガウェインは短く嘆息だけをする。


 眼前の男性は決して深く係わってはならない存在であり、されども指先だろうと一度触れてしまえば骨の髄まで、そして墓場の先まで血で結んでは離さぬ存在こそ───、


「して、何用ぞ。アルマーニ」


 それこそが太陽の騎士が堕とす影。


 それこそが水よりも濃い血の盟約。




 それこそが暗部にして最大勢力───指定暴力団ファミリアIrarre ; ₣イラエレーファ』である。




「連れねェこと言ってくださんな、卿。俺達ァ一蓮托生のなかじゃねェーか」


 その首領、アルマーニと呼ばれた男性───エンツォ・アルマーニはニヤついた笑みを浮かべながら言う。


 面白い話を持って来たと話し始める内容は、決して愉快、爽快、痛快なものではないことなど百も承知で、ガウェインは新しく作られるのであろう目の上のこぶうれう気持ちをどこかへぶつけてしまいたかった。


「お家の外から商談を持ち込まれてな。どこから何を嗅ぎ付けたのか、『竜種ドラゴン』の開発を抜かしおったわ」


 〝十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない〟───聯盟という諸国連合を説明するのに、それほど適した言葉もないだろう。


 軍事産業、重鉄鋼業、『鋼鉄の天使』の生産技術を『アンゲロス』に奪われた聯盟が取った次の選択は、科学技術による魔法の再編だった。


 杖を模した機械からは火や水を生み出し、光学迷彩を施したマントを羽織れば姿を周りの景色と同調させる。


 空飛ぶ箒は聯盟を訪れた観光客が一度は跨りたいと憧れるものであり、その盟主たちは神話の魔術師マーリンが生み出した円卓で会議を行う。


 中でも聯盟の歴史を語る代名詞となっているのが、バイオテクノロジーの発展である。


 聯盟は遺伝子操作技術により神話生物をこの世に再現させることに成功した。天馬種ペガサスの曳く馬車が航空運用機としての役割を果たし、そして───、


「それは、彼の新たなる鋼鉄に比類するもの足り得るか」


「あァ、計画書のカタログスペック上ではな」


 そして、聯盟の空を統べる存在こそが竜種ドラゴンであり、時として天使達と、そして『アンゲロス』の少年が作り上げた新たなる鋼鉄と相対する翼こそが、聯盟の持つ対戦武力の象徴を意味する。


「奴らァ随分と墓荒らしがお上手だったよ。『リントヴルム』の名を出された時は、流石の俺も耳を疑ったね」


 その中で今なお伝説と語られる存在───それが竜王リントヴルムである。


 旧世神話の中では時に苛烈な神の試練の代行者として、そして時に人々に降伏と安寧を齎す聖なる伝説の名前を意味するリントヴルムは、聯盟が積み上げてきた竜種ドラゴンの歴史を紐解く中で必ず名前の挙がる存在である。


 それは神罰の執行者であり、それは福音の聖譚曲であり───それは再誕を断念された、人の手では実現し得ぬ御伽噺を意味する。


「……馬鹿な」


 努めて冷ややかな表情を浮かべていたガウェインに動揺の色が差し込む。


 首を横に振るエンツォの顔色には、いつの間にや冗談めかしていた表情も薄くなっていた。


「世迷言の類ではないのか」


「ンな趣味悪い嘘を言う旨みも無いさ。狂言でも妄言でもなく……間違いなく悪魔の甘言だったよ、アレはな」


 ガウェインは眉間に皺を寄せ、一段低くなったトーンで彼に尋ねる。


「して、誰だったのだ。そんな聯盟の古傷にメスを突き刺した者達は」


 張り詰めた空気の中を緊張が走る。エンツォが大きく息を吐くと、一つ一つゆっくりと音を重ねていく。


「【N.O.i.Rノアール】の連中───会ったのは【切裂魔ザ・リッパー】と名乗ってた」


「───ッ!」


 その名を知るものは限られた世界に身を置く人々だけである。


「【N.O.i.Rノアール】とは……」


 そしてその言葉が通じるガウェインもまた、決して無雑な正義の為政者ではないことなど、それは本人が最もよく知るところである。


 無国籍国際テロリスト【N.O.i.Rノアール】───それはこの世の悪の象徴である。


 必要悪にして、絶対悪。


 誰彼の為の正義ではなく、しかしある意味では最も正義に近しい存在。


「……嗚呼、お抱えの開発人が優秀だとよく聞く。成程、道理ではあるか」


 その網は広く、あるいは無節操と言う人もいる。


 世界全土の影に潜む彼等には主義理念の一切はなく、ただあるのは依頼者の歪んだ欲望を金銭に変え、時に【蜂】の針を突き刺し、そして時に【蜜】を提供する集団である。


「【切裂魔ザ・リッパー】なんて言うくらいだ。国籍を辿ればランスロット卿の国と関わりがあるかもしれねェが、今はそんなことどうでもいい」


 元より尻尾を掴ませる奴を連中は配下に加えないしな、とエンツォはボヤく。


「俺ァ、この話を素直には受け入れられなかった。俺達が大事に大事に抱えてる姫サマを見られる訳にもいかねェからな」


「貴様、まさかそれは───」

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