7 / ⅴ - 3つの翼、3本の矢 -

 三聖翼セイクリッド───天使の聖域と呼ばれている軍事大国、無数の強力な『天使の羽根』を保有する軍強列国……聯盟れんめい連邦ソユーズUnionユニオンと呼ばれている軍事・経済諸国同盟が世界地図を大きく塗り潰している現状から理想に近付ける為には、列強諸国との協議を設ける必要がある。


「最初から三聖翼セイクリッドの皆々様を呼び立てたところで、各々の背景があることでしょう。一筋縄ではいかないことなど言うまでもありません」


 ですので、と添氏は言葉を続けた。


「まずは三方の一片に対し談合の場を取り次ぎましょう。そしてその国へ赴き、風土や国民性、そして国が求めているものを見定めて、主義思想に沿ったアプローチを行うのです」


 一つ、共栄型資本主義───聯盟が掲げる思想は、福利厚生に手厚い政策を敷くことで国家を大きな家族と捉え、子の未来の為に各人が善良なる親になる経済政策を目指したもの。


 一つ、共産型社会主義───連邦ソユーズが掲げる思想は、議会が経済的な格差を是正し一元管理を行うことで、国民全員に幸福を分け隔てなくもたらす国家運営を目指したもの。


 一つ、競争型資本主義───Unionユニオンの思想は、努力の先に結び付けられた成果を正当に評価し、個人の個人による個人の為の経済を後押しする共和政治を目指したもの。


「小郷様には我々を代表して、各国へ赴きメディアに積極的に映っていただきます。小郷様がお造りになられた神像兵器……いえ、小郷様の言う玩具おもちゃを用いれば、それはまごうことなき救世のヒーロー像となることでしょう」


 添氏の未来像では随分と有土の姿が格好良しに描かれているようで、隣で聞く彼は恥じらいを見せながら隣を覗けば、真紀奈はその雄姿を未来視したのか、どこか陶酔した様子で恍惚な表情を浮かべていた。


「私はそんな英雄などにはなれると思いませんが……それでも、私の意は皆様のご決的に従う所存です。これなら小郷に任せられそうと思われたものを、どうかお申し付け下さい」


「ひ、ひかり様。わたしもっ、わたしにも出来ることがありましたら、言ってください」


 有土の真っ直ぐな言葉にいてもたってもいられず、真紀奈も添氏に心象を語る。


 やもすれば───否、紛れもなく彼等の交渉、描く将来展望への切り札になるであろう彼女は……しかしながら添氏に、そして有土にも苦笑の表情で返されてしまった。


「世良様、お心遣いは本当に嬉しく頼もしく、また小郷様へ公私のサポートを願うのは是非もないことですが……その、大変申し上げにくいのですが、有事の際でも命の危機に瀕する状況でない限りは、世良様の行動は基本的に制限されるものとご認識願います」


「ふぇえ!? わ、わたし何か至らぬ点とか、皆様にご迷惑をお掛けしてしまいましたか……?」


 株式会社『アンゲロス』の新型兵器にして企業国家『アンゲロス』の最終兵器───それがSeraphim Ex Machina機械仕掛けの熾天使であり───それこそが世良真紀奈である。


 有土の開発した戦闘機の最高位を意味する『熾天使セラフィム』を冠する『武装義躰エクスマキナ』は、人の義肢に『鋼鉄の天使』の翼を授け機動力と機能性、人の脳が持つ複雑な状況処理能力とマシンパワーを併せ持つ、紛れもない最高傑作だった。


 それを動かしてはならない事態というのは重大な欠陥があることを仄めかし、言葉のニュアンスから焦燥感と不安気の混じった表情を浮かべた真紀奈に、説明をしたのは添氏からだった。


「世良様の身体には何も不備はございません。小郷様のお仕事も完璧そのものでした。ですが……修繕費を試算しましたところ、この様な数字が出まして」


 一つ、世界を股に掛ける最新鋭のエンジンシステムのオイルの値段。


 一つ、開発時の延性と完成後の耐久性共に類を見ない超合金の値段。


 一つ、そして何よりも重いのが、そこに施された鍍金メッキの白金の値段。


 メンテナンスを行うだけならばまだ良いのだが、その機体が仮にでも破損し修繕を擁する事態を招こうものなら目も当てられない。


「参考までですが、こちらが先日の試運転後に補充した液体燃料の見積もりとなります。『武装義躰エクスマキナ』の開発における総計報告は、小郷様よりお伺い下さい」


「ありがとうございま───ひっ!?」


 NLCディスプレイを添氏から受け取った真紀奈は、そこに記載された数字に対し悲鳴にも似た声を上げる。


 おおよそ一生に一度縁があるかどうかという金額を突き付けられてしまった彼女は、とてもではないがそれ以上のことなど恐くて有土に聞くことが出来なかった。


 彼女には申し訳ないと思いつつも、有土はそんな真紀奈の様子が小動物のようで愛らしいと……いや、そんなものはただの蛇足ノロケだろう。


 少年少女の年相応な姿に微笑を零した添氏は、小さく咳払いをして場の空気を整え、NLCディスプレイを立ち上げて世界地図を開くと、そこから中央大陸西部───聯盟を指さした。


「さて、三聖翼セイクリッドの中で我が国と一番の友好派であり、対話の余地があると見えるのは聯盟です。聯盟は本国の文化に個人単位でなく国単位で肯定的であること、そして連邦ソユーズUnionユニオンと異なり、主要国が数箇所に渡り点在していることなどが理由に挙げられます」


 そう言う添氏が浮かべる聯盟の地図には、主要都市と思われる箇所にポイントが振られていた。


 その中の長靴型の半島にある印を指しながら彼女は言葉を続けた。


「水の都カナル・グランデ───こちらが、小郷様に最初に伺って頂く都市となります。民に寄り添い、民の未来への架け橋を作れますこと、期待しております」


 それでは、始めましょう───添氏が言う。


 これが、有土のこれからの人生を物語る始めの一歩であり、


 これが、有土がこれから背負う大罪の始まりの一つであり、


 これが、戦争を終焉に導く理想郷アルカディアの創造の第一歩目となる。




「これが、私達の新たなる『project Angel - Wing天使による救済計画』です」

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