7 / ⅳ - 善く在れ -


 時は移り、場所も移る。


「いえ、時間より早いくらいですよ」


 添氏 ひかり。先に述べた株式会社『アンゲロス』C E O最高経営責任者にして企業国家『アンゲロス』執政局総督その人。


 あかねと別れた有土と真紀奈が伺った先で二人を待っていたのは、第二席の前任者であり小郷第二席の立役者。


 姉と呼ぶには少し年齢が離れているが、二十歳前後の子を持つ母と呼ぶにはまだ早い彼女には、師と呼び慕うのが相応だろう。


「その、ご結婚、ではなく……上手く言えませんが、おめでとうございます。ひかり様」


「ありがとうございます、世良様。結婚こそ叶わぬあの方ですが、〝ひかり〟と、その名の一部を賜りましたこと、本当に嬉しく思っております」


 先代代表、光皆みつかいの秘書を務めていた彼女はその任を彼女の敏腕で滞りなく引き継ぎ、有土を迎え入れる前に与党内の派閥問題を解決させ、大衆への報道前には青年を全面的に支えるよう舵取りを完遂させていた水面下の功労者である。


「それと、ここへは私共が早く来てしまっただけです。皆様、若い人と食事を出来るのが楽しみで仕方がなかったみたいです」


 可愛いところもありますよね、と言いながら彼女の案内に促された場所は、侘び寂びの精神が息衝く和の料亭だった。


 案内役が襖を開けた先には大宴会場と呼ばれるような畳の大広間が広がっており、漆をめかした高級木材の座卓の上には見目麗しい料理の数々が並べられていた。


「よく来たね、小郷青年」


 好々爺、という説明は決して間違っていないが、それだけと見誤ると瞬く間に足元を掬われることになるだろう。


 その者達を評価するに対し、残念ながら皺の本数や白髪の濃淡といった直接的な数や形の描写表現は役に立たない。


 しかし抽象的な言葉になろうと、そこで圧倒的な存在感を放つオーラやカリスマ性がその尊厳を形成し、威光を雄弁に語っていることは紛れもない事実であった。


「さあさ、主役も来たことだし栓を開けようじゃないか」


「実は今日のお酒は私が見付けた幻の名品でしてな」


 歓迎の言葉を受けた有土は上座に着き、添氏が玉座でその参加者を見渡すと、凛としたアルトボイスで音頭を取る。


「それでは皆様、小郷青年を迎え我々は歴史的局面に立っていることは改めて強調するまでもないでしょう。私から申すことはただ一点、〝れ〟です。それでは本日はどうぞごゆるりと、心ゆくまでお楽しみくださいませ───乾杯」


 彼女が透き通った米酒を含んだ杯を掲げ一様がそれに倣う。


 未成年の有土と真紀奈には振る舞われなかったが、その光景に合わせるよう杯には水が注がれていた。


「……ご歓談の最中に失礼致します。改めまして本日はご招待頂けましたこと、誠にありがとうございます。若輩者の私を支えて下さるとのご意向には、感謝の念に絶えません。我が国が、そして世界全体が明るい未来に向かえるよう尽力する所存ですので、どうか浅学非才な若輩者へのご指導、ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い致します」


 会席の箸も進み有土が挨拶を終えると、側仕えの立ち位置から真紀奈も腰を深く折る。


 誰からともなく返って来た拍手を受け取る有土もリラックスをしているとは言い切れない様子だが、真紀奈のそれは彼の比ではなかった。


「ね、ねぇゆうくん。わたしって場違いじゃないかな……?」


 私語を挟んでも問題ないと判断したところで真紀奈が隣に座る有土に尋ねる。


 彼もその緊張をほぐしてあげられるような言葉を投げ掛けてあげたかったが、事実、当座の面々は添氏ら国の要である錚々そうそうたる顔触れが一様に集う様は、非公式の国営会議に居合わせている心地である。


 それが与党の重役だけでなく下野げやした者達もいれば、その空気は一層色濃くなるだろう。


「さて、それでは本日お集まり頂きました本題に入りましょう。小郷様の宣誓に基づく今後の動向につきまして、我々の見解をお伝え致しましょう。そして小郷様のご意向を踏まえ心算こころづもりを擦り合わせられたらと思います」


 事の発端は三月に行われた光皆前代表の引退会見。


 有土達にとっては高等学校の卒業式でもあったその式典において、有土は千年に渡る世界大戦の中で、『鋼鉄の天使』たち───戦闘機が生み出すミサイルの爆風や墜落の残骸で黒く厚い雲で覆われてしまった青空を取り戻したいと、その為に全世界への休戦協定を宣言した。


「先に言うが我々はキミの味方だ。我々は元を辿れば一つの光皆派の同胞なのだから」


 有土と対座している初老の男性が言うように、それからの国内は混乱を招くことはなかった。


 光皆政権時の第一野党が解散したことで現与党の一党独裁にならぬよう、添氏と異なる派閥に属する者達は新第一野党を発足し、添氏や有土の動向を客観的に見定める立ち位置を選んだ。


 故に、国政においては表立った対立や衝突はなく、第一線を退いた光皆の意志を共に受け継ぐ形で、〝れ〟を目指した政治を行なっている。


「だから小郷青年、キミはキミの思うように行動してくれたまえ」


 一方で世界情勢は大きく二つに別れた。


 戦争に関与していない国々は円滑に休戦協定に調印し、トップレベルの軍事開発力を持つ『アンゲロス』のサポートにより、災害対策や防衛戦力の拡充に動いていた。


 しかし残念ながらと言うべきか、はたまた想定の範囲内と言うべきか、それらは世界全土から見ると少数派に過ぎない。

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