7 / ⅱ - 友曰く「無条件で脱ぐのは自分を安く投げ売りしてるに等しく故に着込むほどに募る魅力があるのもまた事実でならばこそオフィシャルの最たるスーツというものもまた文字数 -

「あ、あかねちゃんっ!」


 からかいの声を掛けられ慌てふためく真紀奈を見て、あかねは悪戯に成功した子供のような表情を浮かべる。


 そこには作られたビジネスサービスではなく、親しい友に会った時に見せる笑みがあった。


「それにしても小郷くん、ほんとに次期執政局長になっちゃうなんてね」


 王族、皇族を設けていないこの国では、株式会社『アンゲロス』C E O最高経営責任者にして企業国家『アンゲロス』執政局総督の座は民を代表する立ち位置となる。


 すなわち、その次席とは王族で例えるなら王子という言葉こそ、有土の年齢も相俟って似つかわしく、ならば王子様の隣に立つ女性はお姫様と呼ぶのが御伽噺おとぎばなしの定石である。


「小郷くんはいいとしても、まきなは大丈夫? ちゃんとお仕事出来てるの?」


「俺はいいって、そんな言い方はどうなのさ」


 訝しげる有土に、信用の裏返しだとはにかみながらあかねは言う。


 有土やあかねとは違い、真紀奈は『優等生』ではなかった───補足するなら、彼女はだからと決して劣っていた訳ではなく、有土と同じ学科故に選考枠がなかった一般生徒であった。


 そんな真紀奈がお姫様のポジションに変身する魔法を掛けられたのは、新時代のシンデレラストーリーと書けるのかもしれない。


「うん……なんとか、かな。今はまだ、ゆうくんの補佐役を他の皆さんに補佐してもらってるような感じだけどね」


 そのシンデレラ当人はといえば、王子様と幸せに過ごしてハッピーエンドで終わる物語とは異なり、より良い明日に向けて現実を必死にもがいている。


 拙い手際で右往左往しているものの、彼女の成長を見出したあかねは慈しみの表情を浮かべた後、ビジネスモードに切り替える。


「それじゃ小郷くん、今日は来月のトビラを中心に、ワンウィークの特集用と合わせて五着のスーツと、オフ用のジャケットも合わせた撮影をお願いするわね」


「ず、随分と多いんだな……」


「当たり前じゃない、これが火狭ブランドでメンズスーツの駆け出しとなるんだもの。政治家御用達の老舗ブランドに正面切って喧嘩を売る行為に、一片の弱みも見せてられないわ」


 そう話しながらSPを引き連れて執政局内を移動する一行は、やはりどうあってもまだ幼さの残る青少年であるが、幸いと言えるのは与党第三席以下、アンゲロス執政局重鎮各人はその若さを支え行動を見守る立場を選んだことだろう。


 すれ違う強面の紳士淑女からの眼差しは、己が子の成長に重ねた親のような優しいものだった。


『いいか有土。俺が思うにパンツスーツの一番唆そそられる場所は、スラックスの前立てから鼠蹊部そけいぶにかけて作られる横一線のシワだと思うんだ。レディースパンツは脚を細く見せる為にスキニーに作られるものが多く、従ってももの付け根もキュッと絞られたデザインになってる。んでだ、男性とはシルエットが違うから股関節にゆとりは必要ない。それすなわち、両腿の間には無駄なアソビが無くシルエットが顕著に浮き彫りになり、脚部からヒップラインの線上でもう一段階が上がる! 単に太いだけの腿がスラックスに引っ張られるのは品の無い駄肉だけどな、程よい肉付きを細いズボンに収めることによって生じる横に伸びるシワはブツをぶら下げた野郎共には絶対に作れない芸術作品なんだよ!! んでもって、スキニーパンツが形作る内腿に僅かな隙間こそ、俺達の愛して止まない聖域アルカディアだと思うんだよ!!』


 そんな聖域とやらを自分の知っている理想郷アルカディアと一緒にするな───悪友にして親友、有土の相棒が熱く語っていた言葉をふと思い出す。


 なるほどそう見ると、有土の正面に立つあかねの美脚は、少女の幼さが残る可憐ながらも自身がモデルを務めているだけあって蠱惑的で挑発的なシルエットと呼ぶのはいささか煽情的で───、


「……ゆーうくん?」


「な、なんでもない、です、よ?」


 閑話休題。


 有土の撮影には実に様々なメンズスーツが用いられた。


 式典用の特注品は脚元を綺麗に見せる為に重しが縫い付けられた、歴々の政治家が纏った背広に連なるに相応しい重厚な逸品で、そんなフォーマルウェアから着替えると、打って変わってカジュアルさを全面に出したストライプ柄のスーツは、ウェストを絞ることでスポーティーなシルエットを描いている。


 他にも、裾を折り返すカフドボトムスのパンツは脚元の存在感とデザイン性を両立しており、有土がモデルになることで若々しさを彩りたい責任世代へのアプローチとなっていた。


「個人的には膝下までは細く見せて足首から靴を彩る感じの、スタイリッシュなジャケットに裾ダブルのパンツってメリハリのある組み合わせも悪くないと思うんだけどね」


 あかねが言うならそうなのだろう。


 もし仮にそうでなくても、あかねが流行を作っていくのだろうと、ファッションに疎い有土はこれ以上考えても仕方がないとマネキンを貫く。


「で、ムッツリまきなちゃん。彼の肉体美に酔い痴れるのもいいけど、スーツの扱いには気を付けてね」


「むっ、むむむっ!?」


 その言葉は心外だと言いたいのか、はたまた図星を突かれた後ろめたさか。


 真紀奈は無意識のうちに顔に近付けていた有土の背広を洋服掛けに戻し、その視線をワイシャツから休日コーディネートのカットソーに着替えようとしている彼の姿から逸らす。


「今回のメインはこのジャケットなんだけど、カットソーは鎖骨がチラ見せする首元で、ネックレス……スカーフを巻いてもいいかしら。まきな、小郷ハカセから見てどう思う?」


「は、ハカセってなに……」

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