6 / ⅱ - 蕾が開く時 -

「うん、『武装義躰エクスマキナ』起動するよっ!」


 有土の声を聞いた真紀奈は、超マイクロカメラを含んだコンタクトレンズを基に設計された、ARウェアラブルコンピュータの表示装置グラフィック・デバイスを起動し、その画面に映し出された一つのボタンを選択する。


《了解、『武装義躰エクスマキナ』起動します。スタンバイ。ファースト、反衝撃波DSバリアシールド展開スタート》


 彼の命を受けた真紀奈の声を合図に、最初に稼働したのは彼女のヘッドドレスだった。花弁が燐光を放つと、彼女を大きく覆う球状の光が形成される。


 それはシルエットを指し示すように真紀奈の前面から後面に向けて一筋の光芒を描くと、無色透明な防御壁を構築し、起動中を表す桜の花びらをホログラムで映し彼女を彩る。


反衝撃波DSバリアシールド展開エンド。セカンド、メイン、『武装義躰エクスマキナ』展開スタート》


 カシュンと圧縮された空気が抜ける音が続くのは、彼女の義手義足が変形するもの。


 人の肌を再現した有機的な肌色の義肢が切り替わり、無機質な、しかしこの世のどれよりも美麗だと思わせる白金プラチナきらめく肢体が顔を覗かせる。


 接合部に金を纏った白い腕には、彼女の背丈に合わせてJBから幾分か小型化した補強装置パワーアシストが備わっており、その機械部分を守るような盾が広がっている。


 脚部は腕部とは一変し、その様相を大きく変える。体積と質量の伴う『武装義躰エクスマキナ』の全体像を支えるべく、ふくらはぎから足先に掛けて一回りほど大きく装甲が施されており、そのかかとには体勢を整える為のサブウィングが備え付けられていた。


《メインツー、メインウィング展開スタート》


 ウェストポーチが開き、彼女のボディと同じ白無垢の光沢を放つ機械が広がる。


 二回、三回と段階を経て織り込まれていた内熱機関ジェットエンジンが形作られる様子は、つぼみが開き花を咲かせるようで、JBの雄々しい漆黒な翼と比べるなら、真紀奈の身体の半分ほどの大きさを占めて広がる純白の羽根は、まさしく神話世界の天使そのもの。


 双翼の付け根から円柱状の燃料装置インジェクションが脚元まで伸び開かれると、中で圧縮されていた液体燃料が気化されて『世界樹ユグドラシル』を動かすガス燃料が準備を整える。


 全ての手順を踏まえることで、『機動装甲アルカディア』JBの全てを呑み込む漆黒と極をす、不純な色を一切含まない白の全貌が姿を見せる。


《リンクコンプリート。『武装義躰エクスマキナ』起動エンド》


 今ここに天使像『武装義躰エクスマキナ』は完成する。


『これ、が』


 真紀奈が自身の姿を見渡しながら感嘆し、


『これが……』


 光皆が画面に映る純白を見ながら賞賛し、


「これが、『project - Angel Wing人類天使化計画』の極致───『武装義躰エクスマキナ』です」


 有土が一騎当千の英霊神話の実現を、今ここに高らかに宣言した。


 全てのフェイズを無事に終えた合図が響き、その様子を見守っていた有土には安堵の表情が浮かぶ。肩の力を抜くように息を吐いた後、彼は結果の是非を待つ光皆達の元へ連絡をする。


「光皆社長、小郷です。『武装義躰エクスマキナ』の正常起動を確認しました。武装展開において、異常はありませんでした。オペレーションを添氏さんに引き継ぎし、ステータスモニタリングの後に飛行実験に移る流れでよろしいでしょうか」


『そうだね、ご苦労だった。まずは第一段階の成功に拍手を送ろうか』


 通信画面の向こうでは、まずまずと言いながらも少年の活躍に笑みを浮かべる光皆の後ろで、添氏が電子キーボードを素早くタイピングしている姿が見られた。


『―――CCP総合統制装置設置。EOM運動方程式の算出、並びに伝達遅延タイムラグの許容範囲内での計測を確認。神経接続ニューラルリンゲージを正常機能と判断。燃料装置インジェクション作動、充填率一〇〇パーセント。内熱機関ジェットエンジン制御装置コントローラー変速装置トランスミッション、及び全ての安全装置セーフティーを正常確認。表示装置グラフィック・デバイス内にARシステムを投影、機体情報を転送。全システムオールグリーン。起動のタイミングを世良真紀奈に譲渡します』


「は、はいっ、ありがとうございます」


 もし道定が同席していたら、「やっぱりオペレーターは大人の女性の落ち着いたボイスの方が雰囲気出ていいよな」などと興奮気味に言うのだろうか、とまで考えたところでしょうもないと苦笑を漏らす。


「緊張しなくて大丈夫だよ。大丈夫、真紀奈の好きなようにやってみて欲しい」


「う、うん。わかった」


 呼吸を整える真紀奈にはもう添氏への緊張もなく、その目付きは真剣そのものだった。


 彼女ならもう大丈夫だろうと有土は判断し、その背中を押す。


「いってらっしゃい、真紀奈」


 他人行儀な苗字でもなく、幼い渾名あだなでもなく、愛情の籠った名前で呼ばれた彼女は飛翔する。


「うんっ」


 快い返事をした真紀奈は、NLCディスプレイで添氏に連絡を渡した。


「これから、カウントファイブで飛翔に移ります」


『承知しました』


 真紀奈は表示装置グラフィック・デバイス上にある時計を、添氏は自分のコンピューターを見ながら互いに息を合わせてカウントダウンを始める。


 五。


 呼吸を整え、


 四。


 思考を整え、


 三。


 黒い雲の中へ、


 二。


 黒い空の下へ、


 一。


 その鋼鉄は、飛翔する。




「───機体番号コードナンバー『Seraphim Ex Machina』、発進!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る