Act - 6 「空の色」

6 / ⅰ - セラフィム・エクス・マキナ -

 蒼歴 九九九 年 三の月




Seraphim Ex Machina世良 真紀奈───それが、彼女の名前だ』


 時は巡り三の月。


 場所は国防局が第一訓練場。一の月から始まった義肢の製作は、二ヶ月に渡る有土の尽力により真紀奈の手足を取り戻すことが出来た。


 彼女のリハビリの甲斐あって、義手義足は日常生活に支障をきたすことなく自在に動かせるようになった。




 それはすなわち、次世代型展開式迎撃兵器『武装義躰エクスマキナ』の完成を意味する。




『身寄りのない、名前もわからない少女に義肢を提供するのは、それ相応の建前が必要だった。『機動装甲アルカディア』すら実現し得なかった昨今においては、その英知を小型化した『武装義躰エクスマキナ』など空理空論に過ぎなかったから、唯一無二のテスターパイロットなんて肩書きを彼女に与えても、さして問題ないと判断していたのだよ』


 戦闘訓練は皆無だと話していた真紀奈の言葉を思い出しながら、有土は通信先からの光皆の独白を静かに聞きながら、真紀奈の元へ向かっていた。


『さて、準備が整ったら折り返し連絡を貰いたい。私は第一管制室から、世良君の様子と添氏のオペレーションを見ることにするよ』


「承知致しました」


 そこで通信を終えると、有土は第一訓練場に新たに作られた滑走路に立つ真紀奈の姿を見る。


 彼女は有土の姿をその目に映すと、花咲く笑顔でその人影を迎えた。


「ゆうくんっ!」


「お待たせ、世良さ───」


「真紀奈、でしょ? ゆうくんには、わたしのこと名前で呼んで欲しいな」


 あれから有土は真紀奈の好意を受け止め、晴れて二人は恋仲となった。


「ごめん。そうだったね、真紀奈」


「えへへっ」


 有土にとって意外だったのは、真紀奈が渾身的な性格に加え随分と積極的な性格に変わったことであろうか。


 自重しなくなった……という表現は言葉が悪いだろう。


 彼との間に壁が無くなった真紀奈はかしこまらなくなり、屈託の無い笑みを絶やさず彼に甘く身も心も寄せていた。


「あかねちゃんに渡された服着てみたんだけど、どうかな?」


「うん、可愛くてよく似合ってるよ」


 真紀奈は花柄のワンピースに白いニットカーディガンを着たファッションで着飾っていた。


 淡いピンク色を基調としたワンピースの襟元や裾には可愛らしい二重のフリルがあしらわれ、胸元には大きなフリルとリボンが添えられている。


 ワンピースと同じく腰元まで広がる白いロングカーディガンは、ピンクに花咲くワンピースを束ねるようにふわりとシルエットをまとめ上げ、ミルクティーカラーの髪の色も相俟あいまって全体を通して明るめな印象を作り、清楚かつ可憐なコーディネイトにまとめ上げていた。


『有土、お前は様式美というものがどれほど大事なのか、まるでわかっちゃいない! いいか、ロボットものにおいてのバトルスーツは鉄板鉄則、必需品だということが何故わからない! お前はメカに乗る少女達が着るあのレオタード調のボディスーツこそが、あの浮き彫りになるボディラインとハイレグの曲線美こそが、ロボットものをロボットものたらしめるものなのだと何故わからない!!』


『あら相為くん、それこそナンセンスよ。だから貴方は黙ってればイケメンなんて言われるのよ。この場において必要になるのは、真紀奈の魅力をいかに引き出せるかじゃない。肌着一枚も同然な格好だなんて恥ずかしい格好、小郷くん一人が相手ならまだしも、大衆の前でなんて嫌がるに決まってるじゃないの』


 なんでも、有土が『武装義躰エクスマキナ』の機械部分を製造していた間に、真紀奈の外見の部分でフィクションの定石を求める道定と、ファッションを担う身としてのプライドを持つあかねの間で、ちょっとした口論になったらしい。


「コンタクトはしてくれてるかな? それじゃあ、こっちがヘッドドレス。これが空を飛ぶ時の空気抵抗とか気圧差や温度差、それにある程度のビームレーザーの対策が出来る電磁防御壁───反衝撃波DS バリアシールドを展開してくれるものになってるよ。それと、こっちのウェストポーチが『世界樹ユグドラシル』を積み込んだメインウィングになるものだよ」


 結局、真紀奈本人の意見も考えた結果、インナーにボディスーツを着用して、その上にめかし込み、そして空気抵抗などの機能面は有土の開発でカバーする方針となった。


 開発の後半ではあかねの指導を受けながら、『武装義躰エクスマキナ』はデザイン面も考慮された作りに完成した。


「ありがとう、コンタクトはさっき付けたよ」


 花を型取りリボンの装飾が施されたヘッドドレスを有土が真紀奈に冠する姿は、新郎が新婦へベールアップをする光景に似ていて、彼女は恍惚な表情でその手を受け入れる。


「今日は『武装義躰エクスマキナ』の稼働から空を飛ぶ練習までだから、難しく考え過ぎなくて大丈夫だよ。何も恐いことは起こさせないし、絶対にさせない。俺も全面でバックアップするから、真紀奈の思うように色々とやってみて欲しいな」


「うん……それじゃあ、がんばるね」


 ウェストポーチを腰にはめてから、グッと自分の正面で小さく拳を握り、真紀奈は気合を入れる仕草をしてから大きな深呼吸を一つ吐いた。


「添氏さん、小郷です。世良さんの準備が整いました。これより武装のエクスチェンジを行いますので、その測定の後に飛行実験へ移ります」


『かしこまりました。代表と共に観測致します』


 第一管制室側の準備を確認した有土は意を決するように大きく息を吸い込み、そして第一訓練場全体に響き渡る凛とした声で真紀奈に号令を出す。




「───『武装義躰エクスマキナ』起動!」

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