5 / ⅱ - 命を救う1秒 -

 凛としたアルトボイスが画面越しに伝わる。


 落ち着きのあるその声に動揺を宥められるように、有土は一呼吸すると要件を簡潔に答えた。


「小郷です、お忙しいところ申し訳ございません。今から五分ほど前に所属不明の無人航空機の墜落事故が発生しました。私の身体は無事ですが、付き添いの世良真紀奈が救急を要する状態です。彼女が国防局の所属でもあり、手足のは事情があると判断し、国防局最高司令官、並びに代行の判断を仰ぎたく連絡させていただきました」


 矢継ぎ早となってしまったが、状況説明と連絡の経緯を話した有土は、真紀奈の安全確保にはやる気持ちを抑え、画面の向こうの責任者から指示を仰ぐ。


『そうですね、まずは冷静に。有事の際だからこそ、今は落ち着いてください。深呼吸をし、正常な判断が下せるまで呼吸を整えてください。今から小郷様には指示を出しますが、一刻を争う事態であればこそ、その身を第一に考え無理のない行動をしてください』


「っ、は、はい」


『最初の十数秒を犠牲にしても、その後に貴方様が冷静に動ける数分で救える命があります。ゆめ、お忘れなきよう』


 有土が勝手に抱いていた印象ではあるのだが、彼の身を案じ感情に訴え掛ける発言を意外と思ってしまう。


 冷静だが冷酷ではない懇切丁寧な言葉が、彼を支えその背中を押す。


『世良様のご容態ですが、呼吸は出来ておりますでしょうか』


「はい。現在は寝入るような小さな呼吸を繰り返しております」


 最悪を想定しなくても良さそうだ、と小さく安堵の笑みを浮かべて添氏の言葉は続く。


『現在の場所が第七整備場とのことですが、『機動装甲アルカディア』は近くにございますでしょうか。安全装置セーフティーの一つに緊急検査装置があると聞き及んでおりますので、まずはそちらで世良様の頭部CT検査を行い脳溢血の確認をし、結果をリアルタイムでこちらに送信してください。彼女にMRIの使用は厳禁ですので、それだけは絶対にしないよう、よろしくお願い致します』


「承知しました。これより作業に当たります」


 彼は真紀奈を抱えながらJBのコックピットへ入り、彼女を膝に乗せて座ると椅子の上部にある楕円状のゴーグルを引き寄せて、自分の目に掛けて虹彩をスキャンしていく。


《虹彩認証を開始───照合中───管理者アドミニストレイターのものと確認》


 圧縮された空気の抜ける音と共にゴーグルは所定の位置に戻るのを確認すると、添氏に指示された内容を反芻しながら音声操作を行う。


「機動準備をキャンセル。安全装置セーフティー機動、ステータス救急救命、モードをCT検査に切り替え」


 その声を制御装置コントローラー伝いに神経接続ニューラルリンゲージの起動やCCP総合統制装置の設置、EOM運動方程式の算出を自動的に行なっていたJBはその機能を閉じると、操縦席を横倒しに倒して人が仰向けに寝る場所を作り、一見なんの変哲もないコックピットの後部の壁が、非常時を思わせる赤い照明と共に開き巨大な円状の機械がその姿を見せる。


《CT検査を行います。患者を寝台に乗せてください。他に人がいる場合はコックピットから退出してください》


 有土は真紀奈を寝台に乗せて、彼女に被せていたコートを取る。


 真紀奈の腕の裂け目からは血管のように緻密で、しかし非有機的な配色の配線が曝け出されており、肩口は接合場所から先の腕がひしゃげていた。


 脚の付け根に至っては接続部分が露見しており、添氏が厳として禁じた言葉───MRIは磁力を使用した検査故に、ペースメーカーなどの金属機器の使用者には用いてはならない、という意味は言葉を並べるよりも瞭然であり、痛々しい姿の真紀奈を置いて操縦席を発つ有土の顔は、今にも泣き出しそうな遣る瀬無い表情をしていた。


「小郷です。これよりCT検査を実施します」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る