Act - 5 「血の色」
5 / ⅰ - メルトダウン -
蒼歴 九九九 年 二の月
傷を負ったのではなく、
焼け
彼女の四肢は、壊れた。
「……ゆ、うく───……」
結論から言えば、世良真紀奈の両手は機械で作られており、
結論から言えば、世良真紀奈の両脚は鉄鋼で造られていた。
「───世良さん!!」
世界が、灼熱に焼かれる。
天使の残骸からは火柱が上がり、巨大な黒煙がキノコ雲を作る。
爆風が整備場の中を衝撃波と共に轟々と広がり、熱風が暴風になり有土の肌に牙を剥く。
眼前に広がる黒一色に塗り潰された景色は絶望そのものと言っても決して過言ではなかった。
「今、助けに……ッ!」
血の気が引く。
心臓が激しく鼓動するのが聞こえる。
脂汗が頬を伝い、手に汗が滲む。
息を吐き出すごとに呼吸が荒くなり、
恐怖と、自身の避難と、けれど何よりも彼女の救命と、入り乱れ掻き回される思考から一本の細い糸を手繰り寄せ、震える膝を手で押さえ付けながら立ち上がる。
「ク……ッソ、瓦礫が、邪……魔ッ」
耳を
実際には数秒の出来事だったのだろうが、無限の時間にも思えたその地獄が去ったと知覚した有土は、彼女に覆い被さるコンクリートの山を力任せに横へ退かす。
暴発の熱の冷めぬ鋼材を握る手の痛みを気にするのは、時間が惜しいだけ。
はらはらと石片が足元を転がり、彼の一挙手一投足に
肺に吸い込んでしまった砂塵を吐き出そうと大きな咳を二、三しながら、それも
「世良さん、今……ッ!」
必死の末に彼女が弱々しく息遣く姿が見えた有土は、それ故に彼女の惨憺たる姿を見ることとなった。
「……い、や……っ」
漂う鉄分の匂いは流血によるものでなく、彼女の手足を構成していた金属によるもの。
彼女の傷口から溢れていたのは鮮やかな紅ではなく、機械の潤滑を促すドロリとした鈍色だった。
「っいや……、……見、ない、っ、で……」
血の気の引いた真っ白な顔で、弱々しい拒絶の言葉が、廃墟と化した空間に小さく響く。
それは彼女にとって、自身の最も
それは彼女にとって、自分から伝えたかった秘め事だったのかもしれない。
その実情は隠していた、というより話せなかった、という思いから来るものであり、まさかこんな状況で彼に知られるとは予想だにしなかったので、自分の内面……それも奥深くの臆病で繊細な箇所を無理矢理引き剥がされ、削ぎ裂かれた心地だった。
「お、ねが、い───……」
プツリと人形の糸が切れたように、ガクリと彼女の首を支えていた力が失われ、真紀奈の
長い睫毛が潤んだ瞳の水分を目尻に集め、一筋の涙が頬を伝うのを最後に彼女の意識は暗へ落ちた。
ただでさえ、航空機が急降下するという異常な光景を目の当たりにしたのだ。
それに加え、四肢が一度に壊される事態に遭ってしまえば、脳に過度な負荷が掛かるなど言うまでもない。
「世良さん!」
足元の雑多を払い退け、ようやく救護が出来るスペースを確保した有土は、その僅かな空間に身体を入れるべく体勢を二、三
有土は真紀奈の口元に指を近付けて彼女の呼吸を確認した後、彼女を仰向けに変えさせると自分の着ていた
(医薬局に───いや、外傷というよりかは義肢の破損と考えると整備局……違う、その全てを補え、かつ彼女の身柄を保証してる場所───国防局ならっ)
元々身長差のある有土の大きめなコートは、真紀奈のシルエットを隠す形となる。
出来得る限りは今の彼女の姿を晒さないようにと意識しながら、彼はそのまま己の右腕を彼女の背中に、そして左腕を脚の付け根へと伸ばして少女の華奢な身体を
起き上がり彼女の確保を確認してから、彼は
「天門よ
こういう使い方をするとは自分でも思わなかったと、しかし苦笑している状況下ではない。
音が金属に反射し錆の中へ溶け込み、数秒の後にアナウンスが流れた。
《管理者情報を承認。指示内容を承諾》
注意喚起のけたたましいサイレンとランプが第七整備場内を埋め尽くし、彼等の足元を揺らしながら、ベルトコンベアは『
《第七整備場、展開します》
第七整備場からの退路を確保した彼は、救援連絡をすべくNLCディスプレイを立ち上げる。
責任者への報告と、救助要請と、原因の調査の依頼と……有土は一つの結論に辿り着くとすぐにコールを出した。
『添氏です』
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