5 / ⅲ - 張り詰めた神経は、細く、脆く -

『お疲れ様でした。お辛い役目を課してしまいましたね』


 コックピットを閉めた有土は、そのむねを添氏に報告する。


 五分もあれば検査結果がわかると説明する言葉を聞くまでは、生きた心地がしないという言葉が合うような心境だったのだろう、彼はようやく一心地が付いた。


 自分の両手を合わせる指先に、知らず力が入る。


 不安感と焦燥感を混ぜて大きく息を吐き、祈りの姿に似た構えから額の汗を拭ってこれからの動きを尋ねる。


『こちらからは、世良様の医療班と墜落した航空機の所属を調べるための調査隊を向かわせております。しかし救命装置の充実と、何よりも小郷様のファーストアクションが適切に行えておりましたので、CT検査の結果次第では医療班を途中で帰しても問題ないかもしれません』


 有土の救護措置で添氏の負担もかなり軽くなったと、慈愛に満ちた声で彼の雄姿を労わる。


 そうしている内に診断結果が出たのか、告げる声には安堵の色が伺えた。


『結果が出ました。安心してください、脳溢血はありません。寝入るような安らかな呼吸とのことでしたので、恐らくは一過性意識消失発作───えぇ、言う所の一般的な失神状態です。小郷様の尽力により救急車の役割は代行できましたので、気道を確保し過度な衝撃を避ければ救急搬送でなくても問題ないと判断致します』


 墜落事故による最悪の事態は逃れたとの診療に、思わず全身の力が抜け膝から崩れ落ちる。


 緊張の糸が解け知らず涙が溢れる有土は、よかったと、助けられてよかったと、その短くも命を双腕に乗せていた重みの末の言葉を、何度も何度も噛み締めるように繰り返していた。


『医療班は現在、国防局災害対策本部からそちらへ向かわせておりますが、もしかすると小郷様が直接、国防局医療棟へ向かわれた方が早いかもしれません』


 応急手当を終えた有土に、添氏は次いで移送の指示を出す。さきの発言の意図はここにあったのだろう。


 有土に選択肢を提示する言葉が続いた。


『我々としましては、墜落事故の調査隊に第七整備場の現状を知る小郷様、もしくは相為様の同席がございますと円滑に進めることが出来ます。一方で、小郷様に世良様を輸送頂けますと医療班に帰還命令は必要になりますが、何より世良様の迅速な入院が可能です』


「ありがとうございます。では相為を第七整備場へ呼び、私は空中浮遊型バイクを使用し世良さんと国防局医療棟へ向かいます」


『よろしくお願いします。繰り返すようですが、気道を潰さないようにお気を付けください。職員へ身柄を引き渡すまではこの連絡を閉じないよう、私も見ております』


「承知しました」


 有土はJBのコックピットへ戻り、自分の上着で痛ましいシルエットを隠すように、真紀奈に被せて彼女をかかえると、工房の脇に置かれた空中浮遊型バイクまで静かに移動し、そのサイドカーへ身体を静かにもたれ掛けさせる。


 そしてシートベルトで彼女を固定してから、火狭ブランドの刺繍が施された革グローブを装着してヘルメットを被ると、彼もまたバイクに跨りエンジンを掛け単車を機動させる。


「という訳だ。ここは任せた」


『はいよ、今から第七整備場に向かうわ』


 音通りに煌々と音を発し空気を熱しながら機体は上昇し、頭一つほどの高さまで浮かびホバリングする。


 空中で体勢を整えた有土はハンドルを握り第七整備場を後にする。


 道定との通信はたった二、三の言葉で終わった。


 彼がどこから有土の通信を傍受していたかなど気にしていないし、有土自身、意図して通信を遮断しない限りは道定に話が伝わっているものと認識している。


 班ではなく隊を編成して向かってきているということは、相応に重要な事件と認識しているのかもしれなくて、だからこそ一を聞いて十を知る相棒になら任せられると、有土は遠慮なく目的地まで急ぐ。

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