3 / ⅲ - その手が望むもの -

 戦争が始まって以来、完璧防壁、完全中立国、絶対不可侵区域と称される『アンゲロス』で、たった一度だけ死者を出した軍事的事件が起こった。


 それが『失楽園ディエス・イレ』───『アンゲロス』国内で次世代兵器の開発に失敗した研究棟が半径数キロに被害を及ぼす爆発事故を起こしてしまったのだ。


 それ故に『アンゲロス』には家族を亡くした者、そして真紀奈の目指す義肢技術師を求める者も少なくない。


 有土も当事者の一人なので学生寮に住まう一生徒として籍を置いているが、特定の局には属していない。


 相応の理由があってこそ真紀奈は国防局の一員になっているのだろうが、有土の予想に反してその答えは否だった。


「でもね、国防局の皆さんも国防局長さんも、訓練に参加しろみたいに言ってわたしをどうこうしたりはないんだ」


 いわく、今までに訓練に参加したことはないらしく、どうやら義務のようなものも無いらしい。


 強いて言えども、真紀奈本人の意思で国防局に属する医療従事者や義肢技術師の業務を見学していた程度であり、「国防局施設に立ち入りを許可された一般生徒」と考えて問題ないらしい。


「前に理由を聞いてみたことがあったんだけど、最高司令官じゃないとわからないって」


 国防局最高司令官───つまりは光皆ならば真紀奈を囲い込んでいる理由がわかるらしいが、教練などを行っていない以上は彼女を戦力として扱っていないと考えるのが妥当だろう。


「ここ国防局では『失楽園ディエス・イレ』の被災者支援のための研究もしててね、その中に義肢技術に特化した開発もあるんだ」


「へぇ、そうだったんだ」


 真紀奈が態々言うまでもなく、義手や義足を必要とする人は過去の傷痕、即ち『失楽園ディエス・イレ』で深い痛みを負った人に宛てるだけでなく、現在、そして今後、国防に携わる以上は現るるであろう戦傷者の為の技術にもなることは想像に容易い。


 他人に寄り添い助けられる仕事がしたいと言っていた彼女の背景には、きっと生来の優しい性分もありながら、誰かの為に身を粉にする大人達の背中をここで見て育ったのも理由の一つにあるのだろう。


「でも整備局の花形は次世代機の開発だから、小郷くんに比べると華やかさはないけどね」


「そうかもしれないけど、世良さんの夢だって素敵なものだと思うよ」


「ふふっ、ありがとね」


 鈴がチリンと鳴るように小さく微笑む真紀奈を見ると、釣られて有土の頬も緩む。


 そのまま真っ直ぐ彼女を見送ったと言った有土に、厳しめの言葉が投げ付けられる。


「……で、世良さんをふっつーにそのまま送った足でここに来たのか」


「なんだよその言い草は」


 五勤二休の七曜制を体制とする『アンゲロス』の週末、二日間の休日を共に過ごした相棒の行動が解せぬと言いたげな様子で眉をしかめる。


「別に連絡だけ寄越せばそのまま一緒に過ごしてればよかったじゃん。そうすれば今頃『ゆうべはおたのしみでしたね』って全力で煽ってやれたのに」


「ばっかじゃねーの」


 休日を終えた平日の午前中。


 彼等は授業を免除され『機動装甲アルカディア』の調整に打ち込んでいる。


 加えるならば、この時期の教育課程は『優等生セレクター』には関係のない大学部への進学試験準備期間ということもあるので、その方が彼等に益があると判断されたのだろう。


「で、『千紫万紅いぶさき』の製造はどんなもんよ」


「ん? あぁ、完全完璧にバッチリ完成済みさね。JBの切り札になるようなモノだし、起動条件もちゃんと詠唱による音声認証にしてるから安心しなって」


「おいばかじゃねーの? ばかじゃねーの!」


 ケラケラと快活に笑う道定に思わず言葉を失う。


 お疲れ様の労いの言葉も、仕事が早くて助かったという褒め言葉も掛ける気もどこかに消え、しかし確かな成果物を目の当たりにすると貶し言葉も掛けられず、行き場のない感情だけを乗せて大きく溜息を吐いた。


「最高の賛辞として受け取っとくぜ」


「覚えてろよ……ったく」


 有土も、平時ならここまで取り乱すこともなかっただろう。


『───おはようございます、小郷様。模擬戦の準備は整っておりますでしょうか』


 そう、今日は模擬戦の当日。


 『アンゲロス』重役の使用する優先回線からの連絡がその現実を告げていた。

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