3 / ⅱ - 友曰く「万物の根源は海にあり即ち水滴の要素は生物的な衝動を掻き立てつまり濡れ透けってエッ文字数 -

 一般人に開放されている体育館やプールが第三訓練場、国防科の生徒達に貸し与えているのが第二訓練場。


 そして国防局に属するものが使用するのが、第一訓練場である。


「小郷有土と申します。世良真紀奈さんにお会いしたいのですが」


「あら、真紀奈ちゃんに?  真紀奈ちゃんならプールにいるから入っていいわよ。今日は水泳の補講とかじゃなかったかな」


 有土は受付の女性に入館許可の事務手続きを済ませてもらい奥へと進む。


 まさかむさ苦しいトレーニングルームの中で腹筋の割れた真紀奈が有土の体重よりも重量のある重しを乗せた機械で鍛えているのではないか……などと一瞬でも考えてしまったが、そんな杞憂はまさかで済んだらしい。


「こんにちは、世良さん」


 声を掛けながらプールに顔を覗かせた彼は、目的の人の姿を捉える。


 そこにいた真紀奈の姿はいつも通りの華奢な……いや、予想以上の容姿だった。


 普段は長袖の制服とタイツに覆われた白磁が、今は藍の先から露わになっている。


 一番先に、そして一番鮮明に眼を惹いたのが彼女の四肢で、スラリと腕元から指先まで滑らかで淀み無く、腰元から脚先まで流れるような透き通った柔肌はまるで白磁で作られた人形を見ているかのようだった。


 普段が黒いタイツで隠されているだけに白黒のギャップは鮮烈で、純一無雑、無垢そのものを見せられ、魅せられたようにも思える。


 首元から肩先、そして下は脚部の根本まで身体のラインに沿うように密着された水泳着は、泳ぐ為の教育的基礎を元に計算されており、肩部や腰回りにヒラリと縫い付けられたフリル調の飾り布は、年頃の女子に対する羞恥心の緩和とデザイン性を備えている。


 故意ではないが先日に見た下着姿からしても、真紀奈はかなり着痩せするタイプなのかもしれない。


 それは細かなレースやフリルで飾られたパステルカラーの淡いブラジャーではなく、濃紺のはっきりとした色調でシルエットをダイレクトに映し出す水着姿だとより顕著に表れる。


 幼さとあどけなさの残る顔にグラマラスなボディというアンバランスさが背徳感のスパイスを効かせた蠱惑的で扇情的な焦燥を駆り立てる。


 当人は無意識であろうが、プールの水が滴り描く曲線美は普段の小動物的な可愛らしさが印象的な真紀奈からは考えられないほど挑発的なものだった。


『……いいか有土。スク水が魅力的なのは自明の理だが、それがなぜだかはわかるか? 俺は敢えて言うなら“凹”だと思ってる。スク水はボディラインに沿った造りになるといっても、完全に人型になるわけじゃない。たまーにエロ本とかエロゲーとかで胸のラインまでピッチリクッキリし過ぎたデザインとかあるけど、そんなのは裸に紺色のペンキを塗ったただの痴女だ。だが現実はそうじゃない。胸の間、脇のライン、そしておしりの中央から真っ直ぐうっすらと窪むシルエットが最高にエ───……思い出しただけでも頭が痛くなってくると、有土は彼の言葉を脳内で言い終わらせる前に思考をぶん投げる。


「こ、小郷くん? どうしたの?」


 有土は数秒返答に迷ったが、恐らくこの場合の質問は「何かやましい考え事をしているのか」ではなく「なぜこの場所に来たのか」であろう。


「火狭さんに頼まれたんだ。夜も遅いしよかったら送るよ」


「ありがとうね。嬉しいな」


 有土の元へ寄った真紀奈は、彼の様子が普段と違うことに気付く。


 いつもより眼がそっぽを向いているように思えるし、心なしか顔を赤らめてる気も……。


「お、俺はここで待ってるから」


 彼はそう言いながら、プールサイドにある貸タオルを真紀奈の全身を隠すように掛ける。


「〜〜〜〜〜っっ!!」


 そこで彼女はようやく、今の自分の姿が布一枚で肌色が多いことを思い出し、恥ずかしさで声にならない悲鳴を上げていた。


「……火狭さん、もしかしてこうなること知ってた?」


 真紀奈は更衣室へそそくさと移動し、一人取り残された有土は誰に宛てることもなく嘆息と共に独り言を零していた。


「おっ、おまたせだよ」


 制服姿に着替えた真紀奈が、先のことがあってか自分の格好を確認しながら有土の元へ歩む。


「なんだかごめんね、小郷くん忙しいのに」


「いや、今は特に急いでやることもないし大丈夫だよ」


 晩御飯は寮で食べるのかと尋ねる有土に、真紀奈はそのつもりだと返事をする。


 そんな彼女の返答や表情が少し驚き色を見せていることに彼は気付いた。


「……なんか変なこと聞いちゃった?」


 そんなことないよと首を横に振りながら真紀奈は言葉を続ける。


「ただ、聞いてこないのかなーって思って。どうして国防局に配属されてるのかとか」


 その言葉を聞いて有土は納得する。


 確かに国防局に籍を置いている生徒が整備科に属するなどという話は聞いたことがない。


 ただならぬ理由がありそうとは思ったものの、それを不躾に根掘り葉掘り聞こうとは思っていなかった。


「無理強いして聞くつもりはなかったよ。ただ、もしそれで悩んでることがあるなら、一人で抱え込まずに話してくれたら嬉しいな」


 手を差し出す真似事は出来ただろうかという有土の懸念に対する返答は、真紀奈の肩の荷が下りたかのような穏やかな笑みだった。


 彼女は小さく息を吐いたのち、あのね、と言葉を綴り出した。


「わたしは、みんなの前に肌を出すのが恐いんだ。だから先生にお願いして、国防局の担当者さんに個別で授業を見てもらってるの」


 それは恐らく、コンプレックスによるものなのだろう。


 他人には長所に見えても当人の意である以上、例え有土の目にはその白い肌が美しく見えても無神経に褒めるのは逆に傷口を抉る事態になり兼ねない。


「わたしは『失楽園ディエス・イレ』で両親を亡くして、その時に国防局に引き取ってもらったの」

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