3 / ⅳ - その手で掴むもの -

『予定時刻の半刻前となりましたのでアナウンスさせていただきました。相為様もご同席されていらっしゃいますようで助かります』


 有土を理性的に戻したのは、知的の表現が似つかわしい凛としたアルトボイス。


 NLCディスプレイ越しに見せる表情は感情の熱気に満ちた男子を見ると随分と冷ややかな、しかし侮蔑などの感情は無くあくまで子供の喧騒だと言わん様子で、彼女は淡々と言葉を続けた。


「おはようございます、添氏さん。ご連絡いただきありがとうございます」


 見苦しい真似をお見せしましたと謝罪する有土に、添氏は文字通り目を瞑ってコクリと小さく頷く。


『本日の『機動装甲アルカディア』機能テストにあたりましては、搭乗者は小郷有土様、オペレーターは相為道定様でお間違いないでしょうか』


「はい、問題ございません」


 添氏に事前に提出した書類を元に、テスト前の最終確認を行う。


『相為様。オペレーションを行うにあたり、代表より第二管制室までの入室許可証の発行が許可されております。ご使用の際はお申し付けください』


「お心遣い深謝致します。ですが皆様のお手を煩わせることの無いよう、私の方でこの第七整備場内で準備を進めて参りましたので、今回はお心配りのみを頂戴したく存じます」


 普段の態度からは考えられないほど丁寧な姿勢を見せる道定に、有土は思わず面喰ってしまうがそれも一瞬で、思えば当然のことであると納得した後は表情を戻し画面の添氏を見やる。


『お二方の確認が出来ましたので、これより代表をお呼び致します。それでは開始のアナウンスまで暫しお待ちくださいませ』


 その声で通信は切れると、数秒の後に緊張の糸が緩んだような安堵の空気が流れる。


 視線が合い何を悟ったのか、添氏に対して取っていた真面目な表情をわざと見せる道定を見ながら、皆の言う通りこいつは黙っていれば顔は良いのにと有土は溜息で返事をした。


「んじゃ、そろそろ用意しようぜ」


 そう言っていつもの調子に戻った道定は自分の持ち場である八面ディスプレイのある椅子にもたれると、その場で手早くレーザーキーボードを叩く。


「ほい。それじゃ宝剣『千紫万紅いぶさき』の詠唱もあるし、発声練習を兼ねて有土に音声認証をお願いしよっかな」


「お前、人が忘れたかったことを……」


 夢ならどんなに良かったかと思いながらも咳払いをし喉の調子を整えている様子を見るに、なんだかんだで逃れられない災難を受け入れようとしているのだろう。


「───天門よ開闢ひらけ、我は天使を超越せし者なり」


 有土の声が第七整備場内に反響する。


 音が金属に反射し錆の中へ溶け込もうかというその時、どこからともなくアナウンスが流れた。


《管理者情報を承認。指示内容を承諾》


 注意喚起のけたたましいサイレンとランプが第七整備場内を埋め尽くす。


 数秒の後に巨大な音を響かせるその光景は、第三者が仮に居ようものなら度胆を抜かすことだっただろう。


《第七整備場、展開します》


 弩弩弩ドドドと地鳴りが起こり彼等の足元を揺さぶる。


 まるで整備上そのものが鋼の獣であるかのように大きく咆えながら、その場は一変する。


 鳴動の正体は駆動したベルトコンベアで、雑多に積み上げられていた鉄屑は壁際に掃かれる。


 余白の出来た床下が蓋を開けると、JBの足元を起点として二本一対のレールが伸びていく。


 一体全体、如何様にしたら廃材置き場も同然この場所が列記れっきとした滑走路に変形させることが出来るのか。


 それを知る術は同じく瓦落多がらくたから『機動装甲アルカディア』を作り上げた有土と道定にしかないのだろう。


 有土はそのレールの起点まで歩み、鎮座するJBの胸部にあるコックピットに乗り込むと、内装の中央に設置されている椅子に座り、メインシステムの中央に取り付けられているボタンを押す。


 電子音がJBの中に響き、電源が始動したことを知らせる。


 続いて椅子の上部にある楕円状のゴーグルに手を伸ばし手で引き寄せて自分の目に掛けると、それは可視レーザーで有土の虹彩をスキャンしていく。


《虹彩認証を開始───照合中───管理者アドミニストレイターのものと確認》


 圧縮された空気の抜ける音が少しだけすると、そのゴーグルは所定の位置に戻る。


 ただそれだけの為に作られたもの、と言えば大袈裟な設備かもしれない。


 しかし虹彩は手術等での偽装は極めて困難なものであり、他の検証では難しい一卵性双生児ですら判別が出来る。


表示装置グラフィック・デバイス、作動」


 セキュリティチェックを済ませ、続いて音声認証によって起動準備を進める。辺り一面が白転ホワイトアウトし程無くして映像を表す。


 JBの内壁に設置されている表示装置グラフィック・デバイス───この場合は液晶型表示装置なので、普段使われているNLCディスプレイとは異なる───は、JBに装着されたカメラによって、外界の三六〇度を映している。


 有土はメインシステムに指先でタッチをするような仕草で、NLCディスプレイを一つ展開させると、耳元にあった通信機と同期させる。


『……こちら相為道定。聞こえるか? コンディションも何かあったら教えてくれ』


「こちら小郷有土。ちゃんと見えてるし聞こえてる。コンディションの方も『私の心は曇り空いつも通り』だよ」


 彼との音声通信が正常に機能していることを確認した有土は、それを表示装置グラフィック・デバイスの一角と重なるように置くと、


「こっちはスタンバイ出来てる。あとはそっちに任せるが、大丈夫か?」


『うぃ』


 適当な返事ではあったが、通話越しでは道定が手早くキーボードを操作しているのがわかる。



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