2 / ⅶ - 説話の読み手 -

 ケラケラと笑いながら、道定は第七整備場の廃材の山を分入る。


 ガラクタを積み上げた山を掻き分ければ、この処分場の一端に似付かわしくないほど上質な椅子が佇んでいる。


 彼はそのまま掃き溜めの鶴にもたれ掛かり、合成皮革のシートの肌触りに満足気な表情を見せる。


 次世代兵器開発用の整備場が第一整備場、輸出用航空機の整備場が第二整備場なら、第七まで格下だと最早廃材置場に近い。


 ここは今や有土と道定がJBの専用整備場として無断使用……もっと言ってしまえば占拠しているのだが、しかし仮に勝手に使われたとしても誰も何も困りやしないような場所なのだ。


「さーて、それじゃあ浪漫の時間と洒落込みますか!」


 そして道定が椅子の肘掛けにあるボタンを押した刹那、爆発にも似た閃光が辺り一面を白く塗り潰す。


 光の眩しさに目を慣らせば、そこには白い壁が広がっていた。


 その存在を見慣れていなければ、それがNLCディスプレイだと理解するのにどれほど時間を要するだろうか。


 けれども認識の先にあるのは、巨大な八面鏡など、それを稼働し得るハイエンドスペックのコンピュータなど誰が使い熟せられるのかという困惑ばかりだろう。


 だが、しかし。


 彼は違う。


 道定なら、道定だからこそ、その荒唐無稽を翻せる。


 絵空事を実現し得るには、同じく夢物語を扱い切れるだけの技量が必要なのだ。


「さて……JBの機動演算式を展開。平型両手剣ザンバーとの接続コードを追加改修、そして駆動時の物理演算エンジンに条件分岐を追加し、運用時の反動予想に対するエンジンブーストの機能を追記。ソースコードはマッピングして部位ごとにモジュール化して連結……よし、基本設計の大まかな書きっぷりはこんなもんか。後は詳細設計書を作って、VR開発環境下でプログラミングとシミュレーションテストの実行、それが終わったらJBモノホンへ移行して───は? 製作期間ロクにねーじゃん馬鹿じゃねーの?」


 嬉々とした様子で悲鳴を上げて満面の笑みで愚痴を零す。


 そして彼の悪態に合わせて八面のNLCディスプレイ上には次々とウィンドウが浮かび上がり、みるみる内に形作られていく。


 まさか変態的という言葉が褒め言葉になるとは思わなかったと、有土が浮かべる表情は喜色や称賛ではなく、失笑と呆然にも似た色だった。


「で、宝剣『千紫万紅いぶさき』の起動条件はやっぱり音声認識だよな! 詠唱シーンは絶対に外せないから、その辺は有土に頑張ってもらおう……お? 別に俺が本番は言う必要はないんだし、そしたらこの際、思いっ切り恥ずかしい台詞に設定してもいいんじゃないか!?」


「おい馬鹿やめろ、やめてください」


 冗談だとは思うが、しかしノリでここまで作った前例がある以上、彼奴あやつならやりかねないという考えは拭い切れない。


 果たしてどこまでが本気なのやら、道定が少年心の赴くままに電子キーボードを叩く姿を見て、有土は小さく溜息を吐いた。


「道定、戸締り任せてもいいか?」


「今は俺のタスクしかないから大丈夫だよー。小郷せんせーはしゃぶしゃぶしてくるん?」


「まだそのネタ引っ張んのかよ」


 良い子はもう寝る時間だからと軽口を叩く有土の言葉通り、時計を見れば既に日が跨いでいる。


 それもそうかと彼の背中を横目に、道定はディスプレイに映された作業を続ける。


「さてさて、何か作業のお供になりそうなものはないもんかね」


 彼は無音での作業を嫌うきらいがあり、主にエロゲーをしながら、たまに配信動画を流し見したり、時には好きな曲を二、三曲に絞ってヘビーローテーションしながら作業をする時なんかもある。


 今日は匿名チャット掲示板に入り浸る気分だったらしく、今夜はどんな話題で盛り上がっているのか、と一覧を眺める。


 流行りのアニメの最新情報について、今日のスポーツの結果について、他にも政治やファッションからイマドキの話題が溢れている中で、一つ異彩を放つタイトルを見付けた。


「『スレ主乙。今になって“血染め委員長”の名前を挙げるとか、どったのよせんせ?』っと……いやはや、随分と久しく聞いてない名が出たもんだな」


 あくまで作業の片手間にだが、道定はその掲示板へコメントを残す。


 そこは学校の噂というカテゴリの中、彼が喰い付いたのは少し前に話題になっていた一人の生徒についてだった。


 当時の学生の間でその名を知らぬ人はいない───そう恐れらるるその名、“風紀ヤクザ”、“赤の学ラン”、“血染め委員長”───物騒な名を冠するものの、その者は決して悪などではない。


 が、しかし。


 しかしながら、である。


 だからと言って彼を一介の風紀委員と呼ぶには、あるいは他の人よりも熱の入った好青年と、未来ある若者の手本となる正義の味方と呼ぶには、あまりにもむごい。


 そう、むごかったのだ。


 彼の偉業、異業は今から三年ほど前。


 それを説明するには一言で足りるのだが、とてもではないが信じられる話でもない。


「『風紀ヤクザの次代でも出たの?』『いや、今になって悪さしようとする命知らずなんていねーって』……へぇ、流石に有名人だけあって結構レスポンスしてる人いるのな」


 “一人の風紀委員が、素行の悪い学生全員を更生させた”───など、何かの悪い冗談だと一笑して一蹴してしまえるのなら、そうしたいに決まっている。

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