2 / ⅵ - 神話の作り手 -







 その名『J.B.9029』


 有土の言う玩具。


 道定の言う浪漫。


 彼等の『優等生セレクター』たる由縁にして、光皆の称する『新たなる鋼鉄』。


 そこでは神像のような堂々たる人型の鉄塊が鎮座していた。


 それは……いや、先程は神像と述したが、民草を導く神々しさよりは、闇を祓い悪を屠る猛々しさ、荒々しさ、そして雄々しさのある勇者然とした巨像と謳うべきだろう。


 JB─── Jet Black漆黒の名に相応しい、まるで闇そのものを素材に端正に磨かれた顔立ちに、無駄の一切が削ぎ落とされたクロムニッケルの煌くボディは、夜闇を纏いながらも街頭の明かりで薄っすらと光沢を見せる。


 関節部分の随所にあしらわれた黄金の輝きが、巨躯ながらもスマートな全身を殊更に引き締まらせるように存在感を魅せる。


 まるで今にも動き出しそうな。その言葉を贈るのは何よりの賞賛となるだろう。


 そしてその「もしかしたら」の夢物語を作り上げてしまう人こそ、新世代の先駆者と呼ぶに相違ない。




 『機動装甲アルカディア




 一度でも戦場に君臨しようものなら、桁外れの機動力や機能性、それらのもたらす制圧力と武力を遺憾無く発揮させることの出来る、次世代型の最強兵器と称される机上の空論……否、想像の産物だったもの。


 それは天使を名乗るにはあまりにも巨大で、強大で、脅威にすら成り兼ねない。


 故にそれは福音をもたらす天使を凌駕し、超越し、圧倒する存在として、天使の名でなく、天使の住まう場所そのもの、『理想郷アルカディア』の名が冠せられている。


 それを記するならば、くろがねの鎧騎士。


 それを言うなれば、機械仕掛けの甲冑人形。


 それは謂う所の───“巨大ロボット”だった。


「あぁ……やっぱ何度見てもたまらないなぁ! この曲線美、この無駄の削ぎ落とされたシルエット。俺が思うにゴツくて筋肉質なボディもそれはそれで堪らんのだけどさ、スマートな機体からだに超大な重火器っつーアンバランスさこそ、人間には出来ない、ロボットにしか作れない魅力だと思うんだよ」


 恍惚な表情でJBを見上げながら語る道定に、その話は何度も聞いたと有土は適当に相槌を打つ。


 その巨躯を改めてよく見れば、人間でいうところの腰骨にあたる部分には大きさの違う二丁の銃が格納されており、なるほど確かに、鋭利なボディは左右対称であるものの、全体を見るとアシンメトリーなシルエットを作っている。


「あとはこう、背中に斜め掛けするように平型両手剣ザンバーを構えさせれば完璧だと思うんだけど、どうですかね小郷先生? 宝剣『千紫万紅いぶさき』の製造を改めて申し出たいのですが」


「いや知らんて」


 わざとらしい口調で無茶振りをする道定を、慣れた調子で有土はあしらうが、半面、どうせいつかは作る羽目になるのだろうと、そしてきっと、今後も彼が新しいゲームをやる度に影響されて我儘は増えていくのだろうと、諦観の眼差しで明後日の方向を見ていた。


 そう───道定が作りたいと言う宝剣も、更に言えば『J.B.9029』といういかにもな名前も、根本を言ってしまえばこの『機動装甲アルカディア』すらも、特別な意味があって製造したわけではない。


 その名の意味、その存在の意味も、夏休みのある日に突然、道定が言い出したのだ───「『機動装甲アルカディア』もののエロゲーは燃えるし萌える! これからの時代はロボットものだと思うんですよ、これはもう自分達で造るしかないと思うのですよ!」と。


 そういった類のゲームパッケージを片手に、なぜか丁寧口調で。


 それゆえに有土はどんなに精巧に造られ、完成度が高い機械兵器になろうともこれを玩具としか述べられなかった。


 否、この経緯を国の賢人達に説明出来るわけもないので、そう称する他になかったのだ。


「とはいえ……うーん」


 しかしながら、だ。


 お遊びで作ったものとはいえ、お巫山戯ふざけで造ったものとはいえ、光皆はこれを評価し、その全貌を、全力をご所望である。


 ならばこちらとしても出し惜しみをせず、全身全霊を以って考え得る最高の状態で演習をするのが妥当であろう。


「わかった、どうせ造るなら演習でブン回せるようにするか」


「その素晴らしい手の平大回転は嫌いじゃないよ。それと勘違いされちゃ困るから一応言うが、宝剣『千紫万紅いぶさき』の名前はエロゲーじゃなくて音ゲーがモチーフだからな。美しき百合コンテンツに竿が入るのは無粋、不純物、許されざる逆賊もいいところだ。その超えちゃいけない一線は、よくよく覚えておいた方が身のためだから努々ゆめゆめ忘れるなよ」


 そうじゃないと夜道は背中を気にしないといけないなんて道定は言うが、刺されるだなんて大袈裟な……そう口にしてしまっては火に油だと思い、有土は代わりに溜息を一つ吐いた。


「ハーレムものなんかでは女子二人が主人公といいことをするシーンがあると思う。けどな、男子一人を女子達で取り合うのと、女子同士の仲に野郎が割り込むのとでは好意の方向も行為のベクトルもまるで違うんだよ」


 曰く、それを抑えられず、控えられず、弁えられずに「あの間に入りたい」なんてぬかす輩は盛った猿と呼ぶのも贅沢で、そんな獣慾じゅうよくの塊は馬に蹴られて死んでしまえとのこと。


「馬に蹴られて骨になれ。まさに馬の骨ってな」


「いや別に大して上手いこと言ってねーからな?」

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