1 / ⅺ - それは優しいだけの人が作れる視線ではなく -
「ごめん、言い過ぎた。まきなはずっと頑張ってるんだよね」
もしかしたら真紀奈にとっては、今こうして彼と一緒にいるだけでもいっぱいいっぱいなのかもしれない。
「ううん、大丈夫だよ。わたしもあかねちゃんがチャンスを作ってくれてるのはわかってるし、すごく助けられてるから」
そうだ。
頑張っているから十分だとこの好機をみすみす手放すようでは、それこそ今までとなんら変わりがない。
「私もこれ以上とやかく言うつもりはないから、一緒にカフェに行って甘いもの食べて、夜に今日はありがとうと、今度こそお弁当食べてねって連絡出来れば十分よ」
「……うんっ」
いつものテンションなら、あるいはこの場にもう一人の役者がいれば「今日は家に帰らない、帰さない勢いでいなさい! なんなら既成事実の一つや二つ作ってくるのよ」なんて冗談めかしく言って主役に無理やりでも意識させようとしていたかもしれない。
「お待たせ」
そう考えると、この果報者の朴念仁が少し腹立たしくなってきた……と思ったら、その男は待っている間に手袋を見ていたらしく、黒い牛革のグローブを購入してくれた。
値段もさることながら、男性客の数字を増やしてくれる意味でも、そして何よりも学生の間で知名度のある『
文句を言おうにも言わせてくれないのだ。
「お買い上げありがとう。まったく、ずるい人」
無論、狙って行動しているわけではないのだろう。
事実、
「それじゃあ小郷くん、また後でね。まきなも気を付けて」
「うん、火狭さんも頑張って」
「またね、あかねちゃん」
三者三様の挨拶を交わして、あかねは二人の背中を見送る。
「───いらっしゃいませ。本日は今日着て帰りたいような冬物のセール品と、新年をフレッシュに迎えるための春の新作を取り揃えております」
程なくしてうら若い女性客が店内に入れば、そこはもう仲の良い友達との談笑の場ではなく、火狭店長が仕切るアパレルショップだ。
「あかねちゃん、元気そうでよかった」
そう安堵の言葉を口にする彼女は、穏やかな笑みを浮かべていた。
あかねに見送られた側、有土と真紀奈は
「世良さんは何も買わなくてよかったの?」
「うん、今日はあかねちゃんの様子が見たかったから、お洋服は大丈夫だよ」
そう言った真紀奈の視線は有土の手───先程買った手袋へと向けられていた。
「小郷くんってバイクとか乗るんだっけ?」
整備科で使っているような機能性に長けた作業用の無骨な手袋ではない、ファッショナブルなグローブは、彼女にとってドラマや映画でのライドシーンやガンアクションで使われているイメージが強いらしく、真紀奈は有土の買い物にそんな質問を投げた。
「バイクはたまにしか乗らないよ。このグローブは素材が良さそうだったのと……そうだね、ロゴが格好良かったから、かな」
少し照れ臭そうに言う彼の左手薬指の部分には、まるでリングがはめられているかのように旧世西洋の王族紋章チックにデザインされた火狭ブランドロゴの刺繍が施されている。
男子の感性はよくわからないが価値観の参考にしようと真紀奈はぼんやり思っていた。
……後日
「世良さんは、これから行く喫茶店には行ったことあるの?」
「うん。季節の限定品が出るたびに、あかねちゃんが誘ってくれるの。わたしは今のシナモンアップルのタルトが好きだよ。小郷くんには───」
刹那。
「世良さん」
その口を塞ぐように、そして彼女を庇うように、有土の腕が彼女の眼前に突き出る。
「えっ───……」
真紀奈が驚いたのは、目の前に現れた男性の姿から醸し出される緊張感が
が、何よりそれ以上に隣に立つ少年が見せる、今までに見たことのない表情からだった。
「いきなり失礼」
悪意、害意、敵意───有土は対面する人物から感じ取れるそれらに対する焦燥感と不信感、そして嫌悪感を
「君が小郷有土君かな?」
有土と一緒にカフェに行きたいという真紀奈の願いは叶う。
「少しばかりお話をしたいんだが、どうかな。隣の彼女さんも同席してもらっても構わない」
しかしそれは決して、穏やかな形とはならなかった。
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