1 / ⅸ - 消せない紅色の記憶 -

 ───暗転。


 そして、紅。


 視界は、赤黒く塗り潰される。


 怒号と、罵声、そして悲鳴が耳をつんざく。


 握りしめた拳が肉を打ち、痛みと熱を帯びている。


 その指の先は、鮮やかな紅が、ぬるく、ぬめり、絡み付く。


「ガ……ハッ」


 罵声が静まり、暴徒の喧騒も収まった。


 ゆっくりと深呼吸をし、上がる息を抑え、平静を取り戻す。


 せ返る鉄の、鉄分の臭いは、決して荒廃したビルの錆だけではないだろう。


 裁きは、下した。


 悪を討ち正義を下す。自分は正しいことをしたのだ。


 だから後は、恐怖に呑まれてしまった少女に安心してと、もう大丈夫だよと言うだけ。


「やぁ」


 そして───久し振り、とも。


 愛しい友人と話せるのはいつ以来だろう。


 そんな甘く幼稚な考えで期待を膨らませながら、囚われの少女に話し掛ける。


「ひっ……」


 そんなに怯えなくても平気だよと、彼女の眼を見ながら言いたかった。


「うぅ……ひぐっ、ぐすっ」


 だが、


「……た、たすけ、て」


 その小さな嗚咽を、聞き逃さなかった。聞き逃せなかった。


『───……くん』


 果たして、今の彼にはどちらの声が夢現に聞こえているのだろうか。


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