1 / ⅶ - 友曰く「チラリズムは一瞬の一片を見るのが醍醐味であってフルサイズのエロスを目にするのは似て非なる文字数 -

 火狭ひさば あかね。


 黄金の中に火を挟むように、インナーカラーを茜色に染めた金髪の持ち主は、可愛いというよりかは美人、麗人と呼ぶ方が似合う。


 高等学部芸術科の三年生にして同科の『優等生セレクター』である彼女がこの店を営んでいるならば、有土も合点が付くといった様子だった。


 彼女のブランドは女子中高生の間で人気を誇っており、同じ目線に立つ等身大のデザインが好評の鍵を握っている。


 ここは今やレディースブランドにも関わらず、男性の有土でも知っているほどに名の知られた有名店である。


「お久し振り、前回の『優等生セレクター』としてのお集まり以来かしらね」


 その実践でも大いに役立つ美術力があったからこそ『優等生セレクター』に選ばれたのか、彼女が学校で培った芸術性を実際に生かした結果がこの店舗展開なのか、その因果関係は有土にはわからないが、その実力は確かなものだと言えよう。


「今日の夕方に会合があるけど、その前に何かご用?」


「いや、俺は世良さんに付いて来ただけだよ」


 有土の言葉をどう受け止めたのか、あかねは真紀奈の腕を掴むとバックヤードの方へ向かう。


「まきな、ちょっと裏まで来てちょうだい」


 訳が分からず慌てる様子の真紀奈を見て何か言おうとしたが、女性の会話には無闇やたらに首を突っ込まない方がいいと有土は判断し、そのまま店内に一人居止まることにした。


「まきな、あんたついに小郷くんをデートに誘えたわけ?」


「ふぉにゃう!?」


 その奥、店の裏側ではニヤリと笑みを浮かべながら真紀奈に詰め寄るあかねの姿があった。


 困惑する彼女に畳み掛けるように、あかねはもう一つ彼女に追撃をする。


「あんたから小郷くんの恋愛相談を聞いてから、もう何年経ってると思ってるのよ。もし今日一緒にいるのが偶然だったとしても、このチャンスを活かさないでどうするのさ」


「だ、だって、それはっ、あの、ねっ」


 その言葉を聞いた真紀奈の頬が赤らんでいるのは、自分の恋愛話を持ち上げられた恥ずかしさからか、図星を指摘された不甲斐なさからか。


 うつむきながら慌てる彼女の姿を見て、あかねは小さく嘆息しながら苦笑を浮かべた。


「小郷くんもよく来てくれたわね。真紀奈をからかいたかっただけで、別に適当な接客とか、ほったらかしにしたい訳じゃないのよ?」


 彼女が築き上げた城、店内へと入るとそこは無数の色が咲く花畑のようだった。


 室内は冬物のクリアランスセールに加え春物の新商品が装い新しく店を彩っている。


 これが次の流行デザインなのだと得意気に話すあかねの様子を、真紀奈は微笑みながら聞いていた。


「一応ここでもメンズファッションを取り扱っているのよ。小郷くんの好みに合うかはわからないけど、きっと似合うと思うよ……んで、見た感じ今は私達しかいないみたいね。ふふっ、面白くなりそうじゃない」


 あかねは店内に自分達しかいないことを確認しながらそう言い、何やらまた楽しげな企みをしているような表情をする。


 その悪戯な笑みはまた真紀奈をからかうのかと、嫌な予感を隠せない有土は苦い笑みを浮かべていた。


「まきなー、今試着中だっけ?」


 あかねは試着室に向かいながら真紀奈に確認を取る。


 道定が語るみたいなコスプレ衣装じゃないにしろ、何かを無理矢理着させるのかと思ったが……事態はあろうことか、とんでもない方向へとぶっ飛んだのだった。


「どうしたの、あかねちゃ……ほぇ? えっ?」


 あかねは店の奥から持ってきたのであろうスイッチを取り出すと───試着室の電子ロックを解除してカーテンを強引に開いたのだ。


「や、やだっ、こっこざ、小郷く、ん、ふぇ」


 少しでも力を込めると簡単に折れそうなくらい華奢な身体つきをした少女の白い肌は、その恥部を隠す為のシルク製の桃色の下着以外が曝け出されている。


 香織も、よもやこのような事態になるなどとは露にも思っていなかったことだろう。


 桃色のシルクに花柄の刺繍、レースの入ったランジェリーは無難、普通と言ってしまえばそれまでのことでしかないが、それ故に等身大の彼女の姿を映し出しているようにも見える。


 見せる、魅せて強い印象を与えるような、異性に見られることを意識されたデザインの下着とは異なり、少女淑女達の有り触れた日常の断片を運命の悪戯によって垣間見ることが出来ることこそがラッキースケベの醍醐味だなんて、馬鹿な相棒が熱に言っていたものだと、有土は後に思い出すこととなる。


 茉莉花にも似たほのかな優しさと甘いミルクを混ぜ合わせたような香りが鼻腔をくすぐり、胸の鼓動は知らず高鳴る。


 それは純一無雑の清らかな肢体に花咲く美しさを映し、年相応の瑞々しさを主張する年不相応に豊満な果実は、曲線が綴るある種の芸術と言っても過言ではない。


 しかし……可愛いもの、綺麗なもの、扇情的なものとはいえど本人の意図でないことは有土も理解している。


「ご、ごめんっ!」


 その偶然の幸運も色欲を更に掻き立てる要因なのではないか、という問いは棚に上げておくとして、彼は真紀奈から目を逸らした。

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