1 / ⅵ - Make Sense -







「───聞こえるか?」


『えぇ、感度良好よ』


 本館と学生街を結ぶ路上、一人の男性が携帯端末機で音声連絡を取っていた。


「今夜お願いしたい。可能な数字を教えてくれ」


『そうだな、【六九〇】から【七八〇】でどうだ?』


 スピーカーの向こうの声は合成音声となっていて、美麗な女性の声だと思いきや、渋味のある老翁の声に変わったりする為、連絡先が男性か女性かすらわからない。


「【七八〇】とか明日のことも考えてくれよな……」


 しかし、男性はそれに気に掛けることなく会話を続ける。


『でも私の予想だと、今のおにーちゃんにはそのぐらいの準備が必要になると思うんだ』


「わかったよ。それとそんな声でもアナタが兄呼ばわりしないでください」


 今度は幼い少女の声で言う。


 技術の無駄遣いも良いところである。


『で? 兄さん。今回は何が必要なの?』


「呼び方を変えればいいってもんじゃない……いや、それはどうでもいいとして、 【目】が欲しい。今回の件は嫌な予感がするんだよ」


『はーい、【八四〇】コースけってーい!』


「爽やかなイケメンボイスでとんでもないことを言った!?」


 何の前触れも無く次から次へと声色を変えては、それに合わせた口調で話す。


 無駄遣いしているのは技術だけでなく、その演技力もなのだろう。


『あんたの嫌な予感は面白いくらい当たるからね。それ相応のものを用意させされるこっちの身にもなってみなさいよ。でも、私は自分の利益の為にやってる訳だからね。それであんたを利用させてもらってるのよ。だーかーらー、べ、別にあんたのお手伝いをしようだなんて、これっぽっちも思ってないんだから! いいわね!?』


「あーはいはい、ツンデレご馳走様です」


 アニメヒロインさながらの声に切り替えると、最早後半の方は用件に関係ない。


『じゃあ、それまではくれぐれも大人しくすることね。わかったかしら?』


「嗚呼。それじゃあまた」


『ええ』


 そう言って連絡が途切れる。


 その声は最初の女性のものだった。


 気に入ったのだろうか? なんて我ながらしょうもないと彼は大きく一息吐く。


 そして周りを再度見渡して他人に見られていないことを確認した。


「あら小郷君、お帰りなさい。用事は案外早めに終わったんですね」


「はい。ですが今後も似たような感じになりそうので、その時はまたよろしくお願いします」


 有土の入室に気付いた教師はその言葉を聞き、了解、と言うと授業を再開させる。


 休み時間には有土が本館に行ったことや彼が本館で何をしたのかの話題で引っ切り無しだったが、有土は「今日は何もやらなかった」としか言わなかった。


 否。


 事実、今日は『project - Angel Wing』の名前を出したものの、その全貌や光皆の目的は明かされなかった。有土がその企画に見合う腕だと証明出来ない今は、まだ計画も話せないという考えは納得出来よう。


 当然のことながらこの立案は他言無用と釘を刺された以上は、クラスメイトにも迂闊に喋れない。


 クラスの面々も事情を察してくれたのか、特に問題へとは発展しなかった。


「それでは皆さん、さようなら」


 起立、礼の合図が一日の授業の終わりを告げる。


 放課後の過ごし方は大多数が部活動に励むのだが、有土には今日は優先すべき用事がある。


「『優等生セレクター』の会合は夕方だからなぁ……それまで何してよう」


 今からおよそ二時間後といったところだろうか。


 暇を潰すには少し長く、しかし何か本腰を入れて作業をするには幾分か時間が足りない。


 持て余し気味なまま宛ても無く繁華街へと足を運ばせると、そこには有土のよく知る一人の女子生徒の姿があった。


「世良さん?」


 その声を聞いた背中は不意の出来事に小さく跳ねたが、聞き慣れた声だと気付くと笑みの顔を見せながらこちらを振り向く。


「こんにちは、小郷くん。こっちに来るなんて珍しいね」


 嬉しいハプニングというものは喜びも大きく感じられるもので、彼女の周りでは喜びで花を咲かせたかのように甘い空気を醸し出している。


 ゆるくふわりとした雰囲気に包まれながら、彼女は有土の元へと近付くとにこやかな表情を浮かべた。


「わたしの友達がね、お洋服屋さんを開いてるんだ」


 繁華街にはよく来るのかと聞いたら、どうやら真紀奈はそのアパレルショップによく行っているらしい。


 学生のアルバイトは禁止されていないが、その人は販売人ではなくデザイナーとして働いているのだと言われ、有土は驚かずにはいられなかった。


「お邪魔します、あかねちゃん」


「いらっしゃい、まきな……と、一緒にいるのは小郷くん?」


「こんにちは。初めまして、じゃないね」


 真紀奈の友人の素性に興味を持った有土は、彼女と一緒にくだんの店舗へと向かう。


 そこで二人を明るく快活な声で迎えた人は有土を知っていたようだった。


「世良さんの友達って火狭さんのことだったんだ」

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