1 / ⅴ - 問:project Angel-Wing -

 光皆はNCLディスプレイを空中に浮かせ、コンピューターを手早く操作して、一つのファイルを見付ける。


 それを渡す為に、NLCディスプレイをもう一つ作り、同じ画面になるようにコピーすると、一方の画面を指で摘んで小さくしてから軽く弾く。


 すると、画面はゆっくりと回転しながら移動し、有土の目の前に収まる。


 有土はその画面を指で広げると、そこには一つの企画書らしきファイルが広がっていた。


「昨今、世界中の空を飛び交い戦争の主力となっているのは、『鋼鉄の天使』と呼ばれている軍用機であることは君も知っているだろう」


 『アンゲロス』で今現在生産している『鋼鉄の天使』達は、旧世の聖書に記された九階級に倣って種類分けされている。


 上から上位三位《熾天使セラフィム》《智天使ヘルヴィム》《座天使オファニム》があり、これらは軍用機ではなくそれらを統べる空中要塞や飛行空母といった、航空機以上の役割を果たすものにその名が冠せられる。


 一般的に広く使用されている戦闘機、攻撃機、爆撃機、貨物輸送機などの有人航空機には、中位三位《主天使ロードシップ》《力天使デュナメイス》《能天使エクスシア》の名が使われ、そしてその下には監視や警備などを担当する下位三位《権天使アルヒャイ》《大天使アークエンジェル》《天使エンジェル》を冠した無人航空機がある。


「世界の情勢は常に変わり、需要の形も日々変化していく。我々は決して最先端を追ってはいけない。我々の『鋼鉄の天使』達は技術的進歩の停滞を許されない。我々こそが常に最先端を作っていく存在とならなければいけないのだ」


 しかし万が一にだが、と言葉を続ける光皆の様子は言葉とは裏腹に決して例え話をしている口振りではなかった。


「しかし、もしも今『アンゲロス』の天使達ですら対処が出来ない兵器が開発されてしまったら、各国の軍機情勢はどうなるだろう? 実用化には至らない段階でも、その存在があるだけでも事態は一変する。それは開発した本人に兵器として使う意思の有無を問わず、だ」


 あくまで仮の話であると直接的には言わなかったものの、光皆が何を伝えたいのか把握した有土は、どこか苦い表情を浮かべていた。


「我々で言うところの『新たなる鋼鉄』───その点において、君は随分と楽しそうな玩具おもちゃを作ったそうじゃないか。夢物語の絵空事と思っていたものを実現させてしまった、20歳にも満たない少年達の……生ける伝説となるかもしれない君達の為人ひととなりは気にならざるを得ないというものさ」


 明るい口調で、されど決して冗談などで話の本質を濁さぬ口振りで光皆は話を進めていく。


 まさに次世代の先駆けを担うに相応しい存在の成長に笑みを浮かばせ、しかしそれだけでなく更なる何かを見ているような表情で、光皆は言の葉をうたった。


「そのお言葉はとても嬉しいのですが、それは一介の若輩者に対して過大評価ではないのかと思われます。私には年齢相応の技量しか持ち合わせていない為、新事業を興すにしても求められるだけの力になれるのか、率直に言ってしまうと不安に思います」


 いくら『優等生セレクター』とはいえ、有土には年季もキャリアも圧倒的に足りていない。


 学生の製作活動ならいざ知らず、社長自らが指揮を執るプロジェクトともなれば、自分よりも遥かに優秀な大人達に企画を持ち出せばいい。


 有土はそう思っていたのだが、当然ながら光皆も考え無しに彼を呼んだわけではい。


 決して過大評価などではないと否定から口にし、こう述べた。


「むしろ自分の開発に対して過小評価しているのは君の方だ、小郷君。整備士の卵である筈の高校生が、世界大戦の事態を変える起爆剤を作ってしまったのだから」


 そんな風に言われると思ってなかった有土は言葉に詰まった。


 しかし、そこまで言われても有土は自分の製作物はあくまでも趣味で造った玩具であり、それ以上の何物でもないと言う他はないだろう。


「なに、君の造ったアレを軍事利用しようだなんて思ってないから安心してくれ。そんな君の技量を評価して、ある物を作って欲しいだけなのだ。それに先立って君の言うところの玩具の性能をテストして知りたいのだが、それは構わないかな?」


 しかし、と言おうとした有土の口を塞いだのは、光皆からの無言の姿勢だった。


 彼の言葉は決して威圧するような大きな声ではなかったが、しかし仮に言葉を取り繕ったとしても、全てを見透かすかのように有土に鋭く突き刺さる。


「アレにはそういった装備も、ちゃんとしてあるのだろう?」


 圧巻にして、圧倒だった。


「……はい。わかりました」 


 光皆に指示され、有土は手元にあるNLCディスプレイの企画ファイルをタップし、データを開く。


 一頁目には企画名は書かれておらず、前準備の概要だけが載っていた。


「先に断っておくが、これは企業秘密であり、軍事機密である。我が社の今後における最重要事項ともなり得ることだというのを認識してもらいたい」


「───わかり、ました」


 思わず息を呑み、固唾を呑んだ。


 話し始めた光皆の姿には、もう先刻までの穏やかな面影は一切無く、ピンと空気が張り詰める音が聞こえてくる錯覚にすら陥る。


 それが光皆の本来の姿なのだと、有土は本能から感じた。


「よろしい、では始めよう。株式会社『アンゲロス』の誇る最大事業、その名も───」




 それに次ぐ言葉は、彼にとって今まで過ごしてきた日常の終わりを告げる言葉であり、


 それに次ぐ言葉は、彼にとってこの先を生きていく非日常の始まりを告げる言葉であり、


 その言葉こそが、全てを物語る言葉であった。




「『project - Angel Wing』だ」

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