1 / ⅳ - 1つの国、1人の主 -
何かの間違いだと、思った。
何かの間違いであって欲しいとすら、思ってしまった。
「よく来たね、小郷有土くん」
株式会社『アンゲロス』の創設者にして、今なおその頂点に就く者。
あるいは、企業国家『アンゲロス』の建国者にして、現在もその指揮を執る者。
「っ、こ、こちらこそっ、お忙しい所をお時間頂きまして、身に余る光栄です」
その人は、一介の高校生が会える人ではない。
一介の高校生に時間を掛けていい人ではない。
株式会社であり、企業国家である『アンゲロス』にとって、社長の存在とは、首相、大統領、国王といったような、国の頭となる存在に等しいのだから。
そんな社長が自分から、この小郷有土という一人の生徒を個人的に呼び出したのだ。
「座りなさい」
その明晰な口振りからは、成る程、確かに全世界から独立した一つの企業国家を作り出したことも頷けるほど、その男は聡明だと感じられた。
有土を招くその顔は決して
「しっ、失礼します」
今回有土が招かれた部屋は、第二応接間。
第一応接間は世界のあらゆる偉人賢人を招き入れる外交の場として造られた部屋である故に、絢爛華麗、風光明媚、華々しさと美しさの限りを尽くされた設計となっている。
その一方で、第二応接間はどこまでも一切の無駄がなく洗練された美を体現した内装となっている。
そんな第二応接間という場所に招かれるということはつまり、国際協議に次ぐほどの重大な要件を持ち掛けるということを意味しているのだ。
張り詰められた空気の中へと、有土は一礼して入っていく。
光皆に促され椅子に座った彼が唯一出来る行動は、机を挟んだ向かい側に座る偉大なる者の一挙手一投足に目を配らせ、一字一句に耳を傾けようと背筋を伸ばし姿勢を正すことだけだった。
有土がどれほどまでに緊張しているかなどは、これ以上特記するまでもないだろう。
「楽に構えてくれたまえ。何か飲み物でも出させよう。コーヒーでいいかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
中に入れる砂糖の量を尋ねられたので、有土は遠慮がちに結構だと答える。
ならばと光皆は側で構えていた秘書と思われる女性に指示を出した。
「コーヒーを二つ頼む。彼にはブラックで、私にはいつも通り砂糖もミルクもたっぷりでな」
「えっ」
思わず声をあげてしまった有土をよそに、秘書は社長の言葉に
「意外だったかい?」
「っ、あ、はっ、はい。すみませっ、いえ、申し訳ございません……」
いいんだよ、と笑みを零しながら言う光皆の姿は、どこか
甘党だったなどと露程も思わなかった有土は、目の前にいるのは次元の異なる存在ではなく、そんな意外な一面を持った一人の人間なのだと少し気持ちが解れた気がした。
処世術の面ではまだまだ年相応の有土には、光皆が故意的に場の空気を和らげたこと、場の流れを自分の思い通りに変えられる技量に気付けるほどの心の余裕は無かった。
「代表、小郷様、コーヒーをお持ち致しました」
失礼します、という声と共に扉が開く音がすると、秘書が盆の上にカップを乗せて入室する。
秘書が定位置に着いたことを確認すると、光皆はコーヒーを少しだけ口にしてから、
「改めて、今日は忙しいところご苦労だった、小郷有土君。君も知っての通りだが、私は本社───株式会社『アンゲロス』の代表取締役会長兼
光皆は国の政治を執り行う者、あるいは国防軍の統帥権を持つ者という特別職国家公務員の肩書きではなく、今回は世界の火薬庫を束ねる者、もしくは今ある利益を次世代の開発に投資する者、言葉を変えれば未来の希望に賭ける夢想家として名乗り出た。
「そして、こちらが秘書の
「よ、よろしくお願いします」
「はい、小郷様。よろしくお願い致します」
有土がぎこちなく会釈をすると、彼女もこくりとお辞儀をする。
先程からの様子から見るに、あまり自分からは喋らない印象を抱く。
そしてそれと並行して、有土の脳内には光皆が口にしていた一つの言葉が響いていた。
「発言をよろしいでしょうか」
有土は遠慮がちに挙手しながら、光皆の反応を待つ。
構わないと口にしたのを確認してから、言葉を続けた。
「光皆社長は企画と今おっしゃいましたが、お……ぼ、わ、私は何をすればいいのでしょうか」
「一人称は僕でも私でも構わないよ。っと、そうだったね、説明をしよう」
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